第610話 戦利品
「さて…、最後はワシからなんじゃが…」
奥方様との会談に僕が同席するのを願い出た三人の最後の一人、ガントンさんが進み出た。その手には何の飾り気もない布袋が握られている。
「ゲンタが討ち取った古の王…ゲロートポイオスの事じゃ」
「ふむ、亡者にみずから望んでなったというかつてこの辺りを治めた暴君じゃな」
奥方様が応じる。
「魔獣は死すと皮と肉を残す。じゃが、その暴君とやらはこんな物を遺していったわい」
そう言ってガントンさんが布袋の口紐を解き中身を見えるようにした。中には多少の大きいものは大豆ほど、小さなものはそれこそ砂粒くらいの光輝く金属状の物が入っていた?
「こ、これは…」
「銀…、いや違う!この輝き、まさか白金か!?」
「静まれ!」
色めき立つ周囲の騎士たちを奥方様が抑えた。
「ガントン、其方はかの暴君がこれを遺したと申したな。いかなる事じゃ?」
「ワシは魔法に詳しくないゆえこのプラチナから察する想像の域を出ぬが良いかの?」
「構わん、教えてたもれ」
「それでは…」
ドワーフは様々な金属に詳しい。そんなガントンさんによるとプラチナというのはたいへん貴重な貴金属であると共にとても無垢な金属でもあるものなのだそうだ。
「おそらくじゃが深い恨みや復讐心を抱いてたんじゃろうな、それが怨念となってプラチナに取り憑きそれを媒介にして体を形成したのだろう、闇の魔力とやらを帯びた上でな…」
「なるほどのう…。して、そのプラチナをどうする気じゃ?敵の親玉を討ち取ったとなればゲンタが分捕るのが筋というものであろうが…」
奥方様が僕の方を向きながら言った。持ってきた袋にはプラチナがいっぱい入っている、日本に持ち帰れば当然ひと財産になるだろう。そしてここ異世界でも当然ながら高価なものだ、そのプラチナはあのゲロートポイオスの皮膚の中で魔力を帯びて体を構成していた。それを奥方様は軍の総大将という立場を利して一方的に接収しようとはしない、そのあたりに僕は改めて敬服する。
「奥方様に申し上げたき儀がございます」
居住まいを正し僕は改めて口を開いた、昭和か平成初期の時代劇でもなきゃなかなか耳にしないような言い回しだ。
「このプラチナにございまするが、使い道につきまして奥方様に私ゲンタより願いの筋これあり」
「ふむ、申してみよ」
「はっ…、では遠慮なく…。このプラチナにございまするが町を守りし方々に広くお分けいただければと存じます」
ざわ…、帷幕の中が少し騒めいた。
「分ける…とな?」
「はい。此度は防衛戦、相手はアンデッド…獣のように毛皮を残すなどはいたしませぬ。つまり。何かを得られた訳ではございませぬ。しかしながら軍や人を動かせばそれだけで金を食うものにございます」
「然り」
「また、此度の防衛は僕ひとりで成したものでもありません。そこで得られたものはこの戦いに参加したり力を貸してくれた方に広く分けていただければ…。もちろん働きには大小があるでしょうから分ける額の厚い薄いの差配はお考えいただいて…」
「ありがたいが…、同時に難しい事でもあるのう…」
「お手数をおかけしますが何卒よろしくお願いいたします…。それと…、やはり論功行賞というのは難しいものなんですね…」
論功行賞…、賞される側からすれば御褒美タイムだけどその与えられる褒美によっては不満が残る。プラチナは高額だ、口を閉じていても僕が手にしたという噂は遅かれ早かれ洩れるだろう。そうなるといらぬ嫉妬を招いたりお金を狙われたりするかも知れない。それだけは避けたいなあ…、だとすれば差し出してしまえば良いかな…。それに商売をすればまたこちらに戻ってくるかも知れないし…、そんな事を考えていたら奥方様は少し考えた後、口を開いた。
「悩ましいが領が潤うというのもまた事実…か。…ふふ、ゲンタよ…妾は其方の好意と献身に甘えるとしよう。そのプラチナ、しかと預かるそ」
「まことにございますか!?ありがとうございます」
「うむ…。しかし…、其方は欲がないのう…。総取りをしないまでも多少は自分に振り分けても良さそうなものじゃが…。その布袋を見るに一度だけしか口紐を結んだようにしか見えぬ、本当に良いのか?」
「はい。それに…」
「それに…?他に何かあるのかのう?」
「い、いえ。正直、僕の…いえ私の手には余るかと思いまして…」
少し焦りながら僕は返事をした。
「ふむ…?」
「あと…、生まれて初めて短剣を振るったのですが僕の扱いが下手だったのか損傷めてしまったようで…、気になってしまって…」
「たしかガントンに打ってもらった業物じゃったの?それが刃こぼれでもいたしたか?ふうむ、どうやらゲンタにも苦手なものがあると見ゆる…」
「お恥ずかしき次第…」
「よい。…と、すると気になっているであろうの…、その短剣の事が…」
「はい…」
正直、気になっている。あの短剣の事が…、だけどそれは…僕は上手く返答出来なかった事を少し後悔していた。あのミスリルの地肌にセラミックを塗布した短剣、実は大きな変化が起こっていた。それをガントンさんが見つけた、だからゲロートポイオスを刺したあの短剣に近づけなかったんだ。そんな事を思い出していると結論付けたような感じで奥方様が口を開いた。
「分かった、必ずや良きに計らう。…じゃが、ゲンタよ…。後日、もうひとたび妾に力を貸してたもれ」
次回予告。
ガントンが持ち戻ったゲロートポイオスを討ち取る切れ味を見せたミスリル(+セラミック)の短剣…。なんとそれは材質が変質したばかりか形状までもが変わっていた…。
次回、異世界産物記。
『それって伝説の…とか、神々の…とか言われる金属ですよね?』
お楽しみに!