第559話 イレギュラーな外出と暗くなる空
「今日はもう外出の予定は無いですし、護衛はここまでで大丈夫です。みなさん、ありがとうございました」
「こんな早くに終わりで良いのかい?」
「はい。たまには早く終わるのも良いでしょう」
「そうかい、なんか悪いね。それじゃあまた依頼の時にはよろしく頼むよ、坊や」
「こちらこそ。では、報酬のお渡しといきましょう」
そう言って僕は今日の護衛を担当したミケさんたち四人に報酬を支払った。僕から渡す報酬はお金か品物による現物支給、あるいはその両方を組み合わせたもの…この三つの方法から選択できる事にしている。もっとも、全員が現物支給を希望するんだけれど…。
「えっと…みなさん全員とも大瓶の鮭フレークを一つとイワシのみりん干しをひとつずつ…」
そう言ってミケさんたち姉弟に護衛の報酬を手渡した。
「へへっ!これこれ!」
「ああ、この干し魚を炭火で炙ってやりゃあ酒が止まらんぜ」
帰途につく四人、特に酒好きでもあるキジさんとトラさんはさっそく冒険者ギルド前で焼酎を買って早めの酒盛りと洒落込もうと相談していた。そんな彼らを見送った僕たちは軽く昼寝をする事にした。マオンさんとミアリス、そして僕…三人で川の字になって寝る。そんな僕らの枕元にはサクヤたちが眠っているリュックがある。総勢七人のお昼寝タイムだ。
まあ、考えてみれば今朝は日の出前から冒険者ギルドで朝食売りをしていた。その後はハンガスたちへの刑の言い渡しを見に行った、それにここ最近は襲撃が二度もあったし心身に想像以上の疲れが溜まっていたのかも知れない。すっかり眠りこけてしまっていた。そして昼過ぎに目を覚ました時、ふとしたタイミングでミアリスがアッと声を上げた。
「どうしたの、ミア?」
「う、うん…。薬草の採取…行けてなかった…」
ミアリスはシスターの見習いであると共にギルドに所属する冒険者でもある。もっとも狩猟などをするような感じの冒険者ではなく、薬草の採取を主な仕事にしている。回復魔法を使えるが、その回数には当然ながら限度がある。そんな訳でミアリスはあらかじめ作り置き出来る薬の原料となる薬草などの採取も行っていたのだ。
「怪我人や病気になる人はいつ出てもおかしくないから…。そろそろ材料が切れてくる頃だから薬師の人も待ってると思うし…」
ミアリスは困り顔、彼女は薬草採取者として安定した実績がある。しかし、そんなミアリスも成人前の女の子。猫獣人族特有のすばしっこさはあるが腕力などはあまりない。夜目が利く事から前日の夜から明け方まで時間をかけて採取をしていたりする事もある。探して摘み取って持ち帰る…、単純なようで時間がかかるのだろう。昼を過ぎてしまい、冒険者ギルドが開いているのも日没くらいまで…。採取した薬草も適切な処理をしなければならない、摘み取ってたらそれで終わり…という訳ではないのだ。その手間がかかる事を考えれば残り時間を逆算するとあまり量は持ち帰れないらしい。
「よし!なら僕が手伝うよ!」
「えっ、お兄ちゃんが?」
「うん、ミアはとにかく薬草を探すんだ。薬草かどうか見分けられるのはミアだけだから。それでミアが採取した物を集めたり持ち運ぶのは僕がやる」
「う、うん…。嬉しいよ、お兄ちゃん。だけど、集めた物が混じったりしちゃ駄目だし…その仕分けもあるよ?」
ミアリスが心配そうに言った。
「それについては任せて。ちょっと考えがあるんだよ」
……………。
………。
…。
少し薄暗い森の中、木漏れ日がところどころを明るく照らしている。そんな森の中を僕とミアリスは薬草採取に訪れていた。一応、万が一の襲撃を警戒していたがそこはお昼寝から目覚めたサクヤとカグヤが僕らを守ってくれている。ちなみにホムラとセラはマオンさん宅に残ってもらった。マオンさんの護衛の為である。
「すごいね、お兄ちゃん。これなら採取した薬草が混じり合わないし、数の管理もしやすいよ」
お目当ての薬草を探し当てながらミアリスが言った。一方で僕はミアリスが摘んだ紫蘇の葉に似た物を五枚を一組にして袋に入れていた。表面には平仮名で大きく『あんぱん』の文字、あんぱんを包装していたビニール製の袋である。
「良かった。これなら採取した葉がこすれて傷まないし、五枚一組にしておけば数の管理もしやすいと思って…」
僕が薬草採取に持ってきたのは菓子パンを包装していたパンの袋。今まで数えきれないくらいのパンを販売してきた。そうなると当然ながら中身を出した後の包装ビニール袋はゴミとなる。僕が大学に通う為に一人暮らし…いや、今はカグヤが毎晩来るから二人暮らしをしている此方ヶ丘遊園はゴミの分別やリサイクルに熱心な地域だ。こういったビニールなどもきちんと分別してリサイクルをしようとする。
そんな訳で分別し、まとまったところで指定された日に出そうと思っていたビニール袋が意外なところで再利用できた。目に見える形で役立てられた事がなんとなく嬉しい。
ちなみに薬草は一種類ではない。葉っぱの部分に薬効成分があるものもあれば、種子や根っこが薬になる物もある。あるいは地球でいうとこ炉のドクダミのようなツル草もあるし、なかなかにバリエーションが豊富だ。そんな順調に薬草採取をしていた時に異変が起こった。急に辺りが暗くなってきたのだ。
「なんだ?もしかして雨雲でも近づいてきてるのかな?」
暗くなった理由を僕はそう予想しながら森の木々の切れ間から見える空を見た、しかし空には雲ひとつない。代わりにうっすらと空に白く浮かび上がった月が太陽を覆い隠すように重なり始めていた。