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閑話 道化者の鬱屈と心酔


「へ、陛下…」


 怒れる王の姿に兵士は姿勢を正す事も忘れその一言だけを呟いた。そんな兵士の様子にはお構いなしに王であるゲロートポイオスは大きな声で一気にまくし立てた。まさに激昂である。


「こやつか、道化パジャソッ!!?こやつが其方そちの余の許しもなく其方を打ち据え、さらには行く手を塞いでわざわざ地面に降ろさせ泥に汚れた衣服で余の部屋につかわしたのかァッ!?」


「へ…、へ、へぇい…」


 コソコソと王の後ろから小男が進み出た、いかにも悲痛ていった表情を浮かべながら…。


「このパジャソめが自室に戻る為にここを通りかかった際、陛下より再びのお召しの声がありましたァ〜。しかァし、こちらの兵士サマがワタクシめを槍の石突で殴りつけたのでございまするゥ〜…。さらには目障りだから廊下を使ってはならぬとォ…、それゆえワタクシめはそこから地面にやられたのでござりまするゥ〜。そこでワタクシは必死に走ったのですが…足を痛め、廊下を使えない為に遠回りになってしまいましたァ。申し訳ございません、王様ァ〜。どうぞこのワタクシめを罰して下さい、王様ァ〜…」


 パジャソは声を上げつつ地面を指差すと土の表面には確かに乱れがあった、通路であるこの廊下から人が転げ落ちもがいたような痕跡あとが…。


「ぬっ、ぬうゥゥッ!!許さァん!!余が召した者の行く手を遮りあまつさえ勝手に打擲ちょうちゃくとなッ!?出過ぎた真似をッ!!この道化パジャソをどう扱うかは余が決める事じゃ!たかが一兵卒いっぺいそつが余の許しも得ずして何をしておるかァッ!!」


「ヒ、ヒィッ!!お、お許しをォォ…」


 王の逆鱗に触れ兵士はそう言うのが精一杯であった。しかしそれは最大の悪手であった、人格的に問題ある暴君であってもゲロートポイオスは一代で強国カイサンリをまとめ上げた傑物…、許しを乞うくらいなら最初からするなという考えの持ち主である。一方でパジャソは地面から転げ落ちた際についた泥汚れが付いたまま王の元に駆けた。


 私室にそんな格好で入ってこられては当然ゲロートポイオスは怒り狂う、しかし息を枯らし返事もままならない道化になぜそんな格好で来たのか…どうして遅れたかと強い口調で詰問した。それがパジャソの弁論の機会となった、自室に戻る際に兵士と出会い打擲され廊下を使うなと言われた事を話す。それゆえ服や顔は泥にまみれ遠回りを余儀なくされて馳せ参じるのが遅れたと言上ごんじょうしたのである。


 パジャソは道化者らしくその話は身振り手振り、そして哀れみを誘うように…そんなパジャソの境遇に同情するような王ではなかったが自分が呼びつけている者の行く手を遮られた事に王は激しく怒った。正確には遅れてやってきたパジャソに向けていた怒りの矛先がこの兵士に向いたのだ。王の命令をないがしろにする不心得者、そんな怒りが上乗せされていく。


「ぬうあッ!!」


「う、うわあっ!!」


 ゲロートポイオスは魔法で瞬時に二つの氷柱つららを生み出した、氷の矢となってそれが兵士の足を貫く。氷の矢はそのまま石造りの廊下に突き刺さり兵士を逃げる事が出来ないようにした。この王はたいへんな癇癪かんしゃく持ちだが同時に非常に冷酷でもあった。まるで炎と氷がふたつ並んでいるかのように…。


「この愚か者めが…、余みずから手討ちにしてくれる!」


 そう言うと王は鎌のような風を生み出しあっさりと兵士の首を薙いだ、重たい音を立て兵士の首が廊下に落ちる。


「ふん…、興が醒めたわ…。飲み直す。道化パジャソ其方そちの体は泥に汚れているゆえ今宵は来ずとも良い」


 王の言葉にパジャソは片膝どころか平伏しながら返事をする。


「へ、へへぇ〜ッ!!で、では、ワタクシめはこの死体の片付けをしておきますれば…」


「そうしておけ。周りの者ども、そのほうらもじゃ!」


 それだけ言うと王は戻っていた。後にはパジャソと首を刈られた兵士の遺体が残った。周りの兵士たちは手討ちにされた兵士の胴体を引きずってさっさと行ってしまった。首はパジャソが持てという事だろう。城の一角には処刑をする際に使われる場所もある、そこに死体を捨てに行くのだ。パジャソが首を持ってたどり着いた時には兵士たちは既におらず首なしの兵士の遺体が打ち捨てられていた。とむらいはされていない、王の手討ちに遭った者を下手に弔ったりすればその者と同じ考えを持っていると見なされても文句は言えないからだ。他の兵士たちの心中は分からないがさっさとこの場を引き上げたようである。


 パジャソはそんな兵士の胴体の近くまで行くと持っていた首を無造作に投げ捨てた、兵士の首がゴロンと転がる。


「く…、くひょひょひょ…」


 笑いが込み上げてくる。


「さっきはよくもやってくれたなァ…!!」


 がすっ!!


 パジャソは転がっている首を思い切り蹴飛ばした。


「もう怖くなんかないぞ!!この首だけ野郎!悔しいかッ、このッ!このッ!何も出来ないだろッ!!」


 蹴飛ばし踏みつけ唾を吐きかける、パジャソの報復はしばらく続いた。文字通り手も足も出ない首に今まで自身が味合わされてきた鬱屈うっくつを一気に吐き出すようにぶつけていた。肩で息をするくらいまで暴れるだけ暴れると自然と笑いが込み上げてくる。長年、見下されてきた屈辱を晴らし今は散々威張り散らされてきた相手を自分が足蹴あしげにさえしている。パジャソにとってこんなに愉快な事はなかった。


 また、しばらくそうしているとパジャソに妙な満足感が湧いてくる。自分に力が無くても陛下に力があれば…、もっともっとこんな風に鬱屈を晴らす機会に恵まれると…。それからのパジャソはより一層の忠勤に励んだ。人格的にどうあれゲロートポイオスが戦争に強いのは事実であった、そうするとそんな王にでも付き従おうと言う者も増えてくる、山奥の国であるカイサンリがその領土を広げていく。広がっていく領土と共に王であるゲロートポイオスの武威は轟き、それに比例するかのようにその気質はより尊大になっていくのであった。


 

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