第61話 もう一人の親方。
私の中でドワーフというのは、ドイツの方のイメージがあります。鉄をはじめとした工業製品、日本人でも製図などに使う精密な文具などは国内産ではなくドイツ製にこだわる人もいます。
そしてドイツビール。ビールの消費量も多いそうで…。
そういった感じでドイツの方…、ドワーフのイメージ。それが私の着想だったりします。
ものすごい衝撃と後に残った土煙、そして残ったのは二つの大きな球体であった。
土煙を片付けたサクヤとカグヤは今は僕の方に戻ってきている。お礼を言うと嬉しそうにしてふわふわ浮きながら僕をペタペタと触る。
「若えの、お前さんは精霊使いか?」
立てていたリヤカーを元に戻しながらガントンさんが話しかけてきた。
「いえ、僕には魔力が無いので魔法が使えません。彼女たちはここを気に入ってくれたみたいで力を貸してくれています」
「ふむぅ…。ワシも魔法の事はよくは分からんが…」
立派な髭を蓄えたアゴをさすりながらガントンさんは何やら思案して、
「これだけの衝撃を…、地面がえぐれただけで済ませておる…。本来ならもう少しぐらい、被害が出てもおかしくはない。それをあの精霊たちは防ぎきりおった」
弟子たちが地面に立てていた台車を元に戻そうとする手を一旦止めさせて、
「この楯代わりにした台車を見てみろ。砂粒一つ付いてはおらぬ。大穴があく程の土砂が弾け飛んできたというに…」
ちらり、とサクヤとカグヤを見た後、感心したかのように大きく息をついた。
さて…と、ガントンさんが呟くと地面にあいた二つの穴の中にある球体に目を向けた。
「そろそろ出てくる頃だ」
それを合図にしたかのように『ガパッ』という何か密閉した容器を開けるような音がして、球体の一部が開き始めたのだった。
□
海外の某高級スポーツカーのような上開きドアのように球体の一部が開いた。ここからだとクレーターのそこにめり込み、僕の立っている場所から1メートルくらい下に存在する為に上開きのドアに遮られ中に誰がいるかはまだよく分からない。
ザッ…。
その開いたスペースから片足が地面に着いた。その姿から中に乗っているのが人類か亜人類であるのが分かる。
続いて二足目が出る。片手を開いた出入り口の縁に手をかけ、その体を外に出す。
「や…」
その人物が何やら声を出した。呟くような、小さな声。あれ?この声は…。
「やん…すぅ〜……」
バタッ…。中から出て来た早々、地面にバッタリと倒れた人物は声の特徴からやはりベヤンさんだった。ドワーフの弟子たちが担ぎ上げ救助する。その時、また例の『ガパッ』という球体の一部がドアのように持ち上がり開く音がした。
音のした方を見てみると、出入り口の縁に手をかけて人が外に出てくる所だった。ドワーフ…!!一人の立派な髭を蓄えたドワーフの男性だった。
ガントンさんに負けないくらいの太い腕、分厚い胸板…。ものすごくガッチリとしている。その目がこちらの方を向き、何かを見つけたように『カッ!』と見開く。
「おおっ!兄貴ィ!!」
ものすごく野太い、そして訛りのある口調でその人物は確かに口にした、兄貴と。つまり、ガントンさんの…弟?
「ぬゥんッ!!」
ガントンさんの弟さんのドワーフは吼えるように一声発すると、その身を大きく跳躍させた。
ゆうに高さ3メートルは越えるような大ジャンプ、頂点に達すると膝を抱えるように丸まるような体制になり『くるくる』と回転。そしてガントンさんの前に『ズダーン!!』と大きな音を立て着地した。
身軽な『スタッ』という音ではないのは、ドワーフのガッチリとした体格ゆえに体の重さがある事によるものだろうか。
「このバカタレが!町中に大砲弾で来るなといつも言っておるだろうが!」
ガントンさんは一発殴りつけながら大声で叫んだ。
「他所様の庭に大穴開けやがってからに!普段から言っておるだろうに!町の外に降りてそれから歩いてくればよかろう!」
「うぐっ!す、すまねえ!兄貴ィ。だが、あんな美味え酒サ飲んで、居でも立ってもいらんなくでよォ!」
あのガントンさんの太い腕でしたたかに殴りつけられたのに、弟さんは『うぐっ!』の一言とちょっとよろめいただけで大したダメージになっていない。ドワーフの頑強さにあらためて驚く。
「そんなに美味かったのか?」
鋭い眼光で弟さんを見ながら、ガントンさんは尋ねる。
「ああ、美味えなんてモンじゃねえ!こっだら美酒ェ、飲んだ事無え!トロリとしていてヨォ、不思議な甘みがある。俺ァ、甘い酒なんて酒じゃねえと思ってたが何て事はねえ!黄金…、そうさな黄金を溶かしたようなドッシリとした酒だ!一口だけだったが、あの酒の美味さはよっく分かった!」
弟さんは芋焼酎の感想を熱く語っている。
「ふむぅ…、それほどの酒か…」
「んだ!そりゃあ、もう…。ん、兄貴ィ、まさか…」
弟さんが驚いたような表情を浮かべた。
「まさか、兄貴ぃ、飲んでねえのか!?あの美酒を!」
□
突然のドワーフ兄弟の再会は驚きの連続だった。
いきなり空から大砲弾が飛んで来て地面に開いた大穴と共に現れたのがガントンさんの弟さん。名はゴントンさん。
この人もまたドワーフ職人集団の棟梁を名乗れる程の腕前があり、ガントンさんが石工なのに対しゴンドンさんは木工を得意とするそうだ。もっとも、あくまで得意とするだけでガントンさんが木工を、ゴントンが石工をまったく出来ない訳ではない。より専門化しその道を追求したという事だろう。
ちなみに先程、弟さんが驚いていたのは兄さんが自分では芋焼酎をまだ飲んでないのに、それをベヤンさんに持たせ迎えに来た事だという。
実際にまだ飲んでもいない味も分からぬ未知の酒を他のドワーフに勧めるというのは、余程信頼していないと出来ない事だと後でゴントンさんが教えてくれた。
「だが、よう来おった。弟よ」
ガシッとドワーフのおっさん同士が熱い再会の抱擁を交わす。感動(!?)の兄弟再会の横で弟子のドワーフたちはザワザワしていた。再会の抱擁が終わり、弟子ドワーフたちの様子に気付いたゴントンさんは、
「へへっ。まだ別行動して十日と経っちゃいねえのに…。ふんっ、ピーピーうるさい弟子共にあいさつしてやろうかな」
そう言うと右手の人差し指と中指を立てた状態で『クンッ』と突き上げた。うーん、スキンヘッドのサ◯ヤ人みたいだ。
「「「「うおおお、師匠(でやんす)!!」」」」
一方、弟子たちはものすごく盛り上がっている。何でも師匠から弟子にあいさつするというのは、弟子にとって大変ありがたい事らしい。
「話は色々とあるが、今は時間が惜しい。早速だがゴントン、あの丸太を板にしてくれ。五割増しの厚さでな」
「五割増しか…、随分と贅沢に使うだな。ちっと難しいが…、いけるだろう。俺の斧は…っと、あるようだな。よし!お前達、手を貸せ」
ゴントンさんは、ガントンさん一行が持ってきた荷物の中から大きな斧を取り出し、弟子たちに声をかけた。
□
もの凄い仕事だった。普通、切ってきたばかりの木は水気を多く含んでいるから長い時間乾燥させてから使う。こうしないと、木の水分が抜けその分の体積が縮んでしまい、生木を板にした場合に歪みなどが出てしまう。
それをゴントンさんは生木の状態から板にしてしまう。聞けば、ゴントンさんの使う斧は一見ただの大ぶりな斧だが、なんと火と風の力が宿った斧だという。それを横に転がした丸太に野球選手が打席に立った時のようにフルスイング。一見、無造作に見えるが切るべきポイントを見極めそこを寸分の狂いなく断ち切る。そうする事で次々とスライスされた板が出来上がる。しかもそれは前述の大斧に宿った火と風の力で乾燥も行われているという。このままでも使えるが念の為、今夜一晩はその板を外気にさらして大気となじませてから建築資材として使うという。
「その一番太い奴は芯柱にする。真四角の柱にしてくれ」
おそらく日本語でいう所の大黒柱の事か、一通り板を作り終えると今度は柱を作り始めた。大黒柱と他に三本の柱、なんか少ないような気もするが…。
「少ないと思うとるんじゃろ?」
ガントンさんが僕に話しかけてきた。
「だが、安心せい。あれは一部屋目、二部屋目の分量じゃ。まずはマオンの寝床を作らねばの。そこから必要な部屋を足していく算段よ」
メタボリックという言葉がある。今では腹回り太さによる不健康さを象徴するメタボリックシンドロームという言葉で有名だが、最初にこの言葉が世に出たきっかけは建築方式としてだ。東京都知事選挙に立候補(のちに辞退)した事のある建築家の方が提唱したものだという。
家族が増えたり、新たな用途が出来た時に元からある家に建物を追加していくものだそうだ。もしかするとドワーフの建築様式はそれが出来るのかも知れない。
「よし、弟が開けた穴を利用するか…」
ガントンさんが腕組みしながら呟いていた。




