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第644話 贈り物。そしてロリコン貴族の目の前でイチャイチャ!


 舞台袖のような位置から僕はモネ様を連れて広間に入った。改めて来客たちを見てみれば、先頭にいる年老いた男の醜悪さがより鮮明に目に映る。そして奥方様のすぐ傍に進んだ。


「おお、モネ殿…」


 ペドフィリー前侯爵がその太った体を歓喜にうち震わせながらモネ様の名を呟く。その表情は恍惚としていて非常に気味の悪いものだ。


「今宵もなんと美しい…、やはり今宵…今すぐわしの元へ…。むっ!?」


 モネ様ばかりをその目で追っていたロリコン貴族の目に僕の姿が映ったようだ。


「お前か…、モネ殿を…。ふん、着る物だけはなんとか整えたようじゃが…しかァしッ⁉︎!!」


 僕が着ているのは以前の夜会の時にピースギーさんたちに作ってもらった衣装である。夜会の主役ではなかった為、派手さは求めず機能性というか動きやすさを重視している。しかしながら動きを阻害しない程度には装飾されていて、金糸きんし銀糸ぎんしに始まって他にも色鮮やかな日本で買ってきた様々な刺繍糸や硝子がらすをあしらったボタンなどを使った素晴らしい物だ。実際、あの夜会に参加していた他の貴族たちにも引けを取らない…むしろ仕立ての良さはそこらの貴族よりも僕の服の方が上だった。


「婚儀を結ぶにあたり必要な物があるのじゃ!おいっ!」


 前侯爵はこちらを見たまま声をかける、すると後方の取り巻きの連中の中から一人、小さな箱を持って進み出てくる男がいた。その服装から見て使用人ではない、おそらく前侯爵にくっついているより下位の貴族なのだろう。


「ああ…、可哀想に…。大変ですね、お貴族様も…。上位の家からは下男げなん扱いか…」


「ふ…、たしかあちらは準男爵家の方であったな。名は…、忘れてしもうたが…」


 僕が誰にも聞かれない程度の小声で呟くと、これまた小声で奥方様が返してきた。その間に下男扱いされている準男爵が小箱の蓋を開けた、中に入っているのはどうやら金の腕輪アームレットのようである。だが、そのアームレットがどうにもよろしくない。彫刻などの飾り気はまったくない単なる金の輪っかである。


 ピクリ…。


 あまり表には出してないけど差し出されたアームレットを見てラ・フォンティーヌ様の片眉がわずかに動いた。どうやら気に召さないようだ。そんな物を我が娘に…。そんな怒りを感じる。怒りではなかったがそれは僕も感じていた違和感、というのも前侯爵がモネ様にと差し出したアームレットの大きさと色合いだ。


 まず大きさだがどう見ても大人用だ、わずか八歳のモネ様が身に着けるにはサイズがあまりにも大きい。そして一目で分かる地金の色の悪さ、おそらくアームレット全体における金の含有率が高くないのだろう。というのもその色合いは日本史の教科書や資料集で見た事がある戦国時代とか安土桃山時代に生産されたある程度の大きさにしたナゲットにした金とか慶長大判や小判くらいのものだ、アレって確か金の含有率は七割もなかったはずだ。それに比例するように黄金というよりは薄茶色…、ところどころ黒ずみすら見えるような状態だ。どうにも質が悪い。


 だが、前侯爵の取り巻きたちはそれを一斉に褒めそやす。


「おお!見事な一品!!」


「あれをいただけるモネ様が羨ましいですわ!」


「これはナタダ子爵家に受け継がれていくような価値ある物とお見受けいたします!」


「やはりモネ殿は今すぐにでも前侯爵様にお輿こし入れなされるべきよ!」


「いやあ、さすがは前侯爵様!こんな品物しなモンをポンと出せるなんて!こらァ、金貨を何枚積まねば買えるかわかりませんな!」


 鋳潰いつぶせばそれなりの価値にはなるだろうけどアクセサリーとしてはそんなに質が高くなさそうな金のアームレット、それを取り巻きの貴族たちや商人が持ち上げモネ様が色良い返事をするように後押しをする。まるで大した事のない社長の一打を必死になってナイスショットと盛り上げる接待ゴルフのようだ。それを受けて気を良くしたのかペドフィリー前侯爵は上機嫌な顔になり僕に視線を向けてきた。


「どうだ、若造?モネ殿を迎えるにあたりわしが用意した贈り物は…ふん、お前にこのような用意ができるか?知っておるかは分からんが嫁を迎える際には贈り物をするのが礼儀…、お前のような者が用意できるアクセサリーなど庶民らしくせいぜい木彫りか何かの…」


「奥方様…いえ、御義母上様おははうえさま…」


 前侯爵の戯言を無視して僕は奥方様に話しかけた。


「ふふ。妾を母と呼ぶか、嬉しいぞ。何か申したい事があるようじゃな」


「私にもモネ様への贈り物がございまする。この場にて御披見ごひけんいただきましても…」


「構わぬ、見せてたもれ」


「ははっ!!」


 僕の返事に合わせて先程までいた広間の脇の通路から侍女のコレットさんが棚板のある台車ワゴンを押してくる。天板の上には黒い光沢のある布がかけてあった。


「んー?なんじゃ、モネ殿に布を贈ると言うのかァ?」


「いやいや、前侯爵様!あなた様と比べてはあの若者も可哀想ですぞ!」


「左様、左様!ここはひとつ、大人の度量で見てやろうではありませんか。あの布の下、いかにつまらぬ粗末な物でも笑ってはなりませぬぞ、ぷくくく…」


「ほほほほ!!」


 見下したように言う前侯爵とその取り巻きたち、僕はそいつらを一瞥すると胸を張って声を上げた。


「まさか!?間違っても我が最愛の姫君にそのようなつまらぬ物など…、僕が差し上げたいのはこちらです!」


 ぱさあっ!!


 布を取る。


「キャッ!!あ、あれは…!!」


 取り巻きの貴族たちのうちの一人から思わずといった声が上がった。現れたのは光輝くふたつの首飾り、室内の灯りを受けてキラキラと輝く。


「綺麗…」


「あ、あの輝き…、白金プラチナか…」


「ほ、宝石も…あしらわれて…、それも…ひとつじゃありませんわ…」


 取り巻きたちから洩れ出る感嘆の声、そして前侯爵は言葉を失い口をパクパクとさせている。


「私がご用意いたしましのは彫金を施したプラチナに八つの蒼石サファイアをあしらった首飾りにございまする…。お許しいただけますればこの場にてモネ様に身に着けていただければ無上の喜び…」


「構わぬよ。のう、モネ?」


「はい。師父さ…いえ、婚約者様…」


 そう言うとモネ様はこちらに背を向け、その黒髪をかき上げた。


「失礼いたします」


「ああっ…、うぬぬ…!」


 モネ様の後ろに僕はひざまづき首飾りをお着けした、僕の指先がかすかにその肌に触れる。そのタイミングで前侯爵から情けない声が上がった。モネ様がこちらを向いく、少女とは思えぬ美しさである。


「たいへんお美しゅうございます、モネ様」


 身に着けるべき主のものとなり首飾りはより美しさを増した。これはガントンさんたちに作ってもらった逸品だ、もちろんモネ様の体に合わせたサイズである。


「よう似合におうておる…、良かったのう…モネ…。大切にいたすのじゃぞ」


「はい、母上様」


「うむ、それにしても…サファイアを八個とは…。それはモネの年齢としを加味しての事か?」


「はい、モネ様は八歳にございますればそれに合わせた贈り物を…と。もしお望みとあらば来年はさらにひとつ、サファイアをお加えいたしましょう」


「ふ…、ふふふっ!それは面白き事よの。さて…ゲンタよ、重ねて問う。もうひとつの首飾りはいかがした事じゃ、同じ意匠デザインのようじゃが大きさがちと違うようじゃのう…?」


 奥方様がワゴンの上に残るもうひとつの首飾りに目を向けて言った。ちなみにこれは事前に準備していた筋書きでもある。


「はい。こちらは奥方様…いえ、御義母上様おははうえさまへの贈り物にございまする」


「なんと、妾にか?」


 少し大げさに奥方様が驚いてみせる。


「はっ!新たに我が御義母上様おははうえさまになられる御方にわたくしなりの親孝行の形として…」


「嬉しゅう思うぞ。では…」


 奥方様がこちらにやって来る。…ん?どうしたんだろう。筋書きでは嬉しゅう思うぞ…で終わるはずだったが…。


「のう、ゲンタ?」


 奥方様が少し甘い声で話しかけてくる。


「さっそく母の身にもその見事な逸品をつけてたもれ」


 そう言うと奥方様はこちらに背中を向けた。軽く膝を曲げ姿勢を低くすると同時に髪をかき上げその首筋をあらわにした。髪からは奥方様専用とも言うべき高級サロン御用達のシャンプーの香り、そしてその首筋からは嫌味のない甘い香水の香り…。こっ、これが人妻の色香ッ…!若造の僕にはクラクラくる…!


「どうした?ほれ、早よう…」


「は、はいっ…!」


 どこかに飛んでいきそうなを理性さんを必死につなぎ止め、色々と必死に我慢して首飾りを奥方様に…。留め具を首の後ろで引っかかる際にわずかにその素肌に触れた。


「んっ!!」


「ッ!!?し、失礼いたしました!!」


 奥方様がなんとも言えない声を上げた、僕は咄嗟に謝る。


「構わぬ、息子となる男子おのこが妾の肌に触れたとて…。ましてや、この義母ははを思うての事…。咎めはせぬ、むしろ嬉しゅう思うぞ」


「ふっ、ふごおォォッ!!」


 後方にいるロリコン貴族が歯噛みするような声が聞こえた。まあ、無理もないよね。ご執心のらモネ様に…、そしてかつて恋焦がれたラ・フォンティーヌ様の肌に他の男の指が触れたのだから…。


 そして奥方様は姿勢を正すと改めて僕に向き直る、そこには…、女神がいた。


「ふふ…、どうかの?似合うかえ?」


「御義母上様、たいへん…たいへんお美しゅうございます。御義母上様のような素敵な御方に身に着けていただけるのはこの上なき喜び…」


「ほほほ…、世辞せじと分かっていても悪い気はせぬのう」


「お世辞だなどと…。ああ、私にさいがあればいかようにもそのお美しさをお伝えできるのに…。また、モネ様におかれましてもその愛らしさをどれほど強くお伝えできましょうか!非才ひさいなる我が身をただただ口惜しく思いまする…!」


 少し芝居がかった熱の帯びた声で僕は告げる。ロミオとジュリエットの舞台を演じるかのように、そしてロリコン貴族に見せつけてやるように…。


御義母上様おははうえさま、もし叶うのならば言葉の足りぬ私より、以前お贈りした二枚の…母娘鏡おやこかがみにて御姿をお写しあそばされては…」


「おお、あの鏡か…!そうじゃな…。あの鏡もそなたの贈り物…、是非とも見たいものじゃ。何人たれかある!あの鏡をこれへ!!」


「はい、奥方様。もとより…」


 コレットさんが広間横の通路に用意していたワゴンに乗せて押してくる。そして鏡を覆っていた黒い布を取る、現れたのは地肌の黒い石木せきぼくにナタダ子爵家の紋章である野薔薇の彫刻と色とりどりの宝石をあしらったガラスの鏡。


「ガ…、ガラスの…鏡…!?」


「しかも…あのような見事な彫刻…」


「王室の秘宝になるようなガラスの鏡を贈られた…、あの噂は真実まことであったか…」


「それが二枚も…。い、いくらになるんや!?」


 野次馬たちが騒ついている。それを一顧だにせず奥方様はモネ様を伴いその身を鏡に写した。


「おお…、見事な…。モネにもよう似合におうておる」


「お母様も…」


「その首飾りはお二人にお似合いになるように新たに作らせました物にございまする。作りしはドワーフの職人、棟梁とうりょうの地位にある者二人にございまする」


「ドワーフの棟梁!?」


「ドワーフといえば腕は確かだが偏屈者も多いと聞く…。その者たちの心を動かすとはあの若者は一体…?」


「そんな事よりあの首飾り、ありゃァ値打ちモンでっせ!買うとしたら金貨…い、いや金塊がいくつ必要になるんや!?ね、値段の想像がつかへんッ!?」


 取り巻きたちは大騒ぎ。そしてそのうちの一人である商人が首飾りの値踏みをしているようだ。前侯爵の腕輪は枚数は分からないが金貨で買える、しかし僕が出した首飾りは金貨どころか金塊をいくつ積めば良いかも分からないと言っている。どうやら貴族の女性に婚儀を申し込むのに必要な贈り物、僕の完全勝利のようだ。


「ゲンタよ…いや、ゲンタ殿…」


 そう言うと奥方様は僕の肩を優しく抱いて右頬、そして左頬と順に自らの頬を軽く触れた。奥方様のなめらかな肌の感触、甘く広がるその香り。僕の心が早鐘のように高鳴る、ここまでの接触…。これは肉親か恋人にでもなければしない事、血を分けた者ではない僕が受けるのは相当に異例な事だ。


「お、お母様っ」


 モネ様が慌てたような声を出す、しかし奥方様は余裕を持ってモネ様に応じた。


「ほほほ…、珍しい。モネよ、幼いながらも落ち着いているそなたがそれほど慌てるなど…。ふふ…安心するのじゃ、取りはせぬよ。丁度よい。ならばモネよ、そなたも頬を寄せてもらうが良い」


 ちょっ!?奥方様!そこまでは打ち合わせしてなかったでしょうに!モネ様も断って良いですからね!恥ずかしいとか、まだ早いとか…。


「はい…、ゲ…ゲンタ様…」


 モ、モネ様が年齢相応の恥じらいながらも上目遣いでこちらを見ている。その白い頬が朱に染まっている。こうなったら応じるしかない、僕は覚悟を決めた。


「モネ様…」


 僕はひざまづくと彼女をそっと抱き寄せた、両頬を軽く触れさせ親愛の情を伝える。はふぅ…、モネ様の吐息が耳元に触れた。


「ゲンタ様…」


 うーん、ロリコン貴族との縁組を避ける為とはいえ中々に熱の入った芝居だ。女性って凄いなと改めて思う。しかし、そこに不快な甲高い声が上がった。


「う、うぐぐぐぐっ!!み、認めんッ!!認めんぞォォッ!!」


 やはりというか…その声の主はロリコン老貴族、コーイン・ペドフィリー前侯爵であった。

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