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第650話 一件落着?


「どうです、私の名前は…。知ったら震えが来たでしょう?」


 にこりと笑いながらミトミツク様は言った。その言葉に先程まで襲いかかっていた騎士や私兵たちがその身をぶるりと震わせる。かつての国王陛下の弟であり、王家と同格とされているこうの位にあった人に悪行口言あっこうぞうごん、おまけに切りかかって殺害しようとしたのだ。震える気持ちもよく分かる。


「こ、この馬鹿者どもめッ!ワ、ワシが知らないのを良い事に先代さき公位こういにおられた御方をッ!で、殿下に代わってわしが成敗してくれるッ!!」


 そう言うとペドフィリー前侯爵は腰の短剣を抜いて手近にいた騎士の首元を突き刺そうとした。


「なっ、先代様ッ!!?じ、自分はあなた様のめいで…」


「ええい、黙れッ!!そんな事、言うておらぬわッ!黙って死ねいッ!!」


 口封じするつもりか、僕がそう思った時だった。


慮外者りょがいものめがッ!!」


 どすっ!!


 ペドフィリーの尻をスケアーリィが蹴飛ばし奴は不様に地面を転がった。


「先代の公殿下の前で刃を抜き、あまつさえ御前おんまえを血で汚すつもりかッ!」


「ぐ、ぐう…。申し訳…ござらぬ…」


 蹴られた拍子に短剣を遠くに手離して地面に転がったペドフィリー、口封じの手段も失われた奴はなんとか身を起こし不承不承といった感じだが一応の謝罪を口にした。それを聞き終えるとミトミツク様はゆっくりと口を開いた。


「久しいのう、ペドフィリー殿…」


「…ミ、ミトミツク先代殿下もお変わりなく…」


 ミトミツク様はゆったりと、ペドフィリーはバツが悪そうに互いに挨拶をしたかと思うと二人の話が始まった。


「ペドフィリー殿におかれては、ずいぶんとゲンタさんに無理難題を申し付けようとなさっていたようですな…。しかもこのように武装した手勢を連れて…」


「はっ…。いや、そのぅ…これなるはわしの外出時に万全の警護をしようと配下たちが備えをしたもので…」


「だまらっしゃい!!猛獣や魔物が現れるかも知れぬ山野を進む時ならばいざ知らず、他領であるナタダ子爵家が治めるミーンの町の中で武装するなどもっての他!しかも、その町の民に向かって武器を向けるなど言語道断!他領への侵略と見なされても弁解の余地はありませんぞ!」


「むぐぐっ!!そ、それは…」


「またナタダ子爵家は国王陛下への忠誠もあつく、その内政官としての手腕は陛下も信を置かれている。このたびの仕儀が御耳に入ればどのように思われるか…、その陛下の信任厚き者の治める領を攻めて奪い取らんとした反乱を…」


「そ、そのような事は考えた事もなく…」


「ならばなぜ今、民に刃を向けていたのじゃ!?」


「そ、それは…あの者が貴族に対し無礼な態度を…」


「事の発端はなんじゃあっ!!そなたがあのゲンタさんの嫁となる幼子を奪い取らんとしたからであろうが!ゲンタさんはそんな横暴から大切な人を守ろうとしたに過ぎん!!それに昨夜、配下の者を使ってナタダ家の馬車を狙ったであろう!調べはとうについておりますぞ!」


「ううう…」


「後ろで見ているペドフィリー前侯爵についてきたそなたらはどうじゃ!?この企みに加わっておったのか!?」


 ミトミツク様が遠巻きに見守っていたペドフィリーの取り巻きたちを睨んだ。


「い、いいえ!滅相もない!」


「わ、私たちは侯爵家の寄子に過ぎず、ただついてきたに過ぎず…」


 仲間と思われてはたまらんとばかりに取り巻きたちは関係ないと口々に言う。


「ならばすぐに立ち去りなさい!今後、間違っても前侯爵殿と関わりを持つようであれば…」


「は、はいぃ…。我々、関わりを持つことはありませぬ!」


 取り巻きたちは蜘蛛の子散らすように逃げていく。そこに入れ替わるようにして馬の蹄の音が響いてきた。モネ様を前に乗せて奥方様が…、その後ろにも数騎が続く。


「前公殿下!!」


「おお、子爵夫人殿」


 先に下馬をしてモネ様を馬上から下ろすと奥方様はミトミツク様に頭を下げた。続く騎士たちは膝をつく。


「我が領内で騒ぎがあるとの知らせを受け急ぎ参りました」


「うむ、私もたまたまその場を見かけての」


「たまたま…にございますか。して、そのお召し物は…?」


 高い位に就いていた方が着るにはあまりにも…、ミトミツク様は泥にまみれた農民のような服装をしている。


「これですか?いや、私もまつりごとに携わる身ですからな。民の暮らしに混じりその地からひとつでも何かを学ぼうと畑仕事のお手伝いをしていたのですよ」


「そ、そうでしたか。さて、前公殿下…。この者ども…、いかにいたしましょうか…?」


「仮にもコーイン殿は先代の侯爵位、裁きとなれば王宮にてはかる事となりましょう。…が、今の私は隠居でありゴクキョウさんが開いた長年の夢が詰まったという宿に泊まりに来ただけの忍びの身…。あまり事を荒立てるのも憚られます…、そこでコーイン殿の事は当代の侯爵殿にお任せしたいと考えています。仔細しさいを書いた手紙を送っておきますゆえ…。子爵夫人にはそれ以外の…、この武器を抜いて乱暴狼藉を働いた者どもの裁きをお願いしようと考えています」


「…ミトミツク先代公殿下には何から何まで…。まことにかたじけなく存じます。…引っ立てよ!!」


 奥方様が騎士たちに命を下した。


「「「はっ!!!」」」


 ナタダ子爵家の騎士たちが指揮を執り、配下の衛兵たちがペドフィリー配下の騎士や兵士たちを縄にかけ連行する。


「おとなしくせよ!」


「国王陛下のお血筋の御方に刃を向けた極悪人め!」


「さあ、こちらだ!!」


 騎士や兵士たちが縄にかけた連中を連れていくといよいよペドフィリー前侯爵はひとりぼっちとなった。もう手足となって動いてくれる者も、守ってくれる者もいない。


「さて、コーイン殿…」


 ゆっくりとミトミツク様はいった。


「今のそなたは配下も全て失い、持ち上げてくれる貴族たちも離れていった…。しばらくはおとなしゅう町でお過ごしなされ。手紙に侯爵領より迎えを出してもらえるようにも書き添えておきますでな…」


「…は、ははあぁぁ…!!」


 ガックリと項垂れるようにしてペドフィリー前侯爵はそれだけを答えた。


「ゲンタさん」


「は、はい!ミトミツクさん…い、いえ!殿下!!」


「ほっほっほっ。良いのですよ、私はミトミツク…。その事は間違いのない事です。それにの…、私はあなたに感じ入りました。あの美味しい食事にも、山の中の町であるミーンに塩をもたらし難所に橋を架ける際にも多大な貢献をしたのだとか…。何より大切な人を守る為に一歩も引かなかった事、まことに素晴らしい。これからもこのミーンの皆さんの為に頑張って下さいね」


 にっこり。優しい笑顔でミトミツク様が僕に語りかける、思わず頭を下げた。


「は、はい!ミトミツク様のお言葉、終生忘れませぬ!」


「御隠居…、そろそろ」


 スケアーリィさんがミトミツク様に声をかけた。


「おお、そうでしたな!畑仕事の合間に抜け出てきたのでした。そろそろ戻りませんと…。では、私は行くとしますかな。ゲンタさんは嫁取りに町を出るとか…、気をつけてな」


「は、はい。ありがとうございます」


「では、スケアーリィ…カクノーブル…。参りましょうか」


「はっ!」

「ははっ!」


 そう言うとミトミツク様は再び町の外へと歩き出した。まるで印籠を出した後のあの人のように。


「では…、私たちも…」


 シルフィさんが僕の横に並んだ。


「はい」


 僕も応じて立ち上がる。


「坊や、気をつけてなー!」


「無事に帰ってこいよー」


 冒険者や町のみなさんが口々に声をかけてくる。そして最後には奥方様が…。


「ゲンタよ、此度こたびも世話になったのう。礼の言葉もない…。旅先でも気をつけてくりゃれ。そなたに何かあっては婚約したモネが悲しむゆえ…」


「お心遣い、痛み入ります。されど、婚約の話はペドフィリー前侯爵から姫様の身を守る為の方便…。どうか私などの事でお心を乱される事のなきよう…」


「まあ、師父様!それはあんまりにございます」


 僕が奥方様に応じていると珍しくモネ様が口調を荒いものにした。


「私は師父様…いえ、ゲンタ様の婚約者になりましてございます。それはちぎりを結んでいないだけで、心はすでにゲンタ様のもの…」


「え!?ええっ!?」


「ゲンタ様はあの夜、確かに仰ったではありませんか。しっかりと私の手を握り、あんなにも熱く愛を囁かれ…。しかも、他家の貴族の方々がいる前で…」


「え、ええ、まあ…。しかし、あれは…」


 お芝居でしたから…、そう言おうとしたのだがモネ様の勢いは止まらない。


「もし、ゲンタ様と私との事が無かった事になるのなら…。私は婚約を破棄された…、八歳にしてキズモノと言われてしまいます…」


「え!?そ、そんな…」


 そりゃまずい!だけど、僕がモネ様と婚約?あくまで仮の…、ペドフィリー前侯爵から守る為のはずだったのに…。僕は助けを求めて奥方様を見た、しかし告げられたのは助けの言葉ではなかった。


「妾は何も言ってはおらぬぞ。モネが自分で考え、思いを口にしているのじゃ。…のう、ゲンタよ。いや、婿殿むこどのと呼ぶ日が来る事を妾もねごうておる。どうかモネの心を察してやってくりゃれ。娘を持つ母の願いじゃ」


 う…、美人母娘にそう言われたら断りにくいじゃないか…。


「わ、分かりました。とりあえずその話は追々(おいおい)…」


 貴族の結婚、こういうのは周辺の環境や外交状況が変われば婚約破棄やらすぐに輿入こしいれさせたり離縁させたりとガラッと関係が変わる事もあるらしいからここで変に断るよりも時節を待った方が良いかも知れない。そう考えた僕は先送りを狙う。


 ぎゅっ!!


 不意に体の左側にしがみつかれた。


「だめ!ゲンタは私の!」


「アリスちゃん!?」


 言っている内容は難しいから理解しているかは分からないが本能的に察したのかアリスちゃんが全力でしがみついている。


「で、では…私も…。師父様…、いえゲンタ様…」


 反対側にモネ様が遠慮がちにくっついてくる。ダブル七歳児、しかも金髪と黒髪の互いに将来的にタイプの違う美人になるであろう二人に抱きつかれる。


「ゲンタ…さん」


 ぽん…と後ろから手を肩に置かれた。いつもより低いシルフィさんの声…、なぜたろう…すごいプレッシャー…。


「そろそろ、行きましょうか」


「は、はい…。じゃ、じゃあアリスちゃん、モネ様、僕は行きますんで…」


 なんだろう、『行きましょう』ではなく『逝きましょう』と言われた感覚だ。NOノーとは言えない…いや、言う事は出来るけどその後に何が起こるかパルプ◯テ(何が起こるか分からない)。でも、多分だけど良い結果は起こらない気がする。戻ってきたらすぐに会いに行く事を約束して二人の体をそっと離す。


「ゲンタや、気を付けてな」


 最後にマオンさんとギュッと手を握り合う。


「はい、マオンさん。しばらくの間、留守にしますがよろしくお願いします」


「ああ、安心して行っておいで。ゲンタが帰ってくる場所はキチンと守っておくよ」


「はい。あと、サクヤたち四人には町に残ってもらいますので…。マオンさんのお手伝いや身を守ってくれるはずです」


 マオンさんの調理補助や護衛の為にサクヤたち四人の精霊とはいったん離れる、それを申し出たのはカグヤだった。町に残ってやる事があると言う、彼女には何やら考えがあるらしい。だけど…。


「私がいないからって…、浮気したら駄目…」


 カグヤからもプレッシャーがかかる。…僕、新婚さんになるんだよな?そ、それって浮気なのかなあ…。兎にも角にも僕はシルフィさんと連れ立って町を出る、彼女を妻とするべくエルフの里に向かって…。




 次回は…。


 懲りないペドフィリー前侯爵は帰り道で孤児院から出てきた幼い子を見つけた。まったく懲りていないこの男に待つ運命とは…。


 『密室の出来事(ざまあ回)』


 お楽しみに。

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