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第641話 風雲急を告げる縁組


 今回のタイトルと後半を修正加筆し、子爵夫人が訪ねてきた内容になっております。次回の話にスムーズにつなげるのに変更いたしました。


「ゲンタ殿はおられるか!ナタダ子爵家が所属、騎士スネイルが参った。急ぎ話したい、これあり!」


 ご機嫌斜めのアリスちゃんの不満を解消すべくどうしたものかと頭を巡らせていたその時、やってきたのはナタダ子爵家に仕える騎士たちの中で若いながらも功績を上げ騎士筆頭の地位に立った二代目トゥリィ・スネイルさん。僕の姿を見るなりパッと馬から飛び下りるとこちらにやってくる。そして乗り手が下りた馬は勝手にどこかに行ってしまわないように従者とおぼしき男性にしっかりと手綱を握られている。


 何やらただならぬ雰囲気を感じたのだろう、ウォズマさんがアリスちゃんをそっと僕から離した。アリスちゃんは一瞬それを嫌がる素振りを見せたが、子供心にも何か感じるものがあったのだろう。素直にそれに従った。…しかし、急ぎの儀とは一体なんだろう…。


 今は戦時ではないし、スネイルさんも町中で常に捕り物をするような立場でもない。今日は鎧兜よろいかぶとを身に着けず、動きやすそうな騎士服を着ている。しかし、それなら何の用だろうか?急ぎの話…、町にまた何か危機が迫っているのか…。違うな…、それなら鎧などを装備しているはず…。分からないな、とりあえず話を聞いてみるか…。


 再びスネイルさんに意識を向けた。すると後ろには従者の人以外に馬に乗って二人の人物がついてきていた。一人は見覚えがある、騎士の人だ。その騎士はこちらに軽く会釈をするとマオンさん宅に背を向け通りを見張る事を始めた。そしてもう一人の人物に目をやった。その人はフードを目深まぶかに被り、おまけに鼻先から襟元にかけてマフラーのように布を巻いていて目元しか見る事が出来ない。また、その体躯は細身であり身につけているのは膝や肘の部分が革で補強されたいわゆる乗馬服だ。誰だろう…、まるでここに来ている事を隠したいといった印象を受ける。


「…奥方様である」

 

「ッ!?」


 小声でスネイルさんが伝えてきた。僕は慌てて片膝を地面に着こうとする、しかしフードを身につけ顔を隠している奥方様は手で僕の動きを制し、儀礼は無用とばかりに首を振った。


「カグヤ、外から様子を窺う事が出来ないように…」


 くす…。


 小さく口元に笑みを浮かべたカグヤは分かってる…とばかりにマオンさん宅の周りに魔法をかけたようだ。途端に周囲の町中の音が聞こえなくなった、それだけでなく外からはこちらの様子を見通す事が出来ないばかりかこの場所の存在が感じられなくなっているという。以前、カグヤはそんな風に話していた。


「奥方様、隠蔽の魔法が作用いたしております。外からはお姿も声も洩れる事はございませぬ」


「すまんの…、急に押しかけて…。実は少々困った事になった…」


 口元を覆う布を下ろしながら奥方様が口を開いた。間違いない、ラ・フォンティーヌ様だ。


「実はモネに縁談が持ち上がりそうなのじゃ」


「モネ様に…?それはおめでとうございます」


「めでたいものか。こんな話…」


 聞けばまだ正式に申し入れがあった訳ではないが、とある侯爵家からそのような動きがあるらしい。侯爵家と子爵家…、家格で考えれば雲泥の差…。日本で考えればせいぜい数万石の大名家と数十万石の大名家くらいの差がある。普通に考えればとても良い話のように聞こえるが…。


「相手は成人した孫もいる六十歳にも近いという男じゃ。それがわずか八歳の…、まだ成人前…幼名を名乗っておるモネを欲するなど…」


「えっ!?ろ、六十歳!?」


「そうじゃ。侯爵家の当主の座を嫡男に譲り最近隠居した男じゃ」


 なんて事だ!医療や栄養状態、衛生環境の良い日本なら平均寿命は八十歳を超えている。しかし、こちらの異世界では人間の寿命は五十歳程度だ。相手は貴族だから一般人よりは長生きなんだろうけど…、それでもわずか八歳のモネ様が嫁ぐなんて…。


「向こうには正室も側室もおる。加えて嫡孫より歳下の我が娘モネを欲するなど…。ましてや…」


「ましてや…?」


 そんな縁談などロクなものじゃない事は容易に想像がつく、だが貴族の御家事情にうとい僕はさらに事情を聞いてみる事にした。


「子爵家の当家と侯爵家では家格の差もある。相手にはすでに複数の妻もおるし、嫡男に当主の座を譲っている。そのような男に嫁いでもおそらくモネはまともな地位の妻にはなれまい。年齢の事も考えればおそらく都合良くその男の性癖の的にする気じゃろう」


 世の中にはそういう人がいるのは知っていたが、それはここ異世界でも例外ではないようだ。どう考えたって幸せな結婚にはならない気がする。


「でも、どうして急に縁談が…」


「奴め、ゴクキョウの宿屋の招待客なのじゃ。その際に我が家に面会を求められたゆえ顔を合わせたのじゃが…、どうやらそこでモネを見初みそめたようじゃ」


「なんと…」


ひなにはまれなる可憐さだ…。その時に奴め、そのような事を呟いておった。今思えば気味の悪い表情をしておったわ」


「最近は奥方様もモネ様も美しさに磨きがかかっておりますゆえ…。あの髪や体を洗う妙薬などをお使いになられてからはより一層…」


 近くでしているスネイルさんが言った。


「褒め言葉じゃが今は嬉しくない話じゃ、スネイル。あのような男に気に入られるなど…」


 奥方様の声にだんだんと怒りの色が混じってくる。


「加えてモネは当家の一人娘じゃ、それを取られてしもうては我が家が続かぬ…。そうなればかの家はおそらくそう遠くない日に子か孫をねじ込んでくるじゃろう。野心多き家じゃからな…、欲しい物はなんとしても手に入れる…。そう言えば奴にはかつて妾も色目を使われたのう、妾がまだ幼い頃じゃったが…。まったく奴め、とんだ食わせ者じゃ」


「うわあ…」


 それはなんとも筋金入りの幼女に対する特殊性癖者というか…、僕が言葉を失っていると奥方様は口調を普段の落ち着いたものに戻し口を開いた。


「いきなり来てこちらの言いたい事だけを申してしまったのう、許してたもれ。そういえばゲンタよ、そちらも何やら込み入った事になっていたようじゃが何があったのじゃ?」


「はい、実は…。私事で恐縮ですが…」


 僕はつまんで経緯を話した。


「ふふ…、慕われておるのう。『双剣』のウォズマが羨ましい限りじゃ、愛娘まなむすめがそのように慕う相手に出会えるとは…」


 そう言った奥方様は人差し指を唇に当てて『ふむ…』と何やら考え始めた。そしておもむろに言葉を続ける。


「待てよ…。ゲンタはまだ若い…。そして才知にけてもいる。それは我が領の事を見ていれば分かる…。周りには人も多い…」


「奥方様?」


「のう、ゲンタ。我が娘モネを嫁に取るつもりはないか?」


「えっ?モネ様をお嫁に!?」 


「だめえぇぇっ!!」


 ぱたぱたぱたっ!!


 走り寄ってきたアリスちゃんが僕と奥方様の間に割って入って叫んだ。


「私がゲンタのお嫁さんになるんだもん!だから、だから…」


 僕の足にしがみついて小さなアリスちゃんは必死に叫ぶ。


「アリスちゃん…」


 アリスちゃんの気持ちに応える、つまりは結婚すれば解決はする。…と、言ってもそんな簡単には解決できそうにない。それと言うのもアリスちゃんはまだ7歳、この異世界ではまだ結婚出来る年齢ではない。結婚出来ない訳だから当然手鏡を渡すという手法は使えない。男性がプロポーズして女性が返事をする…、そのタイミングは女性の自由だ。それこそプロポーズのセリフ直後に二つ返事で承諾したって良いのだから…。


 だが、そうするとここでひとつ問題が出てくる。プロポーズを承諾するとなれば当然ながら結婚が許される成人おとなになっていなければならない。ゆえにプロポーズは成人おとなに対してのみ可能なのだ。つまり7歳になったばかりのアリスちゃんにしてはならない行為という訳だ。


「ア、アリスちゃん、落ち着いて。奥方様の御前おんまえなんだから…」


 アリスちゃんをなだめるが彼女は離れない。結婚が出来ない理由、それを説明したところでその当事者が納得するとは限らない。さらに同い年のモネ様の名と結婚の話が出てしまっては…、不満気な声を上げるアリスちゃんはテコでも僕から離れまいとしがみつく小さな手にさらに力を込める。


「ふ、ふふふっ!よい、構わぬ。それにしても幼子は素直じゃ。そなた、それほどまでにゲンタを好いておるのか?」


「ぶうううぅぅ…」


「アリス…。ナタダ子爵夫人様、無礼の数々…申し訳ございません」


 ウォズマさんがアリスちゃんのそばに来て片膝を地面に着き、こうべを垂れる。その姿は洗練された動きも相まって非常に絵になるものだった。一方で言葉としては返事になっていないがその行動が雄弁な答えになっているアリスちゃん。それを見て奥方様はしゃがみこみ、アリスちゃんと視線の高さを合わせた。


「よいよい、幼子がしている事じゃ。ましてや惚れた相手が取られるともなればな…、ふふ…。アリス…であったな…そうかそうかそれほどまでにゲンタを…。ならば、そなたゲンタの許嫁いいなずけになればよいではないか」


 まさに微笑ましいものを見ているといった感じで奥方様はアリスちゃんに優しく語りかけたのだった。



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