第602話 精霊たちが宿る服(2)
「フ…、フハハハッ!!フラフラではないか!?どうやら余の最大魔法、氷結地獄がお前の体力を根こそぎ奪っていたようだな!」
勝ち誇るようにゲロートポイオスが叫ぶ。
「くっ…」
前に踏み出そうとした僕だが足に力が入らない。まさかだった、フラついてしまい満足に足を踏み出せやしない。
思ったより体力が失われている事を改めて自覚する、このままじゃ飛びかかろうとしてもロクにジャンプも出来ない感じになりそうだ。これでは的になりにいくようなもの…、そう思った時に再び僕の体…いや服から何かが抜け出ていくような感じがした。
ポワン…。
服から青色の光が抜け出たかと思うと僕の体を包み込んだ、それは今にも枯れ果てそうな僕の体に染み込んでいく。足の震えが止まる…、失われていた体力がたちどころに戻ってくるような感じがした。動ける…そう思うと勇気が湧いてくる、そしていつの間にか目の前に一人の少女が現れ僕の頬に手を添えていた。
「セラ…。も、もしかして僕が着ているエルフの服…、これに与えてくれたみんなの加護が…もう一度僕を守ってくれたの?」
現れた少女の名を呟き疑問を口にするとセラは満足そうに微笑んで彼女もまた空に溶け消えていった。僕はもう一歩前に出る、体力と立ち向かう勇気をくれたセラに感謝しながら…僕にだって飛びかかるくらいは出来ると自分を奮い立たせる。せめて一太刀浴びせてやろうと再び一歩目を強く踏み出す。対してゲロートポイオスは僕の突進に動きを合わせる。
「クククッ!足取りだけはしっかりとしたようだが動きは素人、俊足でもない!素人めッ、返り討ちにしてくれるわ!」
カウンターパンチのようにゲロートポイオスが拳を振り下ろそうと構える。その時、僕の服から白い光がピョンと勢いよく飛び出した。僕の体が軽く、力強さがみなぎってくる。
「サクヤ…、君も…」
にぱーっ!!
向日葵のような笑顔を浮かべたサクヤが微笑む、そして僕の肩を叩いたような気がした。思い切って行け、そう言われているみたいだった。そしてサクヤの姿が消えていく。
だんっ!!
明らかに踏み込みが変わった、力強く…鋭い。これがサクヤの力なんだ、光のような速さをもらった感じ。
「ぬおっ!?きゅ、急に速くなりおったァ!?だが、この程度の動きッ!戦場では何度も見ておるわァッ!当然、殴り殺す事もなァ!!ぬうありゃあああッ!」
ゲロートポイオスが拳を振り下ろしてくる、動きのキレが圧倒的に増した僕に対し的確に対応してくる。魔道士だけど武芸も心得がある。一代で国をまとめ、周辺を併呑し強国に押し上げたというのはダテじゃない。確かな力量があるようだ。だけど僕だって…、僕だって…!!
「うおおおォォッ!!」
声が出た、まだ短剣は抜いてない。とにかく速く、ゲロートポイオスが振り下ろしてくる拳を潜り抜ける事だけに専念する。だが、ゲロートポイオスの方が一枚上手だった。振り下ろしてくる拳が眼前に迫る。その時、僕の服から黒に近い紫色の光が飛び出した。
ずるぅっ!!
「な、なんだとぉっ!!!?」
僕の頭部を覆い隠すように紫色の膜のようなものが現れた。そこに振り下ろされたゲロートポイオスの剛拳が僕の頭に到達する寸前で阻まれ油を撒いた床に足を着けた時のように滑った。体勢が崩れ腹部がガラ空きになる。
くすっ…。
耳元で静かな声が聞こえた。忘れやしない、カグヤの声…。なぜか彼女だけ姿が見えない、だけど、人形サイズではなく人間サイズの…少女のサイズになって背中から抱きしめられているような感覚がある。
「カグヤ…、君も…。僕を守って…くれるんだね。ありがとう、みんな…。ありがとう…」
そう言うと再びくすりと笑ったような声がして…、そして抱きしめられている感覚が薄れていった。感じられていたカグヤの感触が消えていく…。
思わず目頭が熱くなった。だけど僕は我慢して腰の短剣を抜いた、雪のような真っ白な刀身が現れる。それをそのまま両手で握って僕は体ごとぶつかっていくようにゲロートポイオスの腹部にまっすぐ突進した。
ブツッ…!!!!
薄布に刃を突き立てような感触、だけど僕には分かる。間違いなく切り裂いたと…、手にした短剣がヤツの…ゲロートポイオスの皮を貫いた事を実感する。そのまま僕は押し込むように突き進んでいく。
ザリッ…、ザリザリザリッ…!!!
刃がゲロートポイオスの体に刃が埋め込まれていくにつれて激しい摩擦の感触が短剣を通じて伝わってくる。これがヤツの言う皮膚の中の闇の魔力とか霊魂とかいうやつの感触だろうか。
「ぐっ、ぐおおおっ!!」
ゲロートポイオスが初めて悲鳴らしい悲鳴を上げる、間違いなく効いている!僕はそのまま刃を押し込む、ザラついた抵抗感が薄れた。どうやら切先が背中を貫通けたらしい。
「な、なぜ…だ…」
体を震わせながらゲロートポイオスが呟く。
「あ、熱い…腹の中が…、これはミスリル…か?だが、お前が持っては切れ味など生まれぬはず…。余の知らぬ…素材があるというのか…、ミスリルを超える金属が…。み、認め…ぬ、そんなもの…、認めぬ…。はるか昔、神代に遡って調べても…そんな物は無い…はず…」
信じられないとばかりにうわごとのように呟いているがそうだとしても攻撃の手を緩める気はない。さらに刃を押し込むと短剣を握る僕の手までがゲロートポイオスの体内に入り込んだ。
「ぐ、ぐぐぐ、これは…!?」
一方で僕にも異変があった、短剣を突き刺しゲロートポイオスの体内にまで達した手から激しい違和感や嫌悪感、そして寒気のようなものが伝わってくる。刺されて苦しむゲロートポイオス、刺して苦しんでいる僕…傍目に見たら妙な絵面になっている事だろう。
ガシッ!!グググ…!!
「うっ!?」
苦しみながらもゲロートポイオスが僕の肩を掴んできた。凄まじい力だ、そして反対の手で再び殴りかかろうと拳を握っている。だけどこの状態から攻撃できるのはヤツだけじゃない!僕だって…!!短剣から手を離すと僕は体ヤツの体の中にめり込んででいる手に意識を集中する。これでもかと言わんばかりに気合いを込めて叫んだ。
「ゥワレニカゴヲォーーッ!!」
ゲロートポイオスの体内にある僕の手、そこから僕はターンアンデッド(屍人還)の術を放っていた。