第605話 戦が終わった
ミーンの町を囲う防壁の外、南東の一角…。ゲンタたちと別れ町の東側に流れてくるゾンビやスケルトンを迎え撃つ為に居残ったナジナとウォズマの二人は押し寄せる死者たちの軍を次々と切り伏せていた。
「ふっ!!」
気合いの声を上げて二刀流の戦士が精密機械のような正確さでニ体のゾンビの首を切り飛ばした。
「ウォズマ、余力があるうちに後退だ。兄ちゃんにもらった体力回復薬を飲むんだ」
もう一人の大剣を振るう巨漢の戦士がこちらは勢いと腕力に任せて叩き伏せるようにブルンブルンとゾンビを吹き飛ばしていく。
「そうさせてもらうよ。そしたら次は相棒、お前が回復薬を飲むんだ」
「おうよ!」
そう言うとウォズマは少し後退し一本の小瓶を取り出して飲んだ。少しの甘さと苦さを含んだドロリとした液体が喉を下る、軽く息が荒くなっていたウォズマの呼吸が落ち着き疲労感のあった体が軽くなってくる。
「代わるよ」
「分かった、その前にもうひと暴れしとくか!」
そう言うと巨漢の戦士ナジナはゾンビの群れの中心に飛び込んだ。自分の体を軸に大剣をグルグルと振り回し始める、まるでハンマー投げのような動きだ。その風車のような斬撃に複数のゾンビが粉砕される。あらかた周囲のゾンビ吹き飛ばしたナジナはどっこらせと一声呟くと後方に下がった。入れ代わりにウォズマが前に出る、ナジナもまた回復薬…ゲンタから渡された栄養ドリンクを飲んだ。活力が湧いてくる、ナジナもまた前に出てウォズマと共に戦い始めた。
……………。
………。
…。
「キリがねえな」
それからしばらく攻防が続いたがあまりのゾンビたちの数にジリジリと後退を余儀なくされているナジナが呟いた。二人で切り倒したゾンビはゆうに二百は超えている。だが、敵は次から次へと寄せてくる。いくら二人が強くても前にいるゾンビの背中を押すようにやってくるあまりの数にいくら凄腕の二人でも対応出来る数に限りはあるし、体力や武具の損耗もある。無理せず必要なら後退し最善を尽くす二人だが押され始めていた。
「このままじゃいつか東門に取りつかれるな、この数で圧を受ければ門も圧し潰されてしまう」
ウォズマが唇を噛み締めながら呟く。本来なら攻城兵器の破城鎚などで門を叩いて壊すものだがこれだけの数のゾンビが損害を度外視して押し寄せたら話は別だ。叩き壊すのではなく押し入るような形で門が破られるだろう。
「まずいな…」
ナジナも不利な情勢に声を洩らした。あきらかに東に回ってくるゾンビの数が増えてきている、後退する度合いが増してきた。押し切られる…、そんな不安が生まれてくる。そんな時、目の前にいきなり飛んできた物があった。
ドオオオーーーーンッ!!!!
凄まじい音を立ててそれはナジナたちの前方に着弾した、驚いた事に牛の数倍はあろうかという大きな岩であった。
「どうやら間に合ったようだ…。ウォズマよ、勝手に死なれては困るぞ」
背後から声がする、振り返るとそこには巨漢のナジナよりさらにさらに大きい者がいた。2メートルはゆうに超え、頭部には角がある。
「お、お前は…」
ウォズマの口から呟きが洩れる。
「闘争こそ我が愉悦。こんな名もなき亡者どもにうぬが討たれたとあっては我の楽しみがひとつ減るではないか」
「ファ…、ファバローマ…」
そこにいたのは魔族…ファバローマであった。手近に生えている樹木に手を伸ばすと無造作に掴む。
「ぬああああ!!」
無造作に木を引き抜くと軽く枝をむしり取る。電信柱ほどある樹木を両手で握るとゾンビたちに突進した。ファバローマは雄叫びを上げてそれを真横に振るうとたちまち何体ものゾンビが肉塊とかして地面に転がる。枝葉をただ落としただけの大木、ファバローマが振るうとさながら古代の英雄が手にした棍棒のようであった。
「なぜ、ここに?」
ウォズマはファバローマに尋ねた。
「坊やから便りがあった。町に危機が迫っているとな、それゆえ場合によっては酒の取引が出来なくなるかも知れぬ…それを詫びる内容であった。そうと聞いてはな…、居ても立ってもいられなくなったわい。ゆえに単身やってきた、戦があると聞いてはのう…ふ、ふ、ふ…。奴め、援軍を頼むとなれば領主のメンツがあるやも知れぬが我が一人でくる分には…たまらず来てしまう事を読んでいたのかも知れぬな…」
「ゲンタ君…君は…」
「さあ、我も力を貸してやる。亡者どもを押し返すぞ!」
頼りになる者がひとり加わりナジナたちの反撃が始まった。ゾンビたちを十分に押し返した頃に辺りが…ミーンの周囲ごと白い光に包まれた。するとさっきまであれほどいたアンデッドたちの大群が影も形も無くなっていた。
「こ、これは…」
「に、兄ちゃんだ…。この光…、兄ちゃんが放つ光に似てねえか!?」
「そう言えば…」
「行ってみようぜ!」
そう言うとナジナが町の南門の方に駆け出していった。ウォズマとファバローマはその後を追い始めた。
□
自らの爆発の魔法を何発も仕込んでいたフィロスの秘蔵品『破壊の杖』、そこに蓄えていた魔法を半ばキレ散らかし気味に放ち終わるとフィロスは本来なら肉弾戦をしない後衛職…魔術師でありながら前に出た。そして、まだ暴れ足りないのか己が魔力を高め始める。
「はああああ…!!!!!!」
「フィロス姉様…、凄い魔力…。離れてるのにビリビリ感じる!!そ、その魔力をゆ…指先だけに集めて…」
ロヒューメが戦慄した様子で叫ぶ。
にや…。フィロスの口元が薄く笑った。
「爆発波!!!」
クンッ!!!
全ての魔力を人差し指と中指に集中させたフィロスは人差し指と中指を立てて軽く天に向けて突き上げた。たちまち起こる爆風、前方に衝撃波が走り次々とゾンビが倒れていく。
「凄い、さすが姉様!」
「おお、さすが『魔法姫』だぜ!!」
「あ、ヤバ…」
後方のエルフたちや味方から称賛の声が上がったがフィロスは額のあたりを抑えている。
「滅多に使わない魔法だったから余計な魔力まで使っちゃった、疲労感が…」
「ちょっと、姉様!敵は多いんですから長期戦を視野に…」
そんな声がフィロスにかかった時、辺りが一瞬真っ白で強い光に包まれた。
「きゃあ!な、何これ?」
フィロスが驚いた様子で辺りを見回す、あれだけ周囲を埋め尽くしていたゾンビたちは影も形もない。
「坊やじゃ…」
構えていた大斧をゆっくりと地面に下ろしながらガントンが呟いた。それにゴントンが頷きながら応じている。
「んだ!この真っ白な光は坊やがゾンビを土に還してたのと同じ感じがするべ!」
「行くか」
「おう、兄貴ィ」
ガントンたちが町の西に向かい始める、それにひとり…ふたりとついていく者たちが続いていった。
□
町の防壁の西側の端ではマニィとフェミ、そして南国トサッポン出身の船乗りリョマウたちがゾンビたちと戦っていた。リョマウは愛用の武器を既に手放し、船を操る竿を棍に見立てて戦っていた。他の者も似たようなものだ。ゾンビは特に強い敵ではないが戦い続けていれば武器も体力も消耗する。
ジリジリするような戦いの中、突如辺りを包んだ光…。それが収まると辺りからゾンビが消えていた。死体や腐肉独特の悪臭すら影も形もない。
「マニィちゃん…、これって…」
「ああ、間違いねえ。ダンナだ!」
マニィとフェミが頷き合う。
「もしかして…、こいつは坊やンのやった事かいのう?」
そんな二人にリョマウが問うと頷きが返ってくる。
「ならァ…、行くぜよ!!あっちに行った坊やンのトコに!」
シンタウロが声を上げた。
「おう!」
「それっ!」
誰かが応じた、そして走り出した。それは町の西を守りに行ったゲンタとミアリスがいる方向。そこにミーンの町を守った戦士たちが一斉に向かっていた。