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第651話 【閑話】密室の出来事(ざまあ回)


 人々に見送られゲンタがミーンの町を旅立ってしばらく経った頃…。


「むぐぐ…。ここは…どこじゃ?ゴクキョウの宿屋はどこにあるのじゃ…」


 ミトミツク先代公により悪事を正されたコーイン・ペドフィリー前侯爵はミーンの町の中をさまよい歩いていた。侯爵といえばとても高い身分だ。日本を例にすれば人口の多い道府県を治めるとか、あるいは複数の県をまたぐような広い領土を持つお殿様だ。道案内も付けずに見知らぬ町を歩くなんて事はありえない、どこに行くにも配下がいて馬車に乗っての移動である。


 ところが配下の騎士も私兵も、なんなら近くに侍していた折衝せっしょうや庶務を担当していた家来まで全員が捕縛されてしまった。ペドフィリーは身ひとつで知らない土地に放り出されてしまったのである。どこをどう歩いていけば良いのか分からず気がつけばどこにいるのかも分からない。


「くそう…。あの若造め…、ミトミツクもミトミツクじゃ…。わしの楽しみを奪いおって…。モネ殿も…、先程見かけた金髪の女児も捨てがたいものがあった…。それを…それを…」


 ぶつぶつと恨み言を吐き続けるペドフィリー、その間もさまよい続けている。進めば進むほど町の中心地から遠去かり貧しそうな雰囲気の建物が多くなってくる。生活レベルで言えば庶民の中流から外れ下層民の居住エリアに足を踏み入れたといったところだろうか。


「ふん、今にも朽ち果てそうな教会じゃの。まったく、領主が住む地だというのに聖堂のひとつも建てられんのか。これだから小貴族は…うむむっ!?」


 たまたま目に入った教会にケチをつけていたペドフィリーは思わずうなった。彼にしてみればボロに過ぎない教会の建物、しかしその一角から出てきた一人の子供を見て足を止めた。


「むっ…あれは…」


 肩のあたりで切り揃えられた薄い緑色の髪、人族とは違い頭部の上の方にある獣耳とやや短めのスカートから出している尻尾…一見して獣人である事が分かる。


「ほう…」


 ペドフィリーは呟きを漏らした。簡単に抱え上げられそうなその体格、着ているのは庶民にしては上質だ。だが、金持ちの獣人など聞いた事はないしその服装はどこか浮世離れしている。まるで舞台衣装のような…。


「旅芸人か…?だが、周りに一座の者と思われるのはいない。あれは…孤児院か…?なるほど、もしかすると生まれ故郷の町に戻り古巣に顔を出した…といったところか…。まあ、そんな事などどうでもよい。ククク…」


 舌舐めずりをしながらペドフィリーは獣人の子の後をけた。細い路地は人通りも少なく死角になりそうなところも多い。それに相手は孤児出身の旅芸人、どうこうしても誰も騒がないだろう。


「普段なら獣人など相手にはせぬが…、幼いくせに妙な色気があるな…。ククク、決めたぞ。光栄に思うがよい、隠居したとはいえ侯爵位にあったわしの寵愛ちょうあいを受けられるのだからな…。」


 そう呟いたペドフィリー、口元にいやらしい笑みを浮かべながらめったにしない早足で獣人の子供に近づいた。


「これこれ、そこの者」


「えっ?」


 緑髪の子供が振り向く。その振り向いた顔を間近で見てペドフィリーの胸は高鳴った。なんたる可憐、貴族の子女のような洗練された所作ではないが素朴な魅力がそこにはあった。


「野に咲く名も知らぬ花もまた良し…、それを摘み取るのは…クク…さらにのう…」


「あの…、何か…?」


「ん?お、おう…。実はの、道に迷って困っておるのじゃ。すまぬが道案内をしてもらえぬか?」


 そう切り出すとペドフィリーは泊まっているゴクキョウの宿屋について話した。すると獣人の子供もその宿の事を知っていたようで簡単に頷いた。


「そうか、そうか。引き受けてくれるか、よいよい。それでの、もうひとつ頼みがあるのじゃ。実はこういった所を歩くのは初めてでの、もう少し奥の方も歩いてみたいのじゃ。案内あないしてくれぬか?」


「うん、良いよ」


「おうおう。良いのう、その無垢さも…。まことに可愛らしいのう…、ほんに…」


「え、そんな…。可愛いだなんて…」


 可愛いと言われて緑髪の子供が照れる。


「ククク…、良いぞ。ほんに良い…。そなた、名はなんと申す?」


「え…ク、クリンです…。えへへ…」


「そうか、クリンか。良い名じゃ…。では…クリンよ、そこの路地をもそっと奥に…」


「え?あっちの奥は突き当たりになってるから誰もいないよ」


「何!?突き当たり…誰も来ないじゃと…。ぬ、ぬふふふ…。そうか、それは好都合…」


 ペドフィリーはポンとクリンの肩に手を置いた。その細い肩にペドフィリーはさらなる期待感に満ち溢れる。


「突き当たりというのも見てみたいのう、頼めるか?」


「う、うん…」


 戸惑ったようにクリンが応じる。ペドフィリーは勝ちの目が濃厚になったチェスを指しているような気分になった。このまま突き当たりに連れ込めれば良し、仮に嫌がってもこの小さな体だ。掴んで引きずっていくのも容易だろう。


「ほれ、このまま先に行くとしようぞ。ぐふ…ぐふふふ…」


 ペドフィリーがさらに一押しとばかりにクリンの背中に手をやったその時であった。


「はぁ〜い、そこまでよォん!」


「な、何奴!?」


 まずい事をしている現場を押さえられたかのようにペドフィリーが振り返った、そこには革鎧を着た男が立っていた。


「誰じゃ、お前は!!ひ、引っ込んでおれ!わしはこれから…」


「これから…?ウチのクリンに何をするのかしらン?」


「あ、イッフォーのおねえちゃん」


 声をかけてきた人物にクリンは見覚えがあるようだ。まずいぞ、顔見知りか?ペドフィリーの脳裏に焦りが浮かぶ。


「ダメじゃない、クリン!あなたは女の子よりずぅっと女の子っぽいんだから気をつけないと!!ヘンな奴についていっちゃダメよォん!」


「そうよ、そうよ。まったく…。あっ、コイツ!?さっき、ゲンタちゃんに絡んでた奴じゃない?」


 イッフォーの周りには何人かの同行者がいた。皆、婦人服を着ているが…その姿は…。


「なっ?お、おとっ…ムグッ!!」


「何か言ったかしらァん?」


 イッフォーが開きかけたペドフィリーの口を押さえて黙らせる。


「ねえ?アナタ、ウチのクリンに何をしようとしたのかしらん?宿で大人しくしてろと言われてたのに…ねえ?」


「ぷはっ!!わ、わしはただ…、道案内を…」


「ふーん、行き止まりに?何をする気だったの?」


「い、いや…。わしは…。そ、そうじゃ、わしは疲れておってのう。どうせ宿で謹慎するならば町を見て学んでから…と思っての…。だから行き止まりを見て終わりとし、すぐに宿へと…つ、疲れておってな…。は、はは…」


「ふーん…?疲れてるのお?」


 イッフォーの後ろから声をかけてきた者がいた、ペドフィリーはこれ幸いとそのことばに乗る。


「そ、そうなんじゃ!若い頃から肩も腰も…。で、では、わしはこのへんで…」


 そそくさとペドフィリーが立ち去ろうとする。しかし、その肩をがっしりと捕まえた者がいた。


「あらン?どうしたのン?カルーセ?」


「うふふふ、アタシ良い事考えちゃたァん…」


 そう言うとカルーセは人差し指でついっとペドフィリーの頬を撫でた。


「ヒッ!!」


「そんなに疲れてるのならアタシが癒してあげるわァん」


「えっ?アンタまさか…?…そうだったわね。カルーセ、アンタは昔からぽっちゃり太目の人が好きだから…」


「うふふふ…。ゲンタちゃんを襲ったのは許せないけどぉ…、このカラダは魅力的なのよねえ…」


「そう言えばゲンタちゃんが持ってたお菓子のマシュマロみたいなボディねぇン。なんだかアタシもちょっと興味が…」


「でしょお?だからァ〜…」


 ガシッ!!


 ペドフィリーはカルーセに服を掴まれた。とても力強い腕だった。


「ぬふふ…」


 カルーセはペドフィリーを捕まえたまま体を密着させるようにしてにじり寄る。


「ウチの可愛い可愛いクリンにナニをしようとしたのかしらん?でも、ダメよン!あの子はアタシたちの秘蔵っ子、まだまだこーいう事は早いの。お分かり?」


「う、うむ。そうであるな。ならばわしは今回は諦め…ん?お前たちの秘蔵っ子…だと?」


「そうよ。あの子はまだ…オトコノコなの…。でもね、行く行くは立派なオンナに…ね?ウフン、今でもあれだけ可愛いんだから将来が楽しみよねェン」


「な、な、なんじゃと!お、男子おのこなのか!?あ、あれだけ可憐であるのに…」


「そ、そんな…。可憐だなんてボク…、ボク…」


 くねくね…、クリンが嬉しそうに身をよじらせる。その仕草は照れてはにかむ少女のそれでしかない、しかもそこらの女児よりはるかに可愛らしい。さらには褒められる度にその目の輝きは年齢とは不相応な魔性とも言うべき魅力を伴っていく…。


「む、むおお…。あ、あれで男子…、しかしアレは…」


 頭ではクリンが男だと分かっているのにペドフィリーはクリンから目が離せない。それほどまでにクリンの姿や立ち振る舞いは少女そのものだった。


「あらあら、アナタ…。クリンを見て緊張してるのォン?色々とカチカチじゃないのォン!」


「じゃあアタシたちがそのコリコリなトコロ、フニャフニャになるまで癒してあげるわァン!」


「余計な事、考えたりしないように搾り尽くしてやるわァン!」


「ヒッ!?や、やめ…むぐおお…」


 がしっ、ズルズル…。複数のたくましい乙女たちによってペドフィリーは引きずられていく。どうやら少し歩いたところにあるカルーセの家に連れ込むようだ。


「そうそう、クリン。アタシたちこれから良いトコロ…、じゃなかった大事な用があるの。だからヒョイおじさまに今日から何日か仕事をお休みするって伝えてェン!」


「うんっ」


 そう言うとクリンはヒョイオ・ヒョイが経営する社交場サロンの方に駆けていった。


「良い子ね、ウフッ。じゃあ…アタシたちはァ…たぁっっっぷり良いコト…しましょうねェン!!」


「や、やめてくれェ!」


「駄目。ほら、暴れないの!別に取って食べたりはしないわヨォん!」


「ウソ〜ん?食べちゃうでしょォン?カルーセ、大好物じゃないのよォん!パクッと…ねェン?」


「いやァーん、お下品!」


「きゃはははっ!さあ、行くわよォォ!」


 かちゃ…、キィー…、バタン!!


 カルーセの家に辿り着きペドフィリーが中に放り込まれる、何で何があったのか…。それは誰にも分からない。だが、確かなのは普段この辺にはいないはずの聞き慣れない男性の声が周囲の住人たちの耳に入ったという。


 そして、数日後…。


「うぐう…、ああアアァ…」


 焦点の合わぬ瞳で町をさまよい歩く身なりの良い小太りな老齢男性の姿があったという…。


 次回…。


 シルフィが生まれ育ったエルフの里、結婚の挨拶をする為にゲンタはミーンの町を出発した。そんなエルフの里だが…どこにある?


 それは近くもあり、遠くもある…。


 ゲンタは魔法や精霊などが存在するここ異世界の不思議をまたひとつ体験するのだった。

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