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第627話 ウェルカムドリンクでハートを掴め!


 ミワキーロさんの圧巻のリハーサルから数日…、政治の中心である王都に対して商売が盛んで何者の支配も受けず自治都市としての顔も見せる為に商都しょうととも言われる大都市カミガタ…。その商都カミガタでもその人ありと言われる大商人ゴクキョウさんが作った理想の宿屋がいよいよオープンする。それは寝泊まりの為の寝具や客室はもちろん、提供される料理や各種サービスもまた最上を追求したものである。


 もっともいきなり一般のお客さんを受け入れるのではなく、こちらから招待した人々を迎えての営業…。いわゆるプレオープンである。


 ゴクキョウさんが新築の宿屋の前で招待客らを出迎える、年配の方が多く身なりも良い。聞いたところによると後を息子に託して楽隠居らくいんきょしている商人や貴族の人たちだと言う。考えてみれば日々の生活の糧を得る為に毎日働いている市井しせいの人々にとって旅行なんてのは贅沢な事だ。一生に一回は…、そんな人も少なくない。他にはゴクキョウさんの知り合いなのだろう、町中じゃ珍しいはずのエルフの人も多い。そういえばあのエルフの食通、ザンユウさんの姿もチラリと見えた。


「紅茶がよろしいか?それとも果実の汁を搾り味を整えたものがよろしいでっか?他にも珍しい…、緑色した茶ァに、黒色の茶ァも…。他にもワイも見た事も聞いた事もない香り高くホロ苦いのを楽しむ漆黒の飲み物もありまっせー!これにはなんと、ァっ白い砂糖もお付けしまっせー!ほーら、並んどくれやっしゃあ!!」


 到着した人々にウェルカムドリンクを自ら勧めているゴクキョウさん、この辺の愛想の良さや人のあしらい方の上手さはさすがに長い経験を積んだ商人といったところか。そのゴクキョウさんの対応もあってか招待客たちは上機嫌でウェルカムドリンクを飲み終えると案内されて宿屋の中に消えていく。中には柑橘類の香りがする紅茶(僕が日本で買ってきたアールグレイ)をたいそう気に入り土産に買って帰れないかとゴクキョウさんに問いかけている人もいた。


「もちろんでっせ。品物しなもんを売るのが商人あきんどの仕事ですやろ。ちゃあんとご案内させてもらいますさかいに…。さあさ、まずはお部屋でおくつろぎいただいて…。夕食がてら最高の舞台、ご覧いただきますよってに…」


 そう言ってゴクキョウさんは招待客をひとりひとり丁寧に宿の奥へと案内する係に引き継いでいく。その時に今飲んだウェルカムドリンクなどが気に入ったのなら後で購入出来る事もさりげなく伝えていく。それと僕は日本の温泉旅館などをお手本に客室にちょっとした茶菓子も置く事をゴクキョウさんに勧めて快諾されていた。旅館の部屋に置いてあるお菓子と同じ物が売店に並んでいるのはよくある事…、それをそっくりそのままマネした訳だ。


 ちなみに今回置いた茶菓子は金平糖と缶入りで有名なドロップを数粒ずつ…。甘味が貴重なこの世界、日本のスーパーでは数百円で買えてしまうそれらはここでは莫大な利益を生むだろう。実際の販売はゴクキョウさんにお任せ、価格設定なども全部丸投げだ。それをゴクキョウさんは割と高価な価格設定にした。もっと高価にしても良いそうだが十分な儲けが僕には生まれるのでそれで良しとする。


 これらの砂糖を使ったお菓子は日本でならありふれているけど異世界じゃとんでもなく高価な品…。その希少性はダイヤモンドみたいな物だろうか、日本の価値基準で考えたらダイヤはたしかに高価な物だ。だけどある日、そのダイヤがいきなりどこでも落ちていたらどうなるか。わざわざ大金を出してまで買うだろうか…、そんな事を考えているとまた新たなまた新たな招待客が来た。中年の男性でよく日に焼けた精悍せいかんな顔つき、体格もしっかりとしている。エルフではないがかなり親しそうだ、後ろに連れている人たちもよく日に焼けてガッチリとしている。それぞれ首からは首からは何かの獣の牙に穴を開け紐を通した物を首から胸に下げている。狩人の人たちだろうか?


「よう、ゴクキョウのダンナ」


「おう、ヨードーはんやないか!よう来た、よう来た!久しぶりやぁ!」


 がっしり…。二人は抱き合い久々の再会を喜んでいる。そして体を離すとゴクキョウさんは僕の方を向いてその男性を僕に紹介した。


「ゲンタはん。こちらはな、ワイと同郷の漁師の元締めヨードーはんや。ヨードーはん、こちらワイが商売でようけ世話になっとるゲンタはんや」


「ゲンタです、よろしくお願いします」


「おうっ、わしがヨードーじゃ。お前さん、若いがゴクキョウのダンナと取引があるっちゅうんは大したモンじゃあ」


「いえ、そんな…。それにしても同郷とは…、トサッポンの事ですか?」


「そうじゃ」


「となるとリョマウさんたちともお知り合いで?」


「顔と名は知っちょる、船頭をしとる若い衆じゃな。けんど、住んでる村が離れちょるきに直接やりとりする事はないぜよ」


 なるほど、会社が別とか所属違う…みたいな感じかな。


「それはそうと…ヨードーはん、何か飲み物はいかがでっか?長旅で喉が渇いてらっしゃいまへんか?」


「飲み物か…、酒はあるかいのう?」


「ははは。ヨードーはん、酒にはまだ日がたこうおまっせ。酒以外で頼んます」


「うーん…」


 酒が出ないと分かるとヨードーさんは何にしようかと考え始めた。


「紅茶はわしには似合わんし…、他のはよう分からんきに…。うーん、山あいの町に来たせいか早くも海が恋しゅうなっとるしのう…。なんぞ海のモンでも…いや、ははは。それはねだっても無いのう。どうしたモンか…」


 どうやら今現在、ゴクキョウさんが提供しているウェルカムドリンクにはヨードーさんが求めているものは無さそうである。困ったな、海に関する飲み物なんて…。


「海水って訳にもいかないし、そもそも無い。…待てよ?」


 僕はふとリュックに入っている物を思い出した。


「ヨードーさん、少々お待ち下さい」


 そう言って僕は木製のカップに昆布茶の粉末を入れお湯を注いだ。


「よろしければこちらをどうぞ。海の海草から作ったお茶になります」


「海草から作った茶じゃと…?どれ…」


 湯気が立つ器に口をつけヨードーさんが昆布茶を味わうとヨードーさんさカッと目を見開いた。


「な、なんじゃア、こりゃア!?う、海じゃ!海の味がするきに!なんて美味い茶なんじゃア!わしゃあ、茶なんて偉そうなンが飲むモンじゃと思うちょったが…。こ、これなら毎日でも飲みたいきに!ああ、トサッポンを思い出すわいのう!」


 どうやらヨードーさんは昆布茶を大変気に入ってくれたようだ。それを確認すると僕はもうひとつ手持ちにあった梅昆布茶の粉末も取り出しカップに準備する。


「気に入ってくれたようで良かったです。あと、こちらは今の海を感じさせるお茶にちょっと変化を加えた…具体的には酸味の強い果物を加えた物です」


「な、なんやてェ!?ヨードーはんがトサッポンの海を思い出す茶に果実の風味やて?ゲ、ゲンタはん!そ、それッ、ワイに飲ませてくれやっしゃあ!」


 そう言うとゴクキョウさんはワイに飲ませてくれと僕に迫り梅昆布茶をグッと飲んだ。熱湯で淹れた梅昆布茶、そんな熱々なのにも関わらず…である。


「………な、なんちゅう…」


 ゴクキョウさんが絞り出すような声で呟いて。


「な、なんちゅう事を…。なんちゅう事をしてくれるんや…」


 つー…。


 ゴクキョウさんの目から涙が流れ落ちた。


「こ、こりゃあ…海や…、海の味に磯の香りがする茶や。し、しかも…この果物の風味…。ああ、酸っぱいなあ…。甘さなんてない…、きっとこりゃあ冬が終わってすぐ…まだ寒さ厳しい時に花ァつけるんやろな…。甘みを持つ果物は秋にかけて実るモンや、せやけどこりゃア…夏くらいには取れる果実や…。だけどそれが良い…、広ォい海みたいに広がりよる味をピシャリとシメてくれよる。ああ、山里を思い出すなァ…トサッポンの南に広がる果てしない海…、平地が少のうて海からちょっとで山になる…、南の風が吹けば山の中なのに海のニオイがするんや…。そんな山で獲れるわずかな果実…そんなんでも貴重やった…。酸っぱくて大して美味くものないのになァ…。思い出すなァ…思い出すなァ…」


 出迎えるはずのゴクキョウさんがこんなに感度してて良いのだろうか?だけど郷里を思い出しているゴクキョウさんにかける言葉が見つからず、なんとも言えない気分になった僕は彼をそっとしておこうとここを後にする事にした。


「ゴ、ゴクキョウさん…僕、行きますね…。劇場の様子、見てきます…」


 この後、宿泊客の皆さんはヒョイさんの劇場に場を移してステージを楽しんでもらう事になっている。その様子を見に行く事を口実に僕はこの場を離れようとした。今回のミワキーロさんの公演が一曲だけの予定だったが急遽三曲ほど歌う事になった。しかし、高齢のミワキーロさんにあれだけ気力体力を振り絞るようにして歌うにはスタミナの面から連続で歌うのは厳しい。そこでステージの構成を変更、歌の合間に劇をはさむ事にしたのだ。


 ハチミツと大根のドリンクで喉を守る事は出来た、それでミワキーロさんにはまだまだ歌いたいという強い思いが再び生まれた…。その場に僕も立っていた以上、僕もそこに自分も加わりたいと考え協力を申し出た。今回のウェルカムドリンクをはじめとする宿のもてなし、それ以外にも劇場の公演にも僕は加わる事になった。


「ゲンタ」


 ゴクキョウさんの元を離れようとした僕に声がかかった。劇場シアターに所属するダンサー、兎獣人パニガーレのミミさんが迎えに来ていた。後ろには他にもたくさんの兎獣人の女の子たちが集まっている。彼女たちもまた今回のステージに立つ事になっている。


「行きましょうか…、ここからが僕の仕事です」


 ちょっとだけカッコつけてミミさんの横に並ぶ。


「仕事って…、子作り?私はいつでも良い、なんなら今すぐ劇場フケて…」


 くいっ、僕の腕をさりげなく取ってミミさんが尋ねてきた。くっ、あざとい…。ウサ耳美少女が小首を傾げて聞いてくるのは反則的な可愛さだ。


「えー?劇場じゃなくてー?」


「ならアタシもー!」


 わらわらわら…。


 兎獣人の子たちが群がってくる。


「ら、らめぇ〜!お仕事ッ、舞台です!みんな、待ってますから!」


「じゃー、それまでに帰ってくれば良いよー」


 ぐいぐいぐいっ!!


 ミミさんたちが町外れのちょっとあやしげな宿屋街の方に引っ張って行こうとする。


「し、しまった!今日は安全だと思ってたから護衛の人もいないし!」


 護衛の人たちは僕を危険から守ってくれるのはもちろん、こういう時にさりげなく間に入ってくれていたりした。その護衛の人が今日はいない!そしてミミさんたちはダンスで鍛えているからだろうか、僕よりはるかに体幹やら基礎体力がしっかりしている。


「むふふー、体は嫌がってないー!」


「ああっ、僕はこのまま宿屋街に連れ込まれてしまうのかッ!?」


 なぜだかそんな呟きを洩らした時だった、耳元で空気が揺れる音がしたかと思うといきなり現れた人に僕はぎゅっと抱きしめられた。目の前で金髪が揺れ耳元で呟きが聞こえた。


「だめ、させない」


 ブンッ…。


 再び空気が振動するような音がしたかと思うと僕の視界に映っていた景色が一変、少し離れた所に移動していた。これは…、シルフィさんの瞬間移動?


「あー!ゲンタさんが消えた!」


「あそこにいるよー?」


 兎獣人の子たちの声が聞こえた。


「…皆さん、劇場へお急ぎ下さい」


 体を密着させたまま静かな声がした、間違いない…やはりシルフィさんだ。


「ゲンタさんは一足先に私が劇場にお連れいたしますので」


 そう言ってシルフィさんはゆっくりと僕の体から身を離し、代わりに腕を取った。


「さあ、行きましょう」


 シルフィさんが声をかけてきた時だった。


「あー、シルフィはん」


「はい」


 ゴクキョウさんが声をかけてきた、見れば涙は既に拭いた後のようだ。それにシルフィさんはいつもの…、冷静な声で応じる。


「ワイな…、ゲンタはんの茶を飲んで…故郷を思い出しんや。忙しさを理由にずっと帰ってなかったんやけどな…」


 少し寂しそうにゴクキョウさんが言った。


「あんさんも…たまには戻ってみたらどうや?理由は…、言うだけ野暮やけど…」


 ちら…。


 ゴクキョウさんが一瞬だけ僕を見たような気がした。


「そう…、ですね。考えて…みます。では…、劇場に向かいますので…。行きましょう、ゲンタさん…」


 そう言ってシルフィさんは再び瞬間移動の魔法を使ったのだった。

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