第657話 精霊がいっぱい
「あじゃぱアァァーーッ!!!!!」
どうやったのかは分からないけどフィロスさんはひとり空中を吹っ飛んでいた。そしてそのまま地面に落ちてくる。
ドシャアアアッッ!!
中国の名山、廬山の滝を逆流させるような龍属性のアッパーで上空に殴り飛ばされたような格好でフィロスさんのダメージは深刻そうだ。
「フィ…、フィロスさん!?」
「うう…、けっ…こん…。手鏡ィ…、十七歳…」
ぱたり…。フィロスさんさ再び意識を失った。多分、大丈夫だろう、肉体的には…。
「て、手鏡のひとつやふたつで良い気になるでない!」
僕に向かって…、そして里の同族たちを戒めるように里長が言った。
「エ、エルフ族は森と…そして精霊と共にある民じゃ!」
たしかに…。エルフの皆さんは精霊魔法をよく使う。
「シルフィと共に生きるというならこの里を訪れる事もあろう!だが、その里を訪れる者が魔力も無く精霊の言葉も聞けず呼ぶ事が出来ぬとあれば話にならぬ!どうじゃ、お前にそれが出来るか!?魔力無き身の者のお前に!魔力無くして精霊を呼ぶ事など出来ぬのだ、精霊召喚の秘術はな!!出来るものならば精霊の一体でも、仮初の球体で良いから呼べるものなら呼んでみいっ!!」
なんと…、精霊を呼んでみろとは…。意外な申し出に僕は面食らった。その様子に少しばかり気を良くしたか里長はここぞとばかりにマウントを取りにくる。何やら天に向かって両手を広げ出した。
「我が親しき友よ…。地の者来たれ!水の者来たれ!」
ほわんっ!ほわんっ!
音を立てて現れたのは焦茶色をした髪と服の小さな少女、そして青色の…セラに似ている少女が現れふわふわと宙に浮いている。そうか、先ほどのジャムを乗せたクッキーを味見した内気な方の精霊は土の精霊だったのか。
「お前にこれが出来るか!!出来ぬであろう!出来る訳がないっ!!しかも二人同時に人型の状態…、精霊が全ての力を自在に操れる状態が出来るのはこの里ではわしとシルフィの二人のみ!他の者はひとつの属性しか出来ぬ!言わばわしらは選ばれし者!そんな選ばれし者を魔力すら持たぬ者にやれぬというのが分かったか!!分かったらさっさとこの里から立ち去れい!」
そういえばシルフィさんは光と風の精霊と特に相性が良いんだっけ…。そうか、二属性が得意な人を僕は他に知らない。これって選ばれた人なんだな。
「ゲンタさん、あの子たちを…」
そんなシルフィさんが僕に精霊を呼ぼうと告げる。
「分かりました」
呼べと言うのなら…、僕はそう思ってミーンの町に残してきた四人の精霊たちの事を強く思い浮かべる。
「サクヤ、カグヤ…。ホムラ、セラ…みんな。…みんな、ここに来て!!」
「うわはははは…。なんだその魔力すら発さず、呪文ですらない言葉は!!哀れすぎて…」
ぽんっ!ぽぽぽんっ!!!
「な、なにィーッ!!」
現れたのは僕と共にミーンで暮らすサクヤたち。さすがに最速のサクヤが一番早く現れ、次いでカグヤたちが現れた。
呼んだ〜?とばかりにサクヤが二パッと笑った。ホムラはわしゃわしゃと僕の頭によじ上り髪の毛で遊んでいる。セラは近くでふわふわと浮いており、カグヤは僕の肩に乗り頬を撫でてくる。
「し、信じられん…。ま、魔力もなしに…」
「ありえん!よ、四つの属性の精霊を呼べるなんて…」
「里長よりも多い…」
「それよりもっ!!ど、どうしてだ、ありえない!」
「どうしたんだ!?何がありえないんだ?」
「か、考えてもみろ!光と闇、火と水、相反する相剋の関係にある!普通、片方との相性が最良になればもう片方の属性との関係は最悪になる。その属性とは簡単な魔法すら扱えなくなる!」
へええ…、知らなかった。そう思っているとさらにポンポンと音が続く、鳴り止まない。
「あ、あああ!君たちは…」
僕は声を上げた。それはミーンの町で顔を合わせた事がある精霊の子たちだった。エルフの服に加護を与えてくれたり、広場で屋台をした時に手伝ってくれたり…いろんな場面で会った事がある。
「みんな…、来てくれたの?」
僕が尋ねると精霊たちは一斉に頷いた。
「さ、里長っ!!あ、あちらから大勢の精霊が…!!」
「な、なんだと!何が起こっている!?」
ひとりのエルフが指差した方向を見ると風に流される雲のようにこちらにふわふわとやってくるのは大勢の精霊。その先頭にはクッキーを一番最初に試食した風精霊と土精霊の二人がいる。
「き、君たちはさっきの…」
僕がそう言うと先頭にいる風精霊は『ふん』と鼻を鳴らした。それはまるでアンタが呼んだんじゃないのよと言わんばかりの表情だ。
「と、とにかくありがとう!みんな」
僕がそう言うとやってきた精霊たちはにっこりと微笑んだ。
「ば、ば、馬鹿な…。こんな事が…」
里長の声が震えている。
「あ、あ、ありえんッ!!なぜ精霊を呼べる!?しかもこんなに無数の…、わしより多いではないか!ど、どんなインチキを…、どんなインチキで精霊たちをも騙したアッ!!?」
「ええーっ!?」
せっかく精霊たちがこんなに来てくれたのに里長は認めようとはしない。インチキだと騒ぎ出す始末だ。
「そりゃないですよ。それにそんな事をしたら精霊たちにだって気づきますよ。きっと嫌われちゃいますよ」
「ぬぬぬう…!!」
僕の言葉を理解はしているのだろう、精霊は決して愚かじゃない。だけど感情では分からない、いや…分かりたくないのかもしれない。でも、これではどうしたら良いのだろう。とても里の理解は得られない、最悪…駆け落ちみたいになってしまうかも知れない。そしたらどうなってしまうんだろう。
シルフィさんが二度と里に帰れなくなったりしてしまうんだろうか。里の皆さんから祝福されるのが一番良いけど、それが叶わなくても里と自由に行き来が出来るようであって欲しい…。そう思っていた時だった、シルフィさんが何かに気づいた様子で声を上げた。
「きょ…、巨大な気配が接近ッ…!!こ、これは…、この気配はッ…」
ずどおおおぉんっ!!!!
大きな落雷のような音があたりに響き、目の前が真っ白になった。あまりの眩しさに僕は目が眩んだ。
「…な、何が…」
いつの間にか瞑っていた目を開いてみるとそこには新たにひとり現れた人がいた。それもサクヤたちのような小さな体格ではない。歴とした人間サイズの体格の男性…、僕はその姿に見覚えがある…。
「あ、あなたは…ソル様!!」
「久々じゃのう、ゲンタちゃん」
現れたのは太陽神とも言われる光の大精霊ソル様であった。