第624話 ミワキーロさんの来訪理由
ミワキーロさんたちと向かった先は意外や意外、ヒョイオ・ヒョイさんが経営する社交場であった。その中の個室のひとつに場所を移し僕たちは大きなテーブルを囲んで席に着いていた。そして僕の正面にミワキーロさんが座った、間をおかずに人数分の紅茶が運ばれてきた。
「飲み物も来たようだし…」
そう言ってミワキーロさんが話し始めた。
「改めて自己紹介させてもらうわね。ミワキーロよ、普段は歌を歌っているわ。あと、舞台の演目を考えたりするのもやっていたりするわ。なんせ長いこと歌っているもんだからずっと舞台に立っているには体力が保たなくて…フフ、後ろに下がってラクをさせてもらってるの」
そう言ってミワキーロさんは紅茶を口にする、その瞬間…『あら…』と小さく呟いた。
「フフ…、ヒョイもやるわね。この歳になってもより良い物を追い求めているのね。この紅茶、以前に飲んだ物より美味しいわ。良い茶葉を見つけたようね」
にこやかな笑みを浮かべているミワキーロさんに僕は話しかけた。
「ヒョイさんをご存知なんですか?」
「ええ、古い仲よ。何年前かしら、王都のヒョイの劇場で歌った事もあるの」
そう言ってミワキーロさんは懐かしそうな表情をする。
「大姉さまは凄いのよ!なんたって王都の劇場はここよりもずっと広いの!そんなトコで会場中に響き渡る素晴らしい歌声…、アタシは一声聞いただけで大姉さまの虜になったの!!」
興奮気味にイッフォーさんが語る。そして周りのピースギーさんたちもアタシもアタシもと口々に言う。なるほど、その時からイッフォーさんたちはミワキーロさんの熱烈なファンであり妹分になったって事なのかな。
こんこんこん…。
個室の扉がノックされた、それに対しミワキーロさんがどうぞと扉の外の来訪者に声をかけた。
「失礼するよ。ようこそミワキーロ、来ていたんだね。おや、ゲンタさんも」
やってきたのはこの社交場のオーナーであるヒョイさんだった。僕は軽く会釈をしてヒョイさんに応じた。
「お久しぶりね。寄らせてもらったわ」
「うん…、久々だね。元気そうで何より、会えてうれしいよ。ところで今回はどうしたんだい?」
ミワキーロさんとヒョイさんが再会を喜びあいながら話し始めた。
「ええ…、今回はね。ゴクキョウ・マンタウロ氏がこの町で宿屋を新しく始めるっていうじゃない?」
「そうだね、完成も間近といったところだよ」
「その宿屋だけど泊まるだけではなく、様々な試みを始めるおつもりなんでしょう?そのひとつが…」
「と、なるとミワキーロ…、君はこの町で…」
「ええ、私は久々に舞台に立つつもりよ。マンタウロ氏の御依頼でね」
「それは…!さすがは大商人ゴクキョウ・マンタウロ氏…、ここミーンに君を招くとは…」
「ふふ、ヒョイ。どこでも行くわ、私はね。歌う場所があればどこにでも。だけど気に入らない相手だったら受けない、それだけの事よ」
「うん…、そうだった。君は…ずっと…」
「そうね、あなたも…。それとね…」
「それと…?」
ヒョイさんの過去を懐かしむような目がより深まったように見えた。一方のミワキーロさんもまた同じような表情でテーブルの上の紅茶が入ったカップの縁を軽くその指先でなぞった。運ばれてきた時は豊かな湯気を立てていた紅茶だが今はその勢いはない。小さな子供ならいざ知らず、ある程度の年齢になっていれば舌を火傷する事もないくらいの温度だろう。
「このミーンの町で歌う事…、それを私の最後の舞台にしよう…そう思っているのよ」