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第643話 来たぞ、ロリコン貴族!


 その日の夕刻…、というよりは完全に日が沈んだ後にナタダ子爵邸に来客があった。当然ながらやってきたのはコーイン・ペドフィリー前侯爵。今は息子に代を譲り悠々自適な生活をしているらしい。奥方様によれば今回のゴクキョウさんの宿屋のプレオープンにやってきた上流階級のひとりであり、それに合わせてこのミーンのナタダ子爵邸にやってきたようだ。


「目的はモネ様…か…」


 僕はナタダ子爵邸の一角で僕は思わず呟いた。


 少し前にさかのぼるがナタダ子爵邸で夜会が催された。正式な社交界デビューはもっと先の事だが、あの時はナタダ子爵家の寄親パインフラット侯爵家やその寄子よりこたちを中心に近隣の貴族たちを招いてのモネ様の顔見せといった意味合いがあった。その時にここ異世界ではやり過ぎなくらいに夜会の演出をした、夜会壊し(パーティクラッシャー)とあだ名されるどこぞの金回りだけは良い伯爵令嬢をヘコませる為にやった事だ。それ自体は大変な反響があったようだが、それには弊害もあったらしい。幼いながらもモネ様の可憐さは目を見張るものがあった、特にその母譲りの黒髪の美しさは貴族間でもあっと言う間に広まったらしい。それを聞いた例の少女を好むというペドフィリー前侯爵がやってきた…、どうやらそういう事らしい。


「ペドフィリー侯爵家、前当主コーイン・ペドフィリー殿ご来臨らいりん!」


 ナタダ子爵邸の広間に来客を告げる声が響く、そして現れたのは一人…じゃない。広間に続く通路から…舞台袖のような位置から様子を見ていた僕はまずそれに驚いた。まあ、仮にも大貴族の前当主…、付き人の一人や二人が近くにいるのは予想の範囲内だがなんと今回はゾロゾロと何人もの人を連れている…。その顔のいくつかには見覚えがある、ゴクキョウさんの宿屋にやってきている貴族やその御婦人、さらには大きな商家の楽隠居らくいんきょなど…要は上流階級とか金持ちの人たちだ。


 その先頭をやってくるのが前侯爵とやらだろう。突き出た腹、しわが多いが脂ぎった顔は妙な張りがあり両頬は垂れ気味ではあるものの丸く膨れている。まるで茄子なすを肌色に塗って頬にくっつけているような印象だ。さらに特徴的なのは太すぎる腹部でバランスが悪いのかペンギンのような歩き方、ヨチヨチと歩いて奥方様の前にやってくる。


「ん…?あれは…外套がいとうを身に着けたままだ…」


 僕は思わず呟く。目に留まったのはペドフィリー前侯爵の服装だ。本来、屋外でもなければ外套を着たまま面会するというのは非常に無礼な事だ。外套を着たままというのはすぐに帰るという意思表示だ。脱いだり着たりする手間や時間を惜しんでいる…。それは訪問先の主人への尊重より自分の衣服の脱ぎ着の手間の方に重きを置いている…そういう事だ。


「なるほどね…、だったらこっちにも考えがあるぞ…」


 面会を申し入れ相手の家に家中を挙げてその準備をさせたのだ、それを数分の立ち話で済ますような軽い扱いをするなんて…。ナタダ子爵夫人のラ・フォンティーヌ様も愛娘まなむすめのモネ様も素晴らしい方だ。それをコケにされては…、ましてやあんな醜悪な年寄りにモネ様にモネ様をやってなるものか。それにこれは結婚ではない、あくまで婚約だ。婚約ならば貴族の家同士ならば御家おいえの都合や対外関係の変化で解消されたりするのはままある事…、少なくとも六十歳あたりの前侯爵…、寿命が来てくれれば何の問題もなくなる。


 そのコーイン・ペドフィリー前侯爵を迎えるのは王都で政務官を勤めるという子爵様に代わってミーンを守る奥方様。その奥方様が口を開いた。


「ようおいで下された。道中、何かございましたか?夕刻をだいぶ過ぎ、家中一同ペドフィリー前侯爵殿を心配いたしておりましたゆえ…」


 いくぶんか皮肉を込め、また本心では全く心配していないのを表には出さない奥方様の第一声が響いた。それに対し貴族らしい作法も無く前侯爵とやらが返答をした。その口から出てくる声はまるで裏声を出しているかのような甲高いものだった。


「んー?あー、こちらは何かと忙しい身でなあ。ましてナタダ子爵家においても無駄な時間や手間を取らせたくないでな。要件を簡単に伝えその時間や手間を省いたく思うたのよ」


「ほう、それはそれは…。では、茶でもお出ししてその御用件をうかがいましょうほどに…」


「それには及ばぬよ。実は良い話を持ってきたのじゃ、ナタダ子爵家と縁談をしたくてのう」


「縁談?婚約でもなく…?はて…、当家には年頃の者はおりませぬが…?また、ペドフィリー侯爵家におかれても縁組するような方は…」


 分かってはいるがとぼけてみせる奥方様、そこにロリコン前侯爵が食い気味に割り込んできた。


「わしじゃ、わし!このペドフィリー侯爵の前当主、コーイン・ペドフィリーの嫁になるのじゃ!」


「しかし、我が家には年頃の者など…」


 さらにとぼけて見せる奥方様、しかし老貴族はモネ様を指差しながら口を開く。


「い、い、いるではないか、モネ殿じゃ!」


 まどろっこしいとばかりに前侯爵はまくしたてる。


「モネを?お戯れを…。モネはまだ八歳、まだ幼名を名乗っている幼子にございますれば…」


 あくまでもやんわりと…、奥方様は前侯爵の申し入れをあくまで冗談として処理しようとする。しかしながらこの変態、さらにヒートアップして声はさらに甲高く早口になっていく。


「そ、そ、そのような事はない!モネ殿はとても素晴らしい!母であるそなた譲りの美しき黒髪に白い肌。まるで幼き日の奥方殿、そなたのまさに生き写し!」


「それならば今でなくとも…」


「い、今ッ!!!今だから良いのだ!今だからこそ…!今だからこそあの小さな体をわしが全身で…!い、いや、全身全霊で大事にしてやれるのだ!さあ、今すぐモネ殿をわしにくれ!このまま連れ帰ろうほどに…」


 ハアハアと呼吸を乱れさせペドフィリー前侯爵が熱く語る。一方で奥方様は静かに、そして怒気を滲ませながら言った。


「それは出来ませぬな」


「な、なにっ!?どういう事じゃ!なぜ出来ぬのだ!」


「まず、そもそも…」


 奥方様が話し始める。


「貴族同士の縁組は国や自領の重大事。それを夕餉ゆうげの時刻もとうに過ぎ、もはややすむまでそう時が無い中でやってきてそのまま年端としはもいかぬ娘を連れ帰ろうなどいかなるご存念か。また本来ならば婚儀に至るまでそれなりの手順を踏むのが道理…。ましてや侯爵家と言えば国王陛下の血を引く王室やその血に縁ある公爵家にぐ高貴な御家おいえ…。そのような御家に娘が嫁ぐというならば数々の手順を踏まねばなりませぬ…。それこそ古式こしきのっとれば縁談が起こりし日より数々のやりとりを重ね全ての儀式を終えて十年…」


「じゅ、じゅ、十年ゥゥッ!!な、ならぬ!ならぬならぬ、なるぬぞォォ!そ、それではモネ殿は…」


「はい、そのころには十八歳とあいなりまするな」


「そ、それはならぬ!ならぬぞォ、今だからあるモネ殿の美しさ…、それを無為にしてはならぬ!」


 唾が飛ぶ勢いでロリコン貴族が叫んでるいる。


「まだ何も知らぬ無垢なる心…、さらにはまだ何色にも染まっておらぬ無色の身体…、それこそッ、それこそが無上なる存在なのだ!朝早く積もったまだ誰も踏み荒らしておらぬ新雪の白さか、はたまたまだ誰も手折たおってはおらぬ花開く前の小さな花のつぼみか…、その未熟なる中にある美しさが…」


「それを最初に踏み荒らそうとおっしゃるか!」


 毅然とした声で奥方様が遮った。


「我が娘の今を求めると言うのなら思いを遂げた後はどうなさる?明日の朝には御身おんみだけ自領に戻られるか!いや、しばらくは…幼い内は手元に置くやも知れぬ。だが、その後の事など知らぬと言われては娘があまりに哀れ…」


「う…。い、いや、そんな事は…」


 奥方様の気迫に相手が言い淀む、どうやら図星であったらしい。


「それにの、我が娘モネにはもろうてくれる男子おのこがすでにある」


「な、な、なにィ!?そんな話、聞いた事もない!だ、誰じゃ!その男とやらはッ!不届ふとどきなッ、わしのモネ殿をッ…」


 お前の物じゃないだろう、僕がそう思っていると奥方様から声がかかった。


「入ってきやれ。我が娘モネ、そして我がナタダ子爵家に新たに迎える素晴らしき男子おのこよ」


 さあ、僕の出番だ。

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