第555話 報復の短剣と黒き少女(前編)
トゥリィー・スネイル
イメージは鳥居強右衛門と長谷川平蔵を足して2で割ったような感じです。
「やなこった」
僕は短く応じた、普段の僕のものより一段も二段も低い声だった。
「この短剣はドワーフの名工、ガントンさんたちが鍛造ってくれたミスリルの短剣だ。成人の祝いとして…、そしてこの短剣は使う人が使えば鉄の鎧すら泥のようにスッパリと切り裂くほどの鋭さがあるんだって」
「ミ、ミスリルの短…剣…?そ、そん…なの…王家の宝物庫にあったって…おかしかねェ…モンじゃねえか…。そ、そんなモン、いくら…すンだよ…」
僕が振り上げている短剣を見つめながらハンガスが言った。
「だけど僕には魔力がまったく無いんだ。ミスリルというのはアンデットみたいな不浄の存在に抜群の効果がある銀のような性質と使用者の持つ魔力に反応してその切れ味が飛躍的に跳ね上がる特性を持つ」
説明口調になるがハンガスにミスリルの性質について話していく、同時に僕が使った際の弱点についても…。
「だけど僕にはまったくの魔力がない…。だからお前にしてみればこの短剣で切りつけてもカスリ傷ひとつ負わない、試してみたけど茹でて柔らかくなった芋にさえ切れ目は付かなかったよ」
「ま、魔力が無えだと…?ま、魔盲か…テメー…」
魔盲とは魔力が全く無い者の事を指す。魔法の無い地球育ちの僕には確かに無縁のものだが、魔法というものがあり誰もが当たり前のように大なり小なり魔力を持つここ異世界でも非常に稀ではあるが魔力を持たない人がいる。
「そう、その魔盲だよ。だからせっかくのミスリルの短剣でも全く切れ味がなくなる、だけど折れる事はない。とんでもない丈夫さがある」
「ヘッ…、いくらミスリルの短剣でも…た、宝の持ち腐れじゃねえかよ。なおさら俺がもらうべきだよなァ!まったく切れねーンならよォ!おらァッ、さっさとどけやコラァァ!そんなモン持ってたってガキが木の枝を振り回してンのとなンら変わンねーぜ!!」
ハンガスが調子づく、先程までの態度とはまるで違う。どうやら僕に対して与し易いと感じているのだろう。
「確かにね…。僕が持ってる限り全く切れないナマクラさ、それこそ子供が細枝を振り回してるのとなんら変わらないだろうね。でもさ…、ハンガス…ちょっと考えてみなよ?そんな木の枝っきれみたいなモンでもお前の目ン玉を突き刺したら…、どうなると思う?」
「な、なンだとッ!?」
ハンガスに焦りと怯えの色が浮かんだ。
「焦ったの…?だけど、許さないよ。マオンさんの家に身勝手な理由で火をつけさせたくせに!そして今日はナイフで僕らを刺し殺しに来たクセにッ!!」
「ク、クソが…。ま、魔盲の…クセに…」
「そうだね、たしかに僕は魔盲だよ。だけどこの短剣は鋼よりも丈夫だ、お前の目ん玉に突き刺すには十分なくらいにね。それにさ…魔力が無いなら無いで良い事もある…。切れないから血が流れない、だから覚悟しろよ…?激しい痛みで死にたくても出血多量で死ぬ事も出来ない…。何回でもお前を突き刺せる!!」
「テ、テメー…」
「いくら切れないこの剣でも突き刺せばお前の目ン玉は潰れるだろう。それにさ…、お前はギリアムに指示して僕とマオンさんの片腕を捻り上げさせたからな。この際だ、丁度良いからキッチリと仕返しをさせてもらうよ。まずは腕…と思ったけど…もう切り飛ばされてて腕に仕返しはできないから…フフ…。代わりに目玉をもらおうか?さっそくだけど…始めようか。右か左か…その目ん玉を片っぽ…、ブッスリいかせてもらいまーす!」
語尾を明るく、そして気軽な感じにして僕は再び短剣を振りかぶった。途端にハンガスが泣き叫ぶように叫んだ。
「ヒィッ!!ま、待てッ!」
「待たない」
「や、やめろ!!やめろォォ!!」
「やめない。…さあて、右と左…、どちらをブッスリといこうかな?」
「あ、ああ…」
ハンガスの顔が恐怖に染まる。一方で僕は小さな子供がふたつの物からひとつを選び取る時のようになるべく無邪気な声を出した。
「ど、ち、ら、に、し、よ、う、か、な?か、み、さ、ま、の、ゆー、と、お、りッ!!よし、決めたッ!」
「ヒ、ヒィッ!!や、やめッ…ふごッ!!?」
「うるさいよ、それじゃ左目を潰すぞ!!おりゃあああッ!!」
僕はハンガスの顔面めがけ短剣を振り下ろした。
「う、うわあああああッ………!!!ガクッ…ブクブク…」
ぴたり…。
僕は短剣を振り下ろすには振り下ろしたが突き刺さる寸前で止めた、いわゆる寸止めである。憎らしいがさすがに短剣を目玉に突き立てるような事はしなかった。だが…。
「あーあ…、コイツ…泡ふいて気絶は…してねえな。一歩手前みてえなモンだが…。それと下からはお漏らしか…、にいちゃん…早く離れた方が良いぞ。まあ…案外と肝っ玉の小っちぇヤツだったな…」
「ああ、目玉を刺す…ってのは言葉だけだったのにな…。ゲンタ君からは殺気を感じなかったからな…。まあ、本当にやろうとしたとてオレは止めなかったろうが…」
ナジナさんとウォズマさんがそんな感想を洩らした。そんな時、馬蹄の音…そして複数の人が慌しく駆けつけてくる物音がした。
「ありゃあ…捕り方じゃな。誰かが衛兵の詰所にでも知らせたんじゃろうて…」
マオンさん宅の敷地の前の往来に出てきたガントンさんが言った。そうこうしているうちにその物音を立てている人たちがやってきた。
「ミーン治安維持役の長、トゥリィー・スネイル騎士爵である!ここで乱暴狼藉を働く族がおると聞いて参った!大人しく縛につけい!」
馬に乗り衛兵を引き連れてやってきた騎士服を着た男性が辺りによく響く声でそう言った。帯剣し、さらには槍を引っ提げている。
「治安保護役か…、衛兵の中でも荒事や凶悪犯を捕らえる時に出張ってくるところだな」
ナジナさんの言によれば普段は一般的な犯罪の取り締まりなど治安維持の役目を担うが、特に相手が武装した盗賊などの取り締まりの時には必ず出撃する実働部隊らしい。日本で言えば警察の中での強行捜査班とか、江戸時代なら火付盗賊改方みたいな感じだろうか。
「………」
やってきた騎士が下馬し無言のままハンガスに近づいた。それを見て味方がやってきたとでも思ったかハンガスが口を開いた。
「あ…。き…、騎士爵の旦那ッ!た、助けてくれよォ!俺は腕を切られて、目を潰すと脅されたンだあッ!!」
「ぬっ!!こやつ、自分が被害者ヅラをするつもりかッ!?」
「ふてえヤツだべ!」
ドワーフの兄弟が気色ばむ。しかしそんな事はお構いなしにハンガスは声を上げ続ける。
「は、早く助けてくれよォォッ!」
「黙らぬかァッ!!」
「ごぶアァァッ!!」
トゥリィー・スネイルと名乗った騎士は手にした槍の石突きでハンガスの腹を強く突き刺した。あれは鳩尾のあたり…、一瞬呼吸が止まりハンガスが呻いた。
「我らは町の者から知らせを受けてここに参ったのだ!刃物を抜きこちらの…ゲンタ殿を襲おうとした者がおるとなッ!」
「なッ!ゲ、ゲンタ殿!?な、なんだそりゃあ!?」
「こちらのゲンタ殿は子爵家姫君モネ様が師父と…つまり師であり父に準じる御方として接しておられるのだ。いわば姫君の御父上…子爵様に準じる御方を手にかけようとしたのだ!その罪、許し難し!万死に値する!」
「え、えええッ!!し、知らなかったンだ!そ、それに殺すつもりは無かった!ちょ、ちょっと脅かしてやろうと…」
「何を言うか!刃物を二本も持ってきた分際で!!それにマオンの家に火をつけさせたのは自分だと言っておったではないか!悪意あるのは明白じゃあ!」
ガントンさんが続けて追求する。
「し、知らねェッ!!コ、コイツが勝手に言ってるだけだ!それに放火は死罪になる重罪じゃねえか!そ、そんな事する訳ねえ!」
ハンガスは必死に言い逃れようとする。
「そいつ、自分で言ってたわよ!」
野次馬からそんな声がいくつも上がるがハンガスは知らぬ存ぜぬを繰り返し、終いにはコイツら全員が自分を陥れようとしているとさえ叫ぶ。
「しょ、証拠がねえじゃねえか!むしろ俺に罪を擦りつけてンだ!むしろそこの野次馬の中に下手人がいるンじゃねえか!?」
そんな事まで言う始末、その時だった。
とんとん…。
シャツの胸ポケットにいる闇精霊カグヤが僕の胸を軽く叩いた。視線を向けるとまっすぐな瞳で僕を見つめる彼女がいた。そして無言のままポケットからふわりと浮かび上がると今度はゆっくりと地面に降りていった。そして足元の僕の影の中にその体を沈めていく…。まるで水の中に沈んでいくかのように。
すう〜…。
そのまま僕の影が伸びていった、その先にハンガスの影があった。