第578話 計算外
「ナ、ナジナさんとウォズマさんが来てない…」
門の上に登って辺りの様子を見ていたゴロナーゴさんから発せられた言葉に僕は愕然とした。
「ど、どうして…」
二人の実力から考えればここに来る事は問題ないように思える。そんな二人が来ていないなんて…。
「ふたりは殿をしておったはずじゃ。味方を町に入れる為にゾンビどもの追撃を抑えに回っていたはずじゃ…」
ガントンさんが呟く、やってきた方向を見れば冒険者たちが互いを助け合いながらやってくる。町の防壁の上からは援護をしようと投石などを始めている人もいる。だが、ジュウケイさんとネイガンさんがゾンビの大群を切り開いて得た血路はふさがりつつあった。
「ま、まずいべ!あれでは二人が孤立してしまうべ!」
ゴントンさんが叫んだ。丁度騎士や兵士、冒険者たちが全員町にたどり着いたところだった、ら
「おおい、早く町に戻れえ!!お主たちならここに来れる!!」
ガントンさんも二人に呼びかける。だが、返ってきたのはそれを断る声だった。
「俺たちはここに残る!!こんな無軌道な群れ、どこに行くからは分からねえ!それにこんだけの大群だ、律儀に門や防壁だけに押し寄せるワケじゃねえ!」
「おそらくあぶれたゾンビはこのまま東側に回るだろう、オレたちはここで食い止める!」
「む、無理だ!たった二人で…」
「ミーンだって今は無理だろうがよ!南側を抑えるだけで手一杯だろ!分かったら南をしっかり守れ!ドジこくんじゃねえぞ!」
「来るぞ、相棒!群れからはぐれたやつがこっちに流れてくるぞ!」
「よぉし、やるかあ!」
ナジナさんが手近なゾンビを大剣で薙ぎ払うようにして数体吹っ飛ばした。だが、すぐに後続のゾンビが押し寄せてくる。そして押し寄せるゾンビの群れに切り開かれた血路は完全に塞がれてしまった、僕たち南側にたどり着いた側とナジナさんウォズマさんの二人は完全に分断されてしまった。
「ナ、ナジナさん…ウォズマさん…」
「しっかりせえ!坊や!!」
ガントンさんが僕を叱咤する。
「坊やに出来る事は何じゃ!?落ち込む事か!?違うじゃろ、一匹でも多くゾンビを土に還すんじゃ!その分だけ二人に向かうゾンビも減る!やるしかないんじゃあ!!」
グンと大きく踏み込んで水平にグレートアックスを一閃、叩き切られたゾンビが吹っ飛び後続も巻き込む。ガントンさんも同じように両手持ちの大戦鎚を叩き込む。
「その通りだべ!今は俺たちに出来る事をやんべ!」
「俺たちもやるぜ!そら、てめーらァ!ゾンビどもにまたデッカい石をくれてやれえ!」
門内から再び石が射出される。
「大当たりだあ!よし、テメーらはそのまま続けろォ!手の空いてる奴は棒っきれ持ってついて来い!防壁の上からゾンビどもを叩き伏せるんだ!!」
ゴロナーゴさんの声が響く。そうだ、今は出来る事をやらなくちゃ。そう思った時、一番にサクヤが飛び出していった。頭からの体当たりで一体のゾンビを吹き飛ばす。続いてはホムラ、火の礫を飛ばしたちまち一体のゾンビを焼く。セラも飛び出し高圧で噴き出す水の刃で一体のゾンビを切り倒す。
ふわ…。
最後にカグヤが一体のゾンビに近づくとその影から真っ黒な手のようなものが伸びゾンビの足首を掴む。ゾンビが身動き取れなくなったのを確認するとカグヤがこちらを見た。
「わ、分かった、カグヤ!ゥワレニカゴヲォ!!」
たちまちゾンビが土に還る。
「ダンナ、叩き伏せたのをこの辺に置いとくからよ」
「土に還しちゃって下さい!」
見ればマニィさんとフェミさんも木材片手に戦闘に加わっている。打ちのめされたゾンビが足元に転がってくる、僕とミアリスがすぐにターンアンデッドの術をかけ土に還していく。
「ようし、こんなもんか!町に入った者もだいたい持ち場に着いたようだ!俺たちも町に入って守りを固めるぞ!」
馬上でランスを振るいながらジュウケイさんが言った。
「そうじゃの!ゾンビなどものの数ではないが疲労は馬鹿にならん。思わぬ不覚をとるかも知れん。まずは町に入り防備を固めるとするか!」
ガントンさんも応じる。そこで町に入る前に最後のひと押しとばかりに二十ほどのゾンビを倒した。そこにゴロナーゴさんの声が響いた。
「まずいぜ!西の方に回ってるゾンビがいやがる!」
□
一方、その頃…。
町外れの森にただひとり残ったシルフィは戦いの準備を整えていた。自分と特に親和性の高かった風と光の精霊を召喚しその力を余すところなく発揮できるように人型の姿で呼び出した。片やサクヤと髪型などが多少違う程度の差がある光の精霊、片や緑の服を着て宙に浮かぶ風の精霊である。
さらにシルフィは一張の弓を取り出した、自分が生まれたその時に生家のすぐそばに植えたトネリコの木。その最初に枝分かれした部分を削り出して作った弓である。エルフにとって自らの分身とも言えるその弓を手にシルフィは近くの茂みに姿を潜ませた。同時にここ以外に身を隠せそうな場所を見繕っておく。そうするうちにとうとう敵の姿が見えてくる。
森の奥からノロノロとゾンビがやってきた、自らの意志はなくただ町にぼんやり歩いてきているような様子である。シルフィは右手の指の間に挟むようにして持った矢のうち一本をゆっくりと、そして静かに弓につがえた。最初の標的にするゾンビに狙いを合わせつつ二体目、三体目の位置を確認する。
「………ひとつ!!」
シルフィは素早く茂から飛び出すと標的に向けて矢を放つ、だが当たったかどうかの確認はしない。人差し指と中指の間に挟んだ矢を素早く弓につがえている。
「ふたつ、みっつ…ッ!!」
ニ射目、三射目、あらかじめ狙いをつけていたゾンビにたて続けに矢を放つ。そして最後、薬指と小指の間に挟んでいた矢をつがえて放つ。この時シルフィは初めて次の標的の姿を探した、少し離れた位置にいたゾンビ…その眉間に狙いを定め矢を放った。何かが倒れる音がする、どの矢が当たったかは知らないが命中しているのだろう。
「よっつ!!短距離瞬間移動!!」
どさっ、どさっ!!
四射目を終えるとシルフィはすぐに場所を変えた、移動した先は少し離れた位置の木の枝の上である。そして、立て続けに二度、何かが倒れる音がした。見ればゾンビが三体、地面に倒れている。頭部を貫かれ動けなくなっているようだ。
…どさり。そして四度目のゾンビが倒れる音、放った四本の矢がすべて命中していた。
「ひょひょひょ…、ひょひょひょひょ…。待ち伏せ、待ち伏せェ…、矢の刺さった角度から見てェ…あそこが怪しい!ヒイヤォォオオウ!!!」
君の悪い笑い声に続いて森の奥から妙な話し方の男の声がする。そして次の瞬間、先程までシルフィが身を潜めていた辺りに魔力が満ちる。
「黒い風…。いや、闇の魔力?」
樹上に潜むシルフィが小さく呟く、待ち伏せの為に潜んでいた茂みが巨大な鎌をやたらめたらに振り回したかのようにズタズタにされている。
「おんやぁ…?外れェ?それとも場所を変えていたかなァ?」
声の主はまだ見えない、だがゾンビを4体倒したといえど後続のゾンビはまだまだいる。シルフィは再び慎重に弓に矢をつがえたのだった。