第600話 糸一本、首の皮一枚
不吉な事が起こると切れるシルフィのお守りの紐…。
イメージはテリー◯ンですね。
「氷結地獄ゥッッッ!!!!!!」
ゲロートポイオスが渾身の魔力を込めた魔法を放ってきた。こちらに伸ばす手の先から投げ放たれるように真っ白な冷気が放たれる。魔界すら凍りつかせるというその冷たさが僕に…、ミアリスに投げ放たれる。
対峙しているものの僕には武術の心得がある訳ではない、先程までは迫り来るアンデッドたちを相手にターンアンデッド(屍人還し)の術で対応出来ていたけど…。冒険者の肩書きだけどやってきた事は物を売るという商人の真似事、単純な暴力とか魔法による荒事に対処する術は僕にはない。
「う、うわあああああッ!!」
放たれた魔法に対し僕は両腕で顔をかばう事くらいしか出来ない、小石が飛んでくるくらいなら意味のある防御かも知れないが魔法に対しては何の意味があるのか…。ハッキリ言って無意味だろう、魔界すら凍りつかせるという魔法に僕はなす術なく恐怖のせいかギュッと固く目を閉じた。死ぬのか…、ある意味で自分の事なのに傍観しているような事が頭を過ぎる。
そんな打つ手のない僕の胸元から何かが飛び出していく気配があった…。それはどこか遠く懐かしく…、それでいてつい最近まで感じていたような…そんな気配…。それと同時にありとあらゆるものを凍りつかせる真冬の嵐のような凄まじい冷気が襲いかかってくる。そして僕の耳にはドオオオーーーーンと激しく何かがぶつかるような音が響いた。
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「ふう…」
シルフィはひとつ息を吐いた。
「二度と戦いたくない相手ね…」
激闘が終わってみればさして大きな被害もなくパジャソを倒す事が出来たシルフィ。だが、彼女にとって間違いなくパジャソは強敵であった。
戦闘の経験がほとんど皆無なのにも関わらずここまで自分が梃子摺らされた、仮にも兵百人に匹敵する凄腕…『迅雷』の二つ名を持つ冒険者である自分がである。おまけに倒せはしたが首からネックレスのように下げてお守りにしていた手鏡がなければ間違いなく自分も相討ちになっていた。そんなパジャソを作り上げた強力な術者がいる…、パジャソの話が本当ならばその術者はかつてこのあたりにあったと言われる山奥の強国カイサンリの王だという。
ゲンタについているはずの四人の精霊の気配が感じられない今、一刻の猶予もない。シルフィは町に…愛する人の元へと急ごうと思った時だった。ふと、首元に違和感を感じた、身につけているお守りを結んでいる三つ編みの紐の感触が何かおかしい。
ブチッ!!
首元から不快な音がした、慣れたくもない音…。これで三度目だ。
「こ、これは…。お守りの紐が…。ゲンタさんの身に何か…?」
一度目はホムラとセラの、二度目はサクヤとカグヤの気配が大きく弾けた時に切れたお守りを結んでいた三つ編みの紐…。それと同時に感じられなくなったホムラたち精霊の気配、彼女たち四人はゲンタを守っていた、その彼女たちがいない今…ゲンタを守っている人はいるのだろうか?最悪の結末さえ頭に浮かんでくる自問自答にシルフィの表情が曇った。だが、すぐにある事に気づく。
「手鏡が…、まだ胸元に…?」
胸元に手をやる…お守りにしている手鏡はまだそこにあった、地面には落ちていない。首飾りのように下げている紐が切れているなら地面に落ちているはず、それが落ちてはおらず不自然なぶら下がり方をしているせいで肌に違和感を感じるもののまだ胸元にある。無意識に手をやるとシルフィの震える指先に紐の感触がする。
「き…切れていない…!?い、糸…一本でつながっている…」
ゲンタはまだ生きている、シルフィはそう直感ささた。だが、かなり危ない状況にいるに違いない。そう考えたシルフィは町に向かって駆け出した。
タタタッ!
昆虫素材の軽鎧を身につけているシルフィは装備の重さによる負担が少ない、元々俊敏であり森での暮らしに慣れているシルフィの移動は速い。森を駆け抜けゲンタの元に向かう。
「急がないと…」
シルフィは光精霊の力を借りる、たちまちシルフィの姿が消えた。
ブンッ!!
そして数十メートル離れた所に現れる。
タタタタッ………!!
現れたシルフィは勢いそのままに走る。短距離瞬間移動の魔法を使い少し離れた所に現れる、そしてまた走り出す。
ブンッ!!
パッ!!
タタタタッ………!!
それを繰り返す。道なき森の中を平地で馬を早駆けさせる程の速さでシルフィは進んでいく。
「無事でいて下さい…、ゲンタさん…」
それは森の中を一陣の風が抜けていくかのごとく、愛する人の無事をただひたすらに祈りながら走るシルフィの姿であった。
次回はゲロートポイオスとゲンタの一騎打ち…。