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閑話 道化の扱い


 今回はシルフィと対峙したパジャソの閑話です。


 ちなみにパジャソは道化者、道化師といった意味のあるスペイン語です。


 地面に転がっていた金の象嵌ぞうがんで紋様が施された黒色のパジャソが持っていた短い杖…。まだ幼年の…、正式な魔術師とは認められていない見習いが持っているような杖を見てパジャソは必死に手を伸ばした。だが、伸ばそうとするその腕もすでに肘から先は腐肉となって少し離れた所に異臭を放っている。それでもパジャソは手を伸ばす、それがどんなに不可能な事であっても…。


「う…、うぐぐ…。あ、あの杖…、せめてあの杖を…」


 そこには最後の希望に縋るような目で杖を食い入るように見つめるパジャソの姿があった。



 これは昔…、ミーンの町が出来るはるか昔…。


 山間やまあいの土地にその国はあった。カイサンリ…、山深い土地ではあったが勤勉な人々が住みその地を治める支配者階級は武勇や魔道などに秀でた者が多く、周囲の国々から一目も二目も置かれる強国として知られていた。


 そのカイサンリを治める王の住まい…、古い時代なのでまだ石の城壁などは築かれてはおらず元からある地形を活かして土を盛って土塁と成したまったく洗練されていない防壁が囲んでいたのが王城であった。そんな粗野な城とはいえ広さはかなりのものだ、しかし城の外まで聞こえてくるような大声が今日もまた響き渡った。


道化パジャソ!!道化パジャソッ!!」


 その王城の主、カイサンリ国王ゲロートポイオスが人を呼ぶ声である。政務が終わり私室に戻って座るやいなや何の遠慮もなく人を呼びつける?


「へぇ〜い!!パジャソ、これに参りましたァ!」


 ひょこひょこと足の悪いコマネズミのようにやってきた小男こおとこが大袈裟なまでにひざまづきながら返答する。腰は少し曲がり顔はしわくちゃの猿のよう、そんな男が王の前で滑稽なまでにこびを売る。


「遅い!呼ばれたら…いや、呼ばれる前に来るのじゃ!まったく…、使えんな」


 呼ばれる前に来いとは無理な注文である、ならば常に目につく所にいれば良いかといえばそういうものでもない。なにしろこの王の機嫌の悪い時に視界に入っていたというだけで近侍きんじの者が折檻を受けたり最悪の場合には処刑される事もあるのだ。また、その逆で呼ばれた時にすぐに応じられなかったというだけで王を待たせた罪を負わされる事もある。そんな難しい主に小男はさらに平身低頭する、まるでひとかけらの自尊心も持ち合わせてはいないと言わんばかりに…。


「もォォしわけございませぬゥゥ…、ワタクシは非常に頭が弱いものでしてェ…」


「ふんっ!まあよいっ!!それより早く余を楽しませんか!そうじゃな、アレじゃ、アレ!!矢に射抜かれたワイルドボアの真似をしてみせい!」


 そう言うと王は背もたれにふんぞりかえるとかたわらにあった葡萄酒ワインに手を伸ばした。そのままアレをやれ、コレをやれと様々な注文をつけてくる。それをパジャソは懸命に、そして滑稽に演じる。休みなく道化に徹すること一刻いっとき(約二時間)以上…、その間ずっと王は酒と酒肴を楽しみながら道化を眺める。一方でパジャソは休みも与えられず、また一滴の水さえ飲む事なくひたすらに道化を演じていた。


……………。


………。


…。


 酒を飲み眠気を感じ始めた王に今日はもうよいと言われパジャソは与えられている自室へと戻ろうとしていた。王の私室から自室までの通路を歩く、床は石張りであり屋根がある。膝より少し上くらいまでの高さの壁と等間隔にある柱以外は外の景色を遮るものは無い。夕闇に染まる王城内の庭を各所にある松明たいまつが照らしている。


「……………」


 城の要所には兵士が見張りや警備をしておりそれが冷たい視線を向けてくる。そんな兵士の近くをパジャソは通りかかった時だった。


「へぇ〜い、道化が通りますゥ〜」


 卑屈な声かけをしてパジャソは背中を丸めて通り過ぎようとした。その背を兵士は手にした槍の石突いしづきで突いた、パジャソは前につんのめり転んだ。顔や腹を打ちつけた訳ではないが地面についた手のひらと膝頭に鈍い痛みが走った。


「ぐっ…」


「お前のような奴は廊下ではなく外を歩いておればよい、犬や毛虫と同じようにな…。だいたい陛下も陛下だ、こんな屑など城に入れなくとも…。良いか、これからは外を歩け!」


 パジャソの顔に一瞬だけ怒りの色が浮かんだ。だが、その顔をいつもの卑屈なものへとすぐに戻した。愛想笑いさえ浮かべて見せる。


「うへへへ…。申し訳ございませぬゥ…。王様のご命令にて、行き帰りは速やかにせよとおおせつかっておりましてェ…」


「ふん!!ならばさっさと豚小屋にでも戻れ!この道化パジャソごときめがッ!!」


 吐き捨てるように兵士は悪態を吐き、さらには石突でパジャソの背中を打ち据えた。先程のものよりさらに強い打擲ちょうちゃくがパジャソを打ちのめす、これに腹が立たない訳がない。


 しかしパジャソはこれに卑屈な態度を取る、なにしろ自分は何の後ろ盾もない天涯孤独の身…。この兵士の詳しい階級までは分からないが城内の警備につけるのであれば身元は確かな者だろう、そうでなければ王の近くを持ち場にする事などかなうはずはない。それに城内を守っているからには腕も確かだろう、それに対しパジャソ自身は武芸の心得もなく体の小さな痩せっぽち…。それに若さだってとっくの昔に失っている、つっかかっていったとしても返り討ちに遭うのは子供にも分かりそうなものだ。だから卑屈に…下手に出る事しか出来ない、心中がいかに怒りに震えていても…。そんな時、王の声が響いた。


道化パジャソ道化パジャソ!やはり目が覚めてしもうたわい!早く参れ!」


 どうやらゲロートポイオス王の気が変わったらしい、一度は退室を命じたが再び呼び戻そうとしている。優れた王の資質のひとつに声の大きさを挙げる者もいる、それを言うのであればゲロートポイオスはまさに優れた王であった。その声は大きくよく通る、呼びにやる者を使わずとも離れた場所の道化者を呼びつけるくらいには…。


「…チッ!…早く行け!」


 兵士は手にした槍を王の私室の方に向けて指し示した、それに応じてパジャソは王の元へ戻ろうとする。だがパジャソは元来た通路みちをまっすぐ戻るのではなく、わざわざ通路の低い壁を乗り越え外の…土の地面に降りようとする。


「兵士様におかれましては道化は廊下を歩くな、地面を歩けと仰いました。早速ゥその通りにィ…、わあっ!」


 べちゃっ!!


 地面に降りようとしたパジャソだが足を滑らせ不恰好に地面に転げた。それを見て兵士は心底馬鹿にしたような笑みを浮かべた、少し離れた場所からこの様子を見ていた者たちも似たような反応だ。所詮しょせんは道化、城内にいる他のどんな者もパジャソをそんな風に見ていた。本来の名はあったが誰も彼もが道化パジャソと呼んだ、まるで彼自身の名前などはどうでもいいとばかりに…。


「いっそあんな道化、殺してしまえば良いものを…。目障りでかなわん」


 兵士は王の元に向かう道化の後ろ姿を眺めながらそんな言葉を吐いた。地面に落ちた拍子に足でも挫いたのかいつの奇妙な歩き方がさらに不恰好に歩いていた。そんな彼が王の元からまた戻ってきたら適当な理由でもつけてまた打ちのめしてやろう、兵士は自分の退屈しのぎか鬱憤うっぷんを晴らす為に道化をどうしてやろうかと考えていた。しかし、それもしばらくすると頭の中から消え去り退屈のあまり兵士は欠伸あくびをしている…そんな時であった。


「どこじゃあ!こっちかぁ!!」


 怒声と共に兵士の元にドスドスと乱暴な足音が近づいてくる。そのやってくる声と足音の主を見て兵士は凍りついた。


「へ、陛下…」


 まさに憤怒と言える表情を浮かべた王を見て兵士は片膝をつくのも忘れそう呟くのが精一杯であった。

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