第607話 大団円
ミアリス「わたし、まだ気絶して倒れてます。放置…?え、やっと?」
「ソ、ソルさんがサクヤの…お爺ちゃん…」
僕はとても驚いた。一方でシルフィさんの驚きは僕ほどではない。…それもそうか、ソルさんは一番最初に生まれたという光の精霊。でも、町の中や野原にも光の精霊はたくさんいる、僕たちが見えないだけで…。つまりは全ての光精霊たちのご先祖様みたいな感じになるのだろうか。
「そ、そうだ!!サクヤ!!」
僕はハッとした。サクヤは…、それだけじゃない。ホムラもセラも…そしてカグヤも…。
「み、みんな…消滅してしまいました。僕たちを守るために…」
「……………」
思わず涙がこぼれる、そんな僕にシルフィさんがそっと寄り添ってくれた。
「また、サクヤに会いたいかの…?」
ソルさんが僕に尋ねた。
「そ、それはもちろん!会いたい、会いたいです!だけど…みんな…」
死んでしまった…、絶望的な言葉が脳裏に浮かぶが口に出せない。
「精霊は死なぬよ」
ソルさんが言った。
「ただ、この世界から元の世界に戻るのじゃ。わしら精霊が住む精霊界にのう。いずれまたこの世界にやってくる事があるやも知れぬ…。ただ、ここではないどこかになるであろうが…」
「……………」
サクヤたちが死んではいなかった事…、これは本当に良かった。だけど、いつこの世界に来るのか、それがどこに現れるのか分からないという。それは何年先なんだろう?それはどこなんだろう?
地球で考えたらはるか未来で行った事も聞いた事もない国や地域に現れるようなものかも知れない。もしそうなったら会う事なんて不可能だ、僕はたどり着いた自問自答の果てに思わず絶句する。
「精霊が世界に現れるのは本当にたまたまじゃ、偶然その場所に現れる。じゃが、たまにあるのじゃよ、精霊と縁深き者が…。お主が本当にサクヤたちに会いたいと願うなら名を呼んでやるがよい。同じようにサクヤたちもお主の所に戻りたい…そう思っておったら応えてくれるはずじゃ、四人を辛い事も喜びも共にした自分の家族と言ったお主の声にな」
ソルさんはまっすぐに僕を見ながら言った。僕はまた会いたい、ホムラにもセラにも…サクヤにもカグヤにも…。
「ホムラ、セラ。サクヤ、そしてカグヤ…ここに来て。また一緒に過ごそう、みんなで…」
僕は薄曇りからいつの間にか晴れた空に向かって言った、精霊界というのがどこにあるかは分からない。だけどあの空の向こう、どこか遠くにあるような気がして僕は四人に呼びかける。彼女たちの姿を思い浮かべ僕の声が届くようにとひたすらに祈った。
…ぽんっ!ぽんっ!!
スパークリングワインの栓を抜いた時のような音がした、音のした方に振り向く。悪戯っぽい笑顔のホムラが、穏やかな笑顔のセラがいた。
「ホムラ…、セラ…」
ぽんっ!
頭上で音がしたかと思ったらすぐに僕の前髪のあたりをクシャクシャにして遊ぶ小さな感覚、そのまま僕の目の前にふわりと浮かびひまわりのような笑顔を浮かべるサクヤ…。
「サクヤ…」
ぽん…。
僕の耳元あたりで静かな音、同時に僕の頬を撫でる小さな感触…。そして、くす…と静かな笑みを浮かべる気配…。振り向けば物凄く近い距離に黒髪の彼女がいた、二十センチあまりのその姿で僕の視界がいっぱいになる。
「カグヤ…。みんな…」
僕は両手を広げた。四人の精霊たちが飛び込んでくる。
「お帰り、みんな!!…ありがとう、みんなのおかげで僕たち生き残れたよ。…また一緒に、また一緒にいられるね…みんなと!」
涙があふれてくる、こんな嬉しい事は他にない。彼女たちにまた会えた、彼女たちもまた会いたいと思っていてくれた。二度と会えない、そう思っていた四人にまた会えて僕はこれ以上ない喜びに包まれていた。
「…おおーい!!」
遠くから声がかかる、あれはナジナさんの声だ。さらにいくつもの声が続いてくる。
「坊やァーッ!!」
「ダンナー!」
「あ、ああ…!!みなさん…!!」
見知ったみんなが走ってくる。ナジナさんにウォズマさん、魔族のファバローマさんもいる。ガントンさんたちドワーフの一団、セフィラさんの姉弟パーティにフィロスさん、マニィさんフェミさんにリョマウさんたち…、他にも見知った顔が続く…。詳しい事は分からないけどその顔は明るい、おそらく犠牲になった人はいないのだろう。
「やったのか、兄ちゃん!」
開口一番、ナジナさんが問いかけてくる。
「はい!」
「そうか!!そうりゃッ!!」
「わ、わわっ!!?」
僕の返事を聞くやいなやナジナさんは僕を抱えて真上に投げた、まるで一人胴上げだ。そして落ちてくる僕を両肩で受け止めた。いわゆる肩車の姿勢、急に視界が高くなり僕は戸惑っていると視界の隅で倒れていたミアリスを助け起こしているウォズマさんがいた。さすがデキる大人は違う、まさに紳士の鑑である。
「ようし、野郎ども!!」
いつの間に来ていたのか冒険者ギルドのマスター、グライトさんが周りに声をかける。
「町に引き上げるぞ!!坊やはなァ、戦が終わった後の手配もしてくれてる。なんと町の広場で炊き出しの準備をしてあるってよ!!だから、今夜は腹いっぱい食って勝利を祝おうじゃないか!」
「「「「うおおおオオォォーーーッ!!!!」」」」
周囲から歓声が上がった。
「それならこのまま行くぜ!英雄のお帰りだぜ!!」
ナジナさんが僕を担いだまま歩き始める。僕はそれを慌てて止める。
「あっ、待って下さい!!ガントンさんたちに打ってもらった短剣がそこに…、敵の親玉を刺したままになってるんで…」
「おう、それなら拾っておいてやるわい!坊やの成人の証の短剣じゃからの」
短剣はゲロートポイオスが着ていたボロボロになったローブに刀身が包まれるようにして地面に落ちている、そちらの方にガントンさんが歩いていく。そしてそれを持ち上げようとしたところガントンさんの体がピクリと反応した。
「ぬおっ…、これは!?」
「どうした、ガントン?」
ナジナさんが声をかけた。
「…なんでもない、ちと刃こぼれが酷くてな。打った鍛治師として驚いていただけじゃ」
「おう、そうかい。そりゃそうだよな、ドワーフの名工が打った短剣が刃こぼれするなんざ敵の親玉はよっぽどのモンだったんだろうな。オラ、みんな行くぜ。それじゃガントン…、先に行ってるぜ。…後からゆっくり来いよ」
「ウム…、そうさせてもらうわい」
ガントンさんが手招きしてゴントンさんや弟子たちを呼び寄せている。ずいぶんとガントンさんが慎重だ、短剣…もしかして刃こぼれどころかヒビと折れや曲がりがあったのかな?
「んじゃ…、改めて戻るか」
そんな中、ナジナさんが歩き出す。すぐそばにシルフィさん、マニィさんにフェミさんが来た。四人の精霊たちは僕の周りをフワフワと飛んでいる。
「是非、ソルさんも町にお越し下さい。ささやかですが食事の準備も出来てますので!」
「嬉しいのう、そうさせてもらうぞい」
「ッ!?」
ソルさんの声を聞いたサクヤが反応する、彼女はお爺ちゃんの姿を見てビックリした様子だ。そしてすぐに笑顔でソルさんに向かって飛んでいった。お爺ちゃんの姿を見つけた孫が甘えに行くみたいに…。
「さあて、みんなをあんまり待たせるのもナンだからな。行くとすっか!」
僕を肩車しているナジナさんが歩き始めた。