第556話 報復の短剣と黒き少女(後編)
カグヤが潜り込んだ僕の影、それがハンガスの方に伸びていった。そしてつながると伸びていった影は元に戻った。
「お、俺はやってねェ!やってねェ!し、知らねェよ!知らね…」
ビクンッ!!
ハンガスの体が一瞬大きく跳ねた。もっとも地面に転がっているから活きの良いエビが皿の上で跳ねたような感じであるが…。そのハンガスが口を開いた。
「俺はやってねェ…。お…、おるォォ…?」
不意にハンガスの言葉が止んだ。そして数秒後、再び口を開いた。
「ヒャ…ヒャハハハッ!!…なァんて言うと思ったかァ〜?フフン〜♪フ〜ン♬」
「え?」
思わず声が出てしまう。先程まで必死に否定をしていたハンガスの口から吐かれたものとはとても思えないものだった。鼻歌まで歌って不遜な口調である。
「やぁったのはアァ〜ンッ…♬お、お、俺〜♪俺ッ俺ッ俺ッ♪俺イィ〜ッ、俺だよォ〜♪全てはァ〜、俺がやってンだぜェ♩オウ、イェア〜ッ!!」
「こやつめッ…!!」
捕らえにやってきた騎士のこめかみに血管が浮いた。
「そもそもは〜♬商会のォ…、親父の王都進出に伴い俺が新しい商業ギルドマスターを継ぐところから始まったンだよォ!俺はよォ、働くのは大嫌えだがカネを稼ぐのは大好きなンだ!だからまずはそこのババアの家に火ィつけさせて着の身着のままで放り出させてよォ!!」
人が変わったようにハンガスが暴露を始める、僕が唖然としていると隣にシルフィさんが来た。そして僕にだけ聞こえるような小さな声で話し始めた。
「あれは…闇精霊…、カグヤがあの男に喋らせている…。いえ、歌わせている…」
「カグヤが…?」
「ええ…。闇精霊のもっとも作用が働くのは物質より精神面…。あれはカグヤがハンガスの見知っている事を洗いざらい吐かせている…、あの人を舐めた態度こそが本性なんでしょうけど…」
そうこうしているうちにもハンガスは自分が関わっている事を自慢話をするかのように饒舌に語り続けている。だが得意そうに話す口調や内容とは反対にその表情は焦りに満ち、さらには首を左右に振りながら違う違うと…俺はそんな事を言いたくないと言わんばかりの様子だ。話す内容と身振りが全く一致していない、まるでちぐはぐな告白劇だ。
「そンでよォ…、ギリアムの奴がどっかから伝手を使って呼ンだ殺し屋がしくじってよォ!俺もせっかくカネ出したのに丸損じゃねェか!まあ、ライアー氏…、つーかもう落ちぶれてっからブド・ライアーのクソ野郎もカネ出したらしーから損を全部を負ったワケじゃねーが…。まあ、そーゆーワケで色々とムカついたからそこのガキとババアをぶっ殺しに来たってンだよ!分かったか、おう、コラ!!」
ハンガスが散々喋り倒した後、ハンガスの影からすう〜っとリンゴほどの大きさの影が地面を伝ってやってくる。それは僕の影までやってきた。
ふわり…。
まるで地面から浮かび上がるようにカグヤが姿を現した。そのまま僕のシャツの胸ポケットに収まる。ただ、その姿に気づいていたのは僕とシルフィさん…そして。
「そっ、そいつだッ!そいつが俺を…、あとあの殺し屋をッ…」
腕が切られていなければこちらを指差しているであろうハンガス、しかし指が無くてはそれも出来ない。
「ええい、黙らんかアッ!!」
ずどん!!
「ぐえっ!!」
やってきた騎士の手にした槍の石突きがハンガスの腹にめり込む、苦痛の声を上げハンガスが地面の上をのたうち回る。
「ミーン衛兵の中でも特に治安維持隊を預かるこの騎士トゥリィー・スネイルの前でよくそこまで吠えたものだ!」
「ち、違えンだ、騎士爵の旦那ッ!!俺はそんなこ…ゴアッ!!」
言い募ろうとするハンガスをさらに騎士が一撃する。
「治安維持役の騎士の前で吐いた言葉を引っ込められない事を知らぬ訳ではあるまいな!!先程の自白により貴様の罪状は明々白々(めいめいはくはく)ッ、ゲンタ殿への殺人未遂並びに放火の罪となれば死罪は到底免れぬものと心得よ!」
「えええェッ!!」
死罪という強い言葉にハンガスが動揺の言葉を上げた。
「放火はなァ…、燃え移りゃア…町全体が火の海になるかも知れねえ大罪だ…。だからきっと死罪の中でも…一番キツいモンになるぜ…」
ナジナさんが感慨深げにそう言った。そんな中、騎士のスネイルさんが衛兵の一人に声をかけた。
「先に牢に走り、ギリアムを縛ったまま裁きの場に出しておけ。こやつを引き連れすぐに戻る」
その言葉に衛兵の一人がすぐさま駆け出していった。そしてハンガスに向き直ると冷徹な表情になり告げ始めた。
「こやつとあのギリアムは結託して罪を犯した。情状酌量の余地は無い、死をもって償わせる。だが、このような者を斬ってもそれは刃の穢れとなるだけ…。それゆえ…こやつらに死をくれてやるのは野犬か魔物で十分だ。そやつらの腹の中が相応しき死に場所であろう」
「ヒッ、ヒエェェッ!!!い、生きながら食われるなんぞ嫌だ!それだけは…それだけは…」
何やらハンガスが慌て出した。だけど何をいまさら…。
「こやつとギリアム、共に姫君の師父たるゲンタ殿に殺害を企てし罪!さらには住宅への火付を行った咎により流血をさせた上での町からの追放、並びに森の奥深く…魔境へと放逐の刑といたす。血の匂いに敏い獣どもがすぐにやってくるであろう、生きたままその身を食われるがよい!」
「や、やめてくれ!ま、魔境送りの刑なンてッ!!お、俺は心を改めたァ!ゆ、許してくれよォ!」
喉から血を吐かんばかりの勢いでハンガスが叫ぶ、後悔…しているのなら…僕がそう思った時だった。ハンガスの目玉がグルンと上を向き、白目ばかりになる。
「ゆ、許し…てッ…。フンフフ〜ンッ♪」
必死の懇願で許しを乞うていたのも束の間、またもや不遜な態度で歌うような口調で話し始めた。
「なァァ〜んちゃってえ〜ンッ♪この場さえ切り抜けられれば後は店のカネ持ってトンズラこくぜェ!あばよ、クソヤローどもォォンッ♪俺は反省しない男ォォンッ、ハンガスゥ〜♪」
「もう勘弁ならんッ!!」
ばちいんッ!!
槍の柄を真横にフルスイング、騎士の強烈な一撃を横っ面にくらいハンガスは倒れた。生意気な口調は失せ今は新たな痛みに呻いている。それにしてもコイツ、全く反省もしていなかった、どうやら僕の考えが甘かったようだ。
「ゲンタ殿、こやつには…そしてギリアムにも必ずや厳しい刑を下すゆえ…。後は万事、このトゥリィー・スネイルにお任せあれ」
「あ、は、はい。お願いします」
「感謝いたす、それでは…」
そう言うとスネイルさんはヒラリと馬に乗った。腕が無い為、ハンガスの胴の部分で縛った縄を馬にくくりつける。
「ハンガス、お前のような卑劣漢を歩いて連行すると思うな!走ってついて参れ。無理ならばそのまま引きずって行くゆえその時には口を閉じておれ、舌を噛みたくなければな。者ども、最寄りの詰所に参るぞ!我に続け!」
そう言って騎士は馬に鞭をくれた、当然ながら馬は走り出す。少しはハンガスも走ろうとしたがわずか数歩で転び、後は引きずられていくのであった。