第572話 出陣!!そして一番乗り
シルフィさんと共に冒険者ギルドに向かった僕はつい先程の出来事をギルドマスターのグライトさんに伝えた。同時に領主であるナタダ子爵邸に急使を送ってもらう。
ギリアムの言った事が真実なら再びアンデッドが現れる、それもただ現れるだけじゃない。刑罰に対し恨みを持ったハンガスもアンデッドになっているらしい、土に還したギリアムの言っていた事だが嘘とは思えない。きっと来るんじゃないか…、そんな確信すらある。
ギリアムの言う事など信じるには値しない…、そういう人もいたが皮肉な事に今まで森では目撃される事がなかったゾンビを見かけたという事例が出た。はぐれ者のゾンビだったのか一体だけで無事に討伐されたが、これでミーンの町が襲われるかも知れないという危機感が一気に増した。
だから、僕たちは真昼にふたつの満月が浮かぶ問いうその日まで…天文に詳しいという町の古老の方が次に月が二つ浮かぶ日と言ったのは…。
「今日より三日後、金と銀の月が合わさりし昼とならん」
ギリアムを土に還してから三日間…、僕たちは迎撃の準備を整え始めたのだった。
……………。
………。
…。
天文に詳しい町の古老が言った通り、三日後の夜明け…、東から上る太陽と共に二つの月が上り始めた。ひとつは南から金色の、そしてもう一つは北から銀色の満月であった。ああ、そう言えば誰かがシルフィさんたちに手渡したガラスの手鏡を見てまるで銀の月だと言っていたけど…そう言えば確かにそう見えるかもしれない。
「まずは残ってくれた全ての者に礼を申す」
冒険者ギルドから少し離れた…、屋台をやった事がある火除地でもある町の広場に集まった冒険者の面々を前に町の領主ナタダ子爵の婦人ラ・フォンティーヌ様がそう言った。もっとも王都で内政官をしている子爵様自身は入婿だそうだから彼女こそが真の主だと感じている人も多い。
普段のドレスではなく、貴族の女性が乗馬などをする時のような服装に急所となる体の要所要所を守る軽装の鎧を身につけている。ただ、その鎧を侮るなかれ。その鎧こそかつて僕がゴキブリを殺す殺虫剤で一気に殲滅したブラァタの素材で作った鎧である。軽いのに鋼鉄にも劣らぬ強固なものだ、それをラ・フォンティーヌ様は身につけている。
町の危機である、騎士や兵士の皆さんも冒険者の皆さんも集まった。ただ、さすがに全員ではない。町を離れた人もいた。
「獣を狩れば肉や毛皮が手に入る、しかしアンデッドでは…」
相手は死体である、食えるような肉も毛皮も取れない。ゾンビが来るか、それともスケルトンか…その陣容は分からないがどちらにせよ得られる物など無いだろう。冒険者だって商売だ、儲からないものを相手にはしたくない。そうでなくても戦いとなれば武具も損傷するものだ。修理にだって金はかかる。
当然、命の危険だってある。儲からないものを相手に命なんぞ張りたくない、だったら巻き込まれる前に…そう考えるのも自然である。
アンデッドの大群が押し寄せるという危機が迫っている、下手をすれば町ごと飲み込まれるかも知れない。冒険者は自由だ、だから他の町に移る事も出来る。生活の拠点がここでなくても良いのなら言い方は悪いが逃げるのもまた自由。そんな訳で早々と町を離れたのはミーンの景気が良いと聞いてやってきた新参の冒険者が多かった。
一方、官職に就いている人の中からも残念な事に兵士の何人か、さらには騎士爵が一人逃亡したらしい。騎士爵の逃亡…、それもナタダ子爵家中で筆頭騎士とされている人だとか…。頭も良く弁も立ち、武官としての実力もあったそうで商取引にも通じていたという。もしかすると商売人的な見地からミーンはもう駄目だと早めの損切りをしたのかも知れない。騎士爵としての収入だけでなく、そちら方面からの副収入もあったようなので手早く家財を現金化するとそれを持ってさっさと姿をくらませたのだそうだ。
ギリアムの言った無数のアンデッドがミーンを襲う事、まだ噂レベルの話だが見切りをつけたからには何か思うところがあるのだろう。だが逃げた者を追っても無駄な事、それより今は防衛の準備をすべきと団結したのだった。
「魔境の森方面からやってくる!来たぞぉ!!数は多い、数百はいるぞー!!」
森に慣れた足の速い犬獣人の狩猟士の男性が伝令として駆けてきた。
「来たか…、やはりあちらの方角からであるのぉ…。では、手筈通りに」
そう言うとラ・フォンティーヌ様はその場を譲った。代わりに一人の騎士と冒険者ギルドのマスターであるグライトさんがそれぞれの構成員に対し指示を出し始めた。僕はこれでも冒険者の一員、グライトさんの話を聞く。
「さぁて…、お前ら…仕事を始める前に…」
そんな切り出しからグライトさんの話が始まる。普段はギルド内にいるスキンヘッドと口髭が特徴のいかついおじさん、だけど今はしっかりした鎧に身を固めた屈強の戦士といった感じ。そんな人が話をしているのは非常に心強い。
「こっちはよ、何も正々堂々とやる事はねえ。構うコタねえ、叩いて潰して奴等をあの世に送り返してやれ。それによ…こっちにゃ…今日は白い服着た坊やと猫獣人の嬢ちゃんもいる…。知ってっか、触れもしねえでゾンビを土に還しちまうんだとよ」
グライトさんの言うように僕はいつも着ているエルフの服の上から…、そしてミアリスも目立つように白衣を羽織っていた。中学や高校で理系の先生とか化学部の生徒が着ているアレである。森の中でも目立つようにする為だ。
「それに今回はゾンビどもの襲来に備えて仕掛けもある…。二つ名持ちの冒険者いる。負けなんてねえ…。まあ、見せてやろうぜ。この町の凄さってヤツをヨォ!!行くぞぉ!!」
グライトさんがそう言うと冒険者たちから次々と雄叫びのような声が上がった。僕も声を上げる、ミアリスも…。士気を上げる、これは戦いでも仕事でも大事な事だから…。そしてある程度の残存部隊を残して町を出た、僕の隣にはミアリスがいる。
そして近くにはシルフィさん、マニィさんとフェミさんがいた。彼女たち三人もラ・フォンティーヌ様と同じようにブラァタの甲殻や皮膜を用いた鎧を身につけている。本格的な戦闘にも耐えられるように専門の鎧師に製作を依頼した物だ。手鏡を渡した(結婚を申し込んだ事になっている)三人の女性たち…、冒険者として活動する事もあると聞いていたので身の安全を願っての依頼だったがこのタイミングで間に合った。出来立ての鎧を身に着けての参戦である。
「へへっ、軽くて動きやすいぜ」
防御力より動きやすさを重視したデザインのブラァタ鎧を身に着けたマニィさんが言った。彼女は肩や左胸のあたりを守る鎧を身に着けている。その他の部位は籠手のように腕を、膝から足の甲あたりをまでを守る部分鎧だ。つなぎ目には赤いブラァタの素材も使われていてそれがなんとも良いアクセントになっている。なっている…、なっているんだけど…。
「必殺の流れ星パンチとか打ちそうだな…」
「ん?なんか言ったかい、ダンナ?」
「い、いえ!なにも!」
昔、読んだ事のある漫画を思い出して呟いてしまっていた。そんな事を言っていたら防衛ラインと位置付けた場所にたどり着いた。
「いたぞ、二匹だ」
見れば出来たばかりの馬車が二台ほど横に並んで通れる幅の橋を二体のゾンビが渡り終えたところだった。大群はまだ到達してはいないようだ。フラフラ、ノロノロと歩いてくるゾンビに考えはなくただこちらに向かっているだけのようだ。一体は僕たち冒険者側に、もう一体は騎士や兵士たちの方にやってくる。
「グライトさん」
僕は声をかけた。
「どうした、坊や?」
「あのゾンビ、僕たちにやらせて下さい。僕とミアに…」
「ン…?そうか、まずは坊やたちの死人を還すっつう術を見せて冒険者の奴らに見せてさらに士気を上げようってトコか。よし、良いぞ。やってくれ!」
「はい。行こう、ミア!」
「うん!」
そう言って僕たちが前に出ようとした時に騎士隊の方でも動きがあった。一騎、若い男性が前に出る。先端にトゲトゲした物が付いたラグビーボールを二回りくらい大きくしたような打突部位のある極太の物干し竿のような武器を手にしている。
「ネイガン・スネイル騎士爵である!父に代わって先陣は頂いたァ!。我が武略、見よやぁ!!」
そう言って馬を走らせる、騎馬はグングンとスピードが増していく。ネイガンさんが馬上で武器を大きく振りかぶる…。
「スネイル?トゥリィ・スネイルさんの息子さんか!」
「ぬありゃあああああッ!!」
大きな掛け声と共に叩きつけた一撃はゾンビを一撃で粉砕した。その破片となったものは急遽作った木造の橋の下へと落ちていく。それを見届けて若い騎士が大音声を上げた。
「ネイガン一番乗りィィッ!!」
次回予告。
アンデッドの大群到着?そしてあの男も…。
第573話『今です!!』
お楽しみに。