第五話 町の西側で、元太はようやく地球ではないと感じる
今更なんだけど、言っても良いだろうか?
「ここ、地球じゃない!」
物珍しさにお登りさん丸出しで町中をキョロキョロして歩いていた僕は、雷に撃たれたような衝撃を受けた。物凄く美しい女性が道の反対側を向こうから歩いてきた。
痩身麗人、放課後にお茶時間する女子高生バンドが目標としていると歌っていた記憶があるけれど、まさにそれ!
その美しい女性…肌は白く腰まで伸びる金色の髪、その髪の合間から時折のぞく彼女の美貌を邪魔する事なく添えられた品の良い額環。
種族を象徴したかのような草色の服、紫の美しい胸当てを付け、細くしなやかな腰と対になったかのような細身剣を佩く。
そして特徴的な長く細い耳。
「まんま、ディードリッ◯やん」
僕は昔読んだ事がある冒険譚を記した小説からそのまま出てきたようなエルフの美人さんを見て感動を覚えていた。
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痩身麗人を初めて見て、その美しさに感動。しかし、エルフが存在するという事はこの場所は少なくとも僕が生まれ育ち生活してきた世界ではない。
そもそも部屋のクローゼットが外につながってしまった時点でメチャクチャな話な訳だけど…。
そんな事を考えていたら、僕は西側に伸びた大通りの終点に辿り着いていた。
こちら側は南側とは違って外へと通じる門は無かった。
西の突き当たりにはその外側を流れる川と内側に若干の盛り土が堤防代わりに、防壁とまでは言わないが木の柵が町を囲う。盛り土は土塁、川は堀の役目も果たしているのだろう。
こちらに門を作らないのはこの先に有益な交流先や土地がないか、あるいは作るとそれを上回る不利益でもあるのだろうか。
門や道を作る事は必ずしもプラスになるとは限らない。
門が有れば確かに人や物の出入りがしやすくなるが、そこから外敵や害獣などが侵入するリスクが伴う。道が有れば移動が容易くなるが、それは招かれざる者も同じ事。
忍び込むならいざ知らず、攻め入ってきたり逃走するにも道は速さという恩恵を与える。襲撃に気付いても守る準備が整わぬ間に素早く入り込まれたのでは、いくら周りに柵があっても意味を為さない。
荒地や人の腰や胸くらいまで高さのある草原のままなら意のままには駆けられないし、馬車など立ち入る事も出来ぬだろう。道は使う者の善悪を問わない。
道とは町にとって良薬にも毒薬にもなる諸刃の剣なのだ。
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急に視界が少し暗くなった。物陰に入った時のように。
建物の陰に入った訳でもないのにと思って見上げてみると、太陽が雲に隠れたのが分かった。
門番達は蒸し暑くなってきたと言っていたから、日が陰って丁度良かったかも知れない。日差しが弱まれば少し涼しくなるだろう。
西側の行き止まりに辿り着いていた僕は周囲を見渡す。
柵に沿って北と南に道が伸びる。外周路のようだ。
今来た道を戻る事も考えたけど、同じ道通るのも何かつまらないな。北か、南か、どちらに行ってみようか…。と、なると、北…かなあ…。南から来た訳だし。
北に向けて歩き始める。だんだんと建物は小さくなり、石造りの物も減っていく。古いものや、破損だ建物も見受けられるようになってくる。
それでもまだここは良い方というか、北に向かうこの道の先はだんだんと猥雑になっていくようだ。真っ直ぐ伸びた外周の道が途切れ、ごちゃごちゃとしている。もしかすると、スラムなど、治安が悪い場所があるかも知れない。
現代日本で安穏と暮らす僕のような者は、危険地域で暮らす人の目には平和ボケした良いカモにしか映らないだろう。
そうなると、お金や荷物を盗られたり、拐れたり、最悪殺されるかも知れない。第一、怖い。
ここら辺で引き返そうと考え、回れ右をして逆方向に向こうとする途中、右を向いた時に丁度東に伸びる横道があった。
感覚的には東西に伸びる大通りに平行しているような気がする。この町は起伏が少ないのか京都の町並みのよう碁盤の目とまでは言わないがかなり規則正しく区画されているような気がする。川自体は緩やかに蛇行しているが、柵を内側にある程度引き込み直線的な町割りを実現している。
その横道の先を見ると女性だろうか、道の端に膝まづいておりその姿勢のままでいる。他に通行人がいない訳ではなかったが、その女性を見るが何かする訳でもなく皆一様に通り過ぎていく。
多分、同じ道を使って帰っても何もないよな…。せいぜい僕がするのは通り過ぎる美人さんを見て思わず振り返った…とかそのぐらいしかないと思う。
右に曲がってみよう…。気になる。行ってみて、僕には関係ない事だと思えば立ち去れば良い。
そうして僕は、外周を回る道を右に折れ、東に向かって歩き始めたのだった。