第56話 ドワーフの親方
あれがドワーフ…。
ふらりとやってきたドワーフ、立派な白い髭を蓄えているところからきっと男性だろう。もっとも女性のドワーフを見た事がないので、ドワーフ女性にも髭はあるのかも知れないけど。でも、のっしのっしと歩いてくる様子とか立ち居振る舞いが男性的なものを感じさせる。
さて、そのドワーフ…、ファンタジー小説とかでよく出てくる種族だ。その姿をみると背は人間と比べると頭一つ分くらいは低いが、ガッチリとした体型である事が分かる。大地の妖精族であり、坑道や洞窟を好むという。また手先が大変器用であり、鍛治師や石工、職人として人間では及びもつかない程の精緻な物を作り上げるという。
性格は頑固で一度決めたら梃子でも動かぬが、裏を返せば一度仲間と認めたら決して裏切らない律儀者であるとも言える。いざ事が起こればその手に斧や鎚を携え勇敢に戦う。人族より一回り小さいがその心身は強靭かつ頑健、勇敢かつ不屈で戦士として十分な資質を持ち頼もしい存在だ。
とっつきにくい印象もあるが、彼らが大好きな酒を酌み交わせば他の種族でも比較的容易に打ち解けられるという。…彼らの酒量についていければ、という条件が付くが…。
さて、そんなドワーフの男性は受付嬢フェミさんと最初に何やら話し始めていたが何やら難航しだした。マニィさんやシルフィさんも加わりあれこれと話しているがすぐに解決しそうな雰囲気ではない。
僕は彼女たちの仕事の邪魔をしちゃいけないと思い、サクヤとカグヤにリュックに入ってもらいマオンさんと共にギルドを出ようと席を立つ。しかし、その時にカウンターで話し合っていた声が少し大きくなってきたのか、こちらにも聞こえてくるようになってきた。
「ええい!野宿でも構わん!ギルドの裏庭でも良いから借りる事は出来んのか!」
ヒートアップしてきたのかドワーフの声が意識せずとも聞こえてくるようになった。
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ここミーンの町では原則的に公共の場での野宿は認められていない。木造建築か主流のこの町で火災対策や延焼対策は重要で、火除け地として所々(ところどころ)に広場がある。
燃える物が無ければ火事は起こらない、故に町中の要所に燃え広がらないように建物などを建てない広場を確保するのである。しかし、そこに勝手に住みついてしまう者がいると物を置けば可燃物となるし、そこで食事や暖をとる為に煮炊きをすればその不始末で火災を起こす可能性が出てくる。それゆえに勝手に野宿したり住みつく者は厳重に取り締まられるという。
すぐ立ち退けばそう咎められる事がない微罪と言えば微罪だが、悪質と見なされれば捕縛される事もあると言う。特に夜間の場合では尚更で、怪しいと思われれば有無を言わさず取り押さえる。放火盗賊は日本でも異世界でも重罪だ、それゆえに未然に防ぐ意味でも『疑わしきは有罪』とばかりに取り締まり役の町を巡回する兵士にはそれだけの権限が与えられているのだ。
「残念ながらギルドには裏庭なども無く…」
「むうう!なら、どうすれば良いんじゃい!」
ドワーフの男性が(いきどお)っている。僕はカウンターの端にいたマニィさんに『何があったんですか?』と尋ねたところ、このドワーフの男性は今朝町に到着した冒険者。石工の棟梁でもあり弟子たちと共にこの町で近々始まる商家の大掛かりな建築にやってきたとの事。しかし、その建築には多数の人が関わっている為に既に資材を運び込んできたり、事前に土地を整地したりする人足たちの利用で町中の宿の部屋が埋まってしまったという。
「我らドワーフは大地の民よ、大地を寝床に空を枕にする事も苦ではない。建物主に宿が確保れるまで現場の隅で良いから寝泊まりする場所を貸してくれと掛け合ったのじゃが駄目だと突っぱねられてのう。向こうから呼んでおいてからに…。しかも工事が始まるのは資材の到着が遅れ五日は先だと、それまでは雇う訳にはいかぬとな」
相手の不義理に関しても怒りを倍増させているようだ。見たところ悪い人でもなさそうだし…。そう言えばマオンさんの煮炊きする竈は昔ドワーフの石工が作ったと言っていたっけ…。
「マオンさん、あのドワーフの方に声をかけても良いですか?」
「どうしたんだい、ゲンタ。何か気になる事があるのかい?」
僕はマオンさんの家の石組みの竈がドワーフの手による物だというのを思い出した事を話し、ちょうどあのドワーフの方が石工であるらしいし見てもらうのはどうかと相談した。
「それは良いけど…、弟子を連れて歩けるくらいの棟梁だよ。お足(給金)が足りないよ。ドワーフは腕が良いんだ、人族とは比較にならないくらいにね。だから金を山と積まれても気に入らなければ首を縦には振らないって聞くよ。とても払える額ではないんだよ、きっと」
高給取りって事か…。でも、ドワーフの義理堅さとかの話を聞いていると金額の多さだけで仕事を受けるかどうかを決めてるのかな。金を山と積まれても…って、それでも金額が足りないって可能性もあるけど、もしかしたら仕事内容や相手が気に入らないという可能性はないだろうか?
その事を話すとマオンさんは『それはそうかも知れないけど…』と不安そうだったけど、世の中『言ってみるもんだな』という事もある。マオンさんに僕に一度話させて下さいと頼み、承諾を得たので話しかけてみる事になった。
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どうにもならず、話も煮詰まっ!てしまいドワーフの石工と受付嬢たちの会話が途切れた所で僕は話しかけた。
「あの、すいません」
四人の視線が一斉に僕たちに向けられる。
「ゲンタさん…」
「なんじゃい、若いの?」
ドワーフの男性が首だけ向けてこちらを値踏みするように見つめる。
「僕はこのギルドに所属しているゲンタと言います。今朝方町に着いたと聞きまして…。宿をお探しの件については力になれないですけど、朝に到着したばかりとなればお疲れでしょう。ひとまず腰を落ち着けて休みながら何か良い考えを練ってみてはどうでしょう」
むぅ…?ドワーフの男性が一声漏らす。先程までの熱くなっていたのが冷めてきたのか聞く下地が出来てきたようだ。もしかすると『コイツ何を言ってるんだ」って思われてるのかも知れないけど…。
「旅をしてきたのであれば喉も乾いておられるでしょう。大した事は出来ませんが、まずは座って一杯どうですか?」
「ふ、くくく…。こちらが名乗りもせぬうちにまずは一杯飲ろうてか!若いのに話の通りが良いわ!小気味良い、小気味良いぞ!」
豪快に笑いながらこちらにのしのしとやって来る。
「そうよな!飲むに名前も肩書きも邪魔で無粋、言葉無くとも酔えば語ると同じ事じゃ。わざわざドワーフを呼ぶからには秘蔵の酒があるのじゃろうて…」
えっ!?秘蔵の酒?そ、そんな物は無い、スーパーで買った1.8リットルの焼酎だし…。
「ふくく…。顔に出過ぎじゃ、若いの。大丈夫じゃ、ワシらは酒に酔うのではない、お主の心意気に酔うと言うものよ。酒であればかまわ!さあ、案内せい。表に荷物の見張りをしておる弟子もおる。朝から開いておる酒場か、それとも酒蔵か!?どこへなりとも行くとしようぞ!」
すっかり上機嫌になったドワーフの男性、僕はフェミさんたちにこの場はとりあえず任せて下さいと伝え、マオンさんと共にマオンさんが寝泊まりする納屋の敷地に向かうのであった。




