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第625話 ミワキーロさんの体力と声


 あれ?主人公、空気?


 いやいや、頑張ってもらいます。


「このミーンの町で歌う事…、それを私の最後の舞台ステージにしよう…そう思っているのよ」


「えっ、ええええッ!!?」


「どっ、どうしてっ!?大姉おおねえさまっ!!?」


 ミワキーロさんの発言に一番に反応したのはイッフォーさんたちだった。一斉に立ち上がりなぜなぜと繰り返す。


「静かにおしっ!いつでも優雅エレガント…、分かるわね?」


「は、はぁい…。大姉さま…」


 立ち上がったイッフォーさんたちだったがミワキーロさんの一言が効いた、すぐに座り直しミワキーロさんの次の言葉を待つ。


「良い子ね…、お前たち」


 そう言ってミワキーロさんは紅茶に口をつけた、先程までの過去を懐かしむような表情がどこか寂しそうなものへと変わる。そしてティーカップを静かにテーブルに置くと軽く一息ついて話し始めた。


「トシをね…、取ったのよ」


 ふふ…、小さくミワキーロさんが笑った。そして席から立ち上がった、ふらつく事こそなかったが間違いなくそれは歳を取った人がする動作であった。ある種の危なっかしさ、動作の遅さ…その全てが先程のミワキーロさんの言葉を裏打ちする。


「それに声がね…続かないのよ。一曲は歌えるわ…でも、二曲は歌い切れない…と言ったところかしらね」


 ふふ…。ミワキーロさんが寂しげに笑った、そしてゆっくりと座り直す。


「そ、それなら…」


 イッフォーさんが口を開く、おそらくはその一曲を歌うステージにしてはどうかと言いたかったのだろう。一曲だけの出演…、それを提案したかったのではなかろうか。…だけど、ミワキーロさんは優しげに微笑んでイッフォーさんを手で制した。


「でもね、歌い手ってのはそれじゃ駄目。一曲だけでは舞台ステージは終わらないもの。激しい歌、悲しい歌、静かな歌…覚えているのは何曲もあるわ。それを組み合わせてひとつの物語にするの、だけど私には…私には体力が残っていない。なにより喉がね、たないのよ。カサカサよ、喉が擦り切れ焼きついたみたいになるの…。そうしたらとても歌えたもんじゃない。会話すら満足におぼつかない…、そんな声になるわ」


 歌う場面を見た事はないが、ミワキーロさんの声は低めの…それでいて深みがあり揺らぐようなものだった。思わず聞き入ってしまうような…、落ち着きがあり入り組んだ湾の中に無数に寄せる波のように…それでいて深海のような静けさもある。引き込まれるような…いや、人を惹きつける魅力に満ちた声であった。


「連続で歌うだけの喉を…体力を失った私は舞台ステージから降りる時が来たの。だから、古き友人を…そして新たな船出をする人を訪ねたのよ。私の死に場所…、最後の舞台を見守ってくれるに相応しい友人と…、新たな事を始める人がいる所にね」


「お、大姉さま…」


「終わりなんていうのはね、誰にでもいつかは来るものなのよ。それが今、私に回ってきた…。順番ね…、それだけの事よ」


 なんとも言えない空気が場を包んでいた。そんな中、僕は考える、一曲は歌えるが二曲までは歌い切る事は出来ない。それは体力や喉の問題で…。ならば二曲目を歌う為には…、僕は考えた。体力や喉を回復させる方法を…。


「あの…」


 ひとつ、考えが浮かんだので僕は恐る恐るだが口を開いて問いかけた。


「休憩を挟みながら歌う…、とかはどうでしょう?素人考えで申し訳ないんですが、それなら何曲も…というのは出来なくとも数曲は歌えたり…とか」


 ミワキーロさんがこちらに視線を向けた、まっすぐな目だった。今日…というか、ついさっき初めて会ったばかりの若造である僕の言葉であっても真正面から真摯に聞いてくれた。


「それが出来たら嬉しいわね」


 穏やかな笑みを浮かべミワキーロさんは応じた。


「体力は…そうね、休みながらなら保つかも知れない。でも、喉はね…一日や二日じゃ回復しきらないの。火傷やけどしたみいに熱を持って…水を飲んでもヒリヒリするみたいにただれているわ。だからね、とてもお客様に聞かせられるようなものじゃないの…悲しい事にね」


 そう言って目を伏せたミワキーロさん、だけど僕には諦めを感じさせるその目には同時にまだ諦めたくないという思いもまた宿っている気がした。だから…、聞いてみる。


「ミワキーロさん、もし…もしですよ?もしも何曲もではないですけど一日に数曲歌えるようになったら…、まだ歌っていきたいとお考えだったりしますか?」


「………!!」


 それは無言の…、それでいて雄弁な答えであった。泰然自若としたミワキーロさん、そのミワキーロさんの目が再びまっすぐに僕を捉えた。先程と同じ…いや、先程よりも強く…。


「その…上手くいくかは分かりません。期待させるだけでがっかりさせてしまうだけになるかも知れません。でも…、僕…思いついた事があるんです。歌ではないんですけど、声を大事にするお仕事の人が普段から喉の保護に使う物があって…。三日…、三日ほど僕に時間を下さいませんか?」


 僕はなぜだかそんな提案をしていたのだった。

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