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第652話 違う世界へ、金色の空


 名前の由来


 ヴァン…(仏語)風

 リュミエール…(仏語)光


 スタンボーン…ドイツ語の頑固の意味、スタボーンを変化させました


 ミーンの町を旅立ってなおよそ半刻はんとき(約一時間)ばかり過ぎた。今、僕たちは町から少し西へと離れた森の中にいる。なぜか街道からは外れ木立の中に少し分け入ったような感じだ。


「さて…、この辺りで良いわね。里への道を開こうかしら」


「そうだね、フィロスお姉ちゃん」


 同行しているフィロスさんが呟くとロヒューメさんをはじめとしてエルフの皆さんも同意している。そんな中、僕は荷車を引きながらついてきている。


「里への道?そう言えば具体的な場所を聞いた事ありませんでしたけど…、町を出てまだそんなに…それこそナタダ子爵領から出てもいない。皆さんの里はこんな近くにあるんですか?」


 そう尋ねると彼ら彼女らは不思議そうな顔をした。


「あ…、そうだった」


 一番早く反応したのはロヒューメさん、何か忘れていた事を思い出したかのようだ。そこで隣にいるシルフィさんが話しかけてくる。


「それはですね…いえ、まずは動いてから説明しましょうか。森よ…道を開け」


 シルフィさんが一瞬瞳を閉じ魔法のような言葉を告げる。すると目の前の森の風景が揺れた、それはまるで蜃気楼のようにゆらゆらとモヤのようなものがかかったものだった。


「行きましょう」


 シルフィさんがそっと僕に寄り添ってくる、モヤの中に足を踏み入れると左右に大きくゆっくりと視界が揺れる。だが、それは荒波に揺られるような不快なものではなく温かい布団で眠りにつくような心地よいもの。僕はいつの間に目を閉じていた。


「ゲンタさん」


 気がつくと僕はシルフィさんに名を呼ばれていた。目を開けてみる…。


「わぁ…」


 世界は一変する。まず目に飛び込んでくる色が違っていた。



 初めてやってきた妖精界、そこは森の中であった。しかし、木立に陽の光が遮られた薄暗いものではない。木々は確かに多いが雑多な草木が生い茂っているようなものではなく、適切な間隔があり光が入ってくる。空の色は日中からそろそろ夕方にかけて…といった頃合いの黄色を帯びたものだった。しかし太陽の姿はない。


「ここが…、妖精界…」


 そして…、ミーンがある世界…物資界とは違う世界なんだ。つまり…、ミーンから見ればここも異世界なんだ…。


「そうですよ、ゲンタさん」


 シルフィさんの話によればエルフ族というのは妖精族に含まれる種族であるという。それゆえ元々は妖精界に住んでいた、またエルフ族は別名『森の民』と言われるように普段は森の中に居を構えているという。その名残だろうさ、異世界…ミーンの町や他の地域があり人族や獣人族が存在する物質界に行った時もエルフは森で過ごすのを好んでいるという。


 だが、エルフが住むその森がどこにあるのかを知る者は数少ない。…というよりミーンにいる顔見知りでは誰もいなかった。エルフの里、エルフの森、言い方は様々だがどこにあるのか…知らないのも無理はない。だってここもまた異世界なんだから。妖精界と物資界、森を通じてふたつの世界を行き来しなければならない。しかもそれはただ森に行けば良いだけではなくエルフが知る妖精界へと渡る秘術がなければ行き来は出来ない、これじゃあ一般人が知る機会なんてほとんどないだろう。


 他の種族と共に生活の場を町などに持つ者もいるが元々住んでいた妖精界に残る人も多い。


「私たちエルフ族は妖精界の森に里を作り生活をしてきました。ここ物質界とは違う世界であり…、精霊たちが生まれその大半が住まう精霊界と丁度中間にある感じでしょうか…。精霊界に近い分だけ精霊が姿を現す事が多いのです。その為、エルフにとって精霊は身近であり友となります」


「なるほど、だからエルフ族の方には精霊の力を借りる精霊魔法の使い手が多いんですね。…って言うかミーンの町には他に使える人がいませんでしたし…」


 と、言うより魔法の使い手は少ない。いわゆる回復魔法だったり、他のジャンルの魔法でもそうだけど地球で言えばいわば超能力者なんだ。こちらの異世界は魔法がある世界ではあるけれど誰も彼もがホイホイと使えるものではないようだ。


「ですが…、その妖精界では手に入らない物もあるんですよ。だから我々のように町に出て暮らしそれを手に入れて里に戻る者もいるんです」


 会話にタシギスさんが加わってくる。


「へええ…。ちなみにそれは…?」


「いくつかありますが代表的な物で言えば鉄ですね」


「鉄…」


「ええ、ここは精霊界に近いからかも知れません。精霊は鉄を嫌いますから…。それゆえ精霊界はもちろんここ妖精界にも鉄がないと言われています。妖精界は精霊界に近い所ですからね」


「あっ…」


 日本に戻った時…、線路沿いの道を歩いていたら電車が通った時があったっけ…。あの時、カグヤは珍しく僕にしがみついて震えていた。抱きつかれた事は何度もあるけどあの時の彼女は明らかに様子が違っていたのを思い出す。


 そんな会話をしながらシルフィさんはミーンの町からずっと風の精霊の力を使って荷車を後押ししてくれている。荷車は木製でそれなりに重いのだが、そこは腕の確かなドワーフの職人ガントンさんたちの作った品。引いて歩くのにそこまで労力は必要としない、僕は風の力による後押しもあり苦労なく進む事が出来ている。


「あっ、見えて来ましたよ」


 セフィラさんがそう言うと森の中に自然と同居するような木で作られた家屋かおくが見えた。そして何人かの人がやってくる。当然ながらエルフ族の人たちのようだ。そう言えば里に戻る事をあらかじめ精霊に伝えてもらったって言ってたっけ。里の方々が出迎えに来てくれたのだろうか。姿形が整っている事から全員がエルフである事が遠くからでも分かる。


「よく戻ったね、ロヒューメ。私たちの可愛い娘…」


「お父さーん!お母さーん!」


 ロヒューメさんのご両親だろうか、一組の男女がロヒューメさんを出迎える。会うなり三人で円陣かのようにヒシと抱き合っている。


「まったく、里を出てから三年も帰ってこないから私たちがどれほど心配したか…」


「そうよ、ロヒューメちゃん」


「ごめんなさぁい」


 うーむ、三年か…。以前、ミーンの町でエルフ族の人たち向けの品物を売った時にそこで再会したエルフの人たちをけっこう見かけた。みんな、二十年とか三十年ぶりとか言っていたっけ…。なんとなくだが人間で言えば二年とか三年ぶりくらいの感覚だった気がする。それと比べるとロヒューメさんはかなり大事というか、家族間の仲が近いんだなと感じる。


 そして家族との再会をしたのはロヒューメさんだけではない。セフィラさんたちもそれぞれ家族との再会をしている。あっ、フィロスさんもご両親と再会したんだ。ご両親、すごく嬉しそうだなあ。満面の笑みだ。


「おお、フィロス!戻ったかい、いやあ…良かった良かった!」


「ただいま。お父さん」


「良かったわ、無事に戻ってきたのね。それでそれで…?」


「どうしたの、お母さん?そんなキョロキョロして…」


「何を言っているの、フィロス。里に戻ってくるのを伝えてくれた精霊から洩れ伝わってくるところでは結婚の挨拶をする為とかなんとか…」


「そうなんだよ!かあさんからそれを聞いてとうさんはいよいよ…、いよいよ娘が幸せにッ…と思わず握り拳を作ってしまったよ。それで…、どこにいるんだい?その結婚相手というのは…」


「それ…、私じゃない…」


「「え…?」」


「……………」


 笑顔が…消えた…。


「シルフィ…」


 そんな凍りついた雰囲気の中で愛する人の名を呼ぶ声がした。


「お父さん、お母さん…」


 そこには男女のエルフがいた。正直、年齢はよく分からない。顔形は整い若々しい、それがエルフの特徴だ。見た感じ、髪が長いのが特徴といったところだろうか。お父さんの方は長く伸ばした髪をそのまま背中に、お母さんの方は伸ばした髪をひとつにまとめ背中に垂らしている。


 そして気付いた事がある。シルフィさんのお母さん、他にもセフィラさんたちのお母さんと呼ばれた女性は頭に花で作られた冠をしている。もしかするとあれは地球でいうところの結婚指輪…、あるいは子供がいますよという印なのかも知れない。そう言えば以前、エルフ族の人がミーンに集まってきた時にも身に着けてる人がいたっけ…。あの時はそういうものなんだろうなとあまり気にならなかったが今こうしてみると意味があったのかと遅れて理解がやってくる。


 だけど…、これから僕はあのご両親に言わなければならないのか。娘さんをくださいと…、いかつい頑固親父みたいな人ってのも怖いけど若々しい美男美女のご両親というのもまるでお兄さんお姉さんをお義父さんお義母さんと呼ぶみたいで妙な気分になる。そんな中、シルフィさんが話を切り出そうとする。


「ただいま戻りました。そして…あの…」


 帰郷の挨拶をしたもののシルフィさんは次の言葉が出てこない。結婚話を切り出す…、言葉にすると簡単だが実際はなかなか踏ん切りがつかないものらしい。そんな停滞した中でも里の人たちがひとり、またひとりとやってくる。当然ながら全員がエルフだ、おそらく里に住む皆さんなんだろう。…正直、僕には見分けがつかない。


 だが、シルフィさんにしてみれば人が増えてきてしまった事で余計に話を切り出しにくくなってきているようだ。正直、帰ってきてすぐに…少なくとも里の出入り口でするような話ではないと思うけど普段の冷静なシルフィさんらしからぬ状態だ。


「シルフィさん…、テンパってる…?」


 僕がそう思った時、里の方から何人か集団がやってくる。十人には満たないくらいの…。その先頭にはエルフの男性、この人は一見して分かる…高齢であると。顔には皺があり、風格がある。杖を持ってはいるがそれは歩行の補助というよりはおそらく魔術師としての物に思える。その先頭の男性はこちらにやってくると厳かに口を開いた。


「戻ったか。父ヴァンと母リュミエールの娘にして風と光の友シルフィよ」


「はい。偉大なる里長さとおさにして水と土の友スタンボーン様…」


「そなたがつかわしてくれた風精霊により知らせは受けておる。婚姻についての報告があるとか…」


「じゃ、じゃあ…お嫁に行くのは…シルフィちゃん…?」


「ぐっ…。ひゃ、百歳はゆうに下の子が先に嫁ぐなんて…」


「ぐはっ!!」


 あああ…、ご両親の言葉がトドメになったのかフィロスさんが血を吐いて倒れた。…あ、だけどヨロヨロとだが立ち上がりハンカチを噛みながら泣いている。フィロスさん、意外とタフだなあ…。


 それにしても…、シルフィさん…三百十七歳より百歳以上下なんだ…、いくつなんだろう…?そう考えていたところ、里長さんとの話は続いていた。


「婚姻は生涯の一大事、ここでする話でもないが気になるのもまた事実じゃ。ちなみにどんな男なのじゃ?もしかするとそれは…」


「そ、それは…」


 ちらっ…。


 シルフィさんがこちらを見た。そこには荷車を引いた手を休めている僕がいた。


「おお、荷車にたくさんの土産みやげまで…。むむっ!?」


 里長が僕に目を止めた。


「…シルフィよ。土産を持ち帰るのは良いが…、車夫しゃふ(荷車を引いて運ぶ人)を雇うのは良いが…他の里のエルフならまだしも人族をこの里に入れるというのは…」


 どうやら里長は僕をお気に召さないらしい。


「……ッ!?」


 きりっ!


 先ほどまで恥ずかしそうにしていたシルフィさんの表情が変わった。凛々しくいつものクールビューティー…いや、さらに熱さえも同時に帯びたような毅然としたもの…。


「車夫ではありません。こちらが…、こちらが私の愛するゲンタさん。これから私が生涯を共にしていく方です」


 シルフィさんはハッキリと、この場にいる誰にも聞こえる声で言ったのだった。

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