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第599話 道化の者の末路


「あ…あの杖を…、あれを持てば魔法が…撃て…る…」


 肘から先が腐って落ちてしまった手を懸命に伸ばすパジャソ、シルフィへそれを邪魔する事なく見ていた。


「う、うぐ…、指が…指が無いから…掴めない…」


「あなたは魔法を放つのに杖を必要とするの?」


 ポツリ…、シルフィが呟くように問いかけた。


「あ、当たり前だろ!魔法使いは…杖がないと魔法は撃てないんじゃ…」


「撃てるわよ」


「…え?」


 パジャソが動きを止めた。


「私はずっと杖なしで戦っていたでしょう?」


「そ、そう…いえば…」


 実際、シルフィは弓を持ちながら魔法を用いて戦っていた。当然、剣を持ちながらでも魔法を放つ事も出来る。


「あなたをアンデッドにした王とやらは?」


「も、持って…た…、お…王笏おうしゃくでもある杖…。でも、持ってなくても…素手でも…魔法…出来て…た…」


「複雑な魔法や、長時間集中を維持しなくてはならない儀式などの魔法なら繊細なコントロールや集中力補助の為に杖を必要とする事もある。だけど、攻撃の為の魔法について魔力のコントロールはあまり必要とはしない。瞬間的に魔力を放てば良い…どちらかと言えば瞬間的、ある意味…力任せとも言える」


「ど、どう…い…う…事…?その…杖は王様が…ボクに…ってくれた…杖…なの…に…」


 パジャソの手足は崩れ胴体も腐り始めた。


「その杖を使わないと魔法を放てないのなら、それはあなたに杖なしでは魔法を放てないアンデッドにわざわざ作り上げたという事…。そして、その杖…」


 シルフィはパジャソが持っていた子供用サイズのような杖を示しながら言った。


「その杖には金の象嵌ぞうがんで文字が書かれている…、『この杖を持ち主、王を傷つけることあたわず』…」


「ど、どういう…意味…?」


「この杖の持ち主は王を傷つける事はできないという意味よ。あなたはこの杖持たない限り魔法を放つ事は出来ない、そしてこの杖を持つ限り王とやらを攻撃出来ない。もし、王に反旗を翻すならば魔法以外で…たとえば武器をとって…」


「む、無理だ…」


 パジャソは絶望の表情を浮かべていた。


「ボ…ボクは…非力で…子供並みの体格しかない…から…とてもちゃんとした武器なんて振るえない…。いつか…、ボクを馬鹿にしてきた…ヤツらを…ギタギタに…。あの…陛下…、いや王だって…超えて…やろうと思って…たの…に…」


 崩れゆくパジャソの肉体は胸元と頭部を残すのみとなっていた。


「ボク…を…道化パジャソと…呼んで…馬鹿にして…いた…全ての…ヤツを…殺し…て…やり…たかっ…た…。でも、最初から…自分ひとりじゃ…出来なかった…んだ…。王様の…前で…言われた…通りにおどけてみせる…。ボ…ボク…は…道化パジャソでしか…なかっ…たんだ…」


 パジャソの最後の部分が崩れていく、胸元から首元…、そして口元が崩れ落ちると声を発せなくなった。


「……………」


 そしてパジャソだったものは全て崩れ土の上に広がっていた。もう言葉を話す事もない、そしてこの世に戻ってくる事もない。それを確認するとシルフィは剣を鞘に戻した、なんとも言えない気持ちになる。


 何がパジャソをそうさせたか分からないが間違いなく人の心の暗く弱いところを抱えていた。同時にそれを向けられてもいた。どうしようもなくてパジャソがこうなったのかと思うとただ憎むべき敵だったとは限らないとさえ感じ始める。だが、何の罪もない死体を自分の尖兵に仕立てて攻めてきたのは許せる事ではないが…。


「恐るべき敵だった…」


 シルフィはそう一言呟くのがやっとであった。


……………。


………。


…。


 シルフィがパジャソとの戦いに決着をつけようとしていた頃…。


 サクヤとカグヤの身を挺した行動により、ゲロートポイオスの作り出した人間だけでなく動物などのありとあらゆる遺体や遺骨をアンデッドモンスターにした軍団は消滅した。


 そして姿が見えなくなっていたから僕は闇の魔道士、ゲロートポイオスも消滅したんじゃないかと思っていたのだが…。


「ゼイィィー、ゼイィィー……」


「あ、あああ…」


 ヤツが…、ゲロートポイオスがまだそこにいたんだ、僕が見上げた空中に…。


「おのれ…、おのれ…、ゥおのれェェッ!!」


 まさに憤怒ふんぬといった表情で地上に降りてきた。


「余が…、余が…。ゼイィィー、消滅えかけたのだぞ!このゲロートポイオスがッ!!あの憎き消滅の力…、打ち消すには唯一魔力をもって打ち消すしかない!あと少しで…、あと少しで魔力が尽きるところだったのだぞ!!」


 ボロボロのローブ、先程まで気品すら感じられたその顔はかつて王だった頃のものではない。醜く怒りに染まり、ついでに土埃つちぼこりまみれている。拳を握りしめながら体全体をワナワナと震わせている。


「余を…、余に苦痛を…ゼイィィ…!死の恐怖…苦しみ…思い出させおって…!!ゆ、ゆ、許さァァんッ!!」


 そう言うとゲロートポイオスが片手を振り上げようとする、魔法が来る…そう思った。その時、僕の視界の隅から飛び出す影があった。


「ゥワレニカゴ………」


「ミアッ!?」


 そこにはミアリスがいた、いつの間にか普段は表に出さない猫耳に尻尾を出した一目で分かる獣人族の姿になっている。そんな彼女の動きはいつもより素早い、まるで獲物を狩ろうとする山猫のようだ。おそらくこれが獣人族の…猫獣人族キャトレ特有の運動能力の高さなんだろう。その彼女が飛びかかりながら至近距離からのターンアンデッド(屍人還しびとかえし)の術をかけようとしていた。


「ヌルいわァァッ!!」


「きゃああああっ!!」


 飛びかかっていたミアリスが強い突風を食らったかのように吹き飛ばされた。ミアリスはドンと音を立てて地面に落ち、そのまま地面を転がった。


「甘いわ、小娘ッ!!魔道士との戦いは呪文を唱え終わる前に仕留めるは常道ッ、それに余が何の手も打っていないとでも思ったか!」


「くっ!」


 僕は慌てて敵とミアリスの間に入り彼女をかばう。


「う…」


 吹き飛ばされた勢いが強かったのかミアリスはわずかなうめき声を上げているが動きはない。もしかすると気絶か、あるいは脳震盪のうしんとうを起こしているのかも知れない。


「確かに魔道士は魔法を放つまで無防備になる!しかし。それは並みの術者であればじゃ!強者つわものともなればその放つまでの合間に展開する魔力をおのが周りも張り巡らせておるのだ!結界としてな!」


 なんて事だ…、これじゃ魔法を唱えられる前に…っていうミアリスの作戦も通用しないじゃないか。そんな思いに駆られている間にも敵は魔法が完成させた。


「ジワジワとなぶり殺してくれようと思うたが下郎…、貴様らが一塊ひとかたまりになっておる今が好機!!肉体だけでなく魂さえも凍りつかせ永遠に苦しむがよい!!」


高く掲げたその手に集まる魔力の渦がさらに重苦しく、さらには辺りの空気を震わせる。少し汗ばむくらいの陽気が急に冷え込み冬のような冷たい空気になっていく。


「ぬああああああッ、余の最大の秘術!!魔界の閉ざされし凍てつきをその身で味わうが良いわ!!絶氷地獄コキュートスウゥッッッ!!!!!」


 野球の投手が投げ込んでくるようにゲロートポイオスのドライアイスのように白い気体が立つ魔力の塊を作り出した手を振り下ろそうとする。僕にはそれがやけにゆっくりと感じられた、まるでスローモーション…だが僕の体もまた非常にゆっくりと動いていた。避けようがない。どうにもならない。


「う、うわああああっ!!」


 目の前のゲロートポイオスの手から白い魔力が放たれる。次の瞬間、僕の目の前は真っ白になっていった。



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