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第552話 つぎは、おまえだ


 ずっとカグヤさんのターン!


 ここミーンでは高価な紙…。それに子供がいたずら書きをしたようなものがハンガスの手に握られていた。日本で言えばひらがなのような…、ここ異世界では下位語と呼ばれる簡易な文字でその一文は書かれていた。真っ赤な血を指でなぞったような文字で…。


『つぎは、おまえだ』


 その文面を見てハンガスは驚き震え上がった。元はギリアムがやった事とはいえ、殺しの為の金を払ったのは自分である。その自分が刺し向けた殺し屋が滅多切りに遭ってこうして戻ってきた。しかも、どこにあったのかは分からないがその紙は今こうしてハンガスの手に握られている。


「あ…あの声だ…。あの声が聞こえたァァ!!」


 ハンガスは恐怖に駆られていた。激しい血飛沫ちしぶきを上げ倒れたザフリー、それを見ている事しか出来なかったハンガス…、その後に聞こえたクスリと笑う少女の声。使用人たちは口を揃えてここにはハンガスをはじめとして商会の関係者しかいないと言った。商会には子供のうちから働いている者もいる、しかし全員が男だ。少女と呼べるような者はいない。


「同じだ…。あン時と…」


 思い起こされるのは何か訳の分からない力で自分の体が無理矢理ひん曲げられた事…。不機嫌になった子供が怒りに任せて力任せに人形を壊してしまうような…、そんな癇癪かんしゃくめいた制裁で自分の体が散々に折り曲げられた事…。あの時もそうだった、姿の見えぬ少女の声。それが聞こえてきた時に自らの身に良くない事が起こる。


「や…、や、焼けェェッ!!」


「えっ?」


 使用人たちが一斉に振り返る、主人が何を言っているのか分からなかった。


「焼くンだよォォッ!!ここをッ!!お、お、お前たちが誰も見てねえってンならどっかに潜んでッかも知れねえだろうが!だったら焼いちまうンだよォォ!!それに訳の分かンねえ死体がここにあったら色々と厄介だろうがッ!!」


 ハンガスはそう言って使用人たちを自室から出した、そして外から扉を閉めた。そして使用人たちが止めるのも聞かずにランプなどの燃料にしている獣油を振り撒き自ら火を放つと同時に使用人たちへの脅しも忘れない。


「良いかッ!この事は誰にもしゃべんじゃねえぞ!しゃべった奴ァ、この町にいられなくしてやンぜ!」


 ハンガスがいたのは商会の敷地にある離れであった。元は父の方針により修行の為に与えられた小屋のようなものであった、そこで少量の物品の管理と寝起きをする事から始めた場所であった。今はそこを改築し仕事のものを一切排除して完全なプライベート空間にしていた。商会の主屋おもやにも当然ながら商会主としての部屋はある。だが、商会内にいれば何かと仕事についての話を持ってこられる。家業であるパン作りがあまり上手くない事もあった、それでハンガスは仕事を嫌って修行時代に元々使っていた部屋に篭るようになったのである。


 最初はメラメラと…、今は轟々(ごうごう)と音を立てて自室にしていた小屋が焼けていく。自らが過ごした場所、中にあるザフリーの死体も跡形もなく燃えていく。ただ、延焼だけはしないよう使用人たちに近くの井戸から水を運ばせ水を打たせている。


「小屋からは俺たち以外にゃ誰も出ちゃいねえ!!へ、へへっ、焼け死んじまえやッ!!」


 血まみれのままハンガスは魅入られたようにその光景を見ていた、そして全てが焼け落ちると満足そうに笑った。


「何も…、何も出て来なかった。全部燃えた、誰だか知らねーがこれで終わりだ、クソがッ!!」


 吐き捨てるように言った後、ハンガスは使用人たちに仕事に戻るように言うと自らは全身についた返り血を流そうと井戸に向かった。釣瓶つるべを落とし桶に水を満たすと綱を引っ張り上げる。上がってきた桶を手に取るとハンガスは何気なくその水面を見た、見慣れた自分の顔…それが今は血にまみれている。


「クソが…」


 そんな自分の姿に吐き捨てるように言った言葉、自らが吐いた吐息で水面が揺れた。見慣れた自分の顔が波立つように揺れる、その時だった。


「な、なっ、なンだとォ!」


 水面に映っていたのは自分の顔、それが揺れた後に現れたのは目の前で死んでいったザフリーのものとなった。その水面に映ったザフリーが口を開いた。だが、聞こえてきたのは少女の声。


「つぎは、おまえだ」


 どっ!!ばしゃあんっ!!


「〜〜〜ッッッ!!!!?」


 思わず持っていた水桶を落とし声にならない悲鳴を上げる。焼き殺したと思った声の主は生きている、目に映ったのは死んだはずの男…。ハンガスは生きた心地がしなかった、慌てて人がいる場所…使用人たちがいる商会の中へと駆け込む。人のいる事に安堵したハンガスは水場へ駆ける、服を脱ぐと水面を見ないようにしてザブザブと水を頭からかぶり血を洗い流した。すっかり綺麗になると使用人を呼び着替えを持ってこさせ、血で汚れた服は焼き捨てるように言った。


「…………」


 そのまま無言で本来の商会主としての部屋に向かうと中から鍵をかけた。これで誰も入ってはこれない、ハンガスはホッと息を吐いた。だが、次の瞬間どこからともなく少女の声が頭の中に響いた


『つぎは、おまえだ』


 ビクッ!


 ハンガスは大きく体を震わせた。周りを見る…が、誰もいない。


「ふううッ、ふう〜ッ…。き、気のせいか…、幻聴なンぞが聞こえちまうなンてな…。ビビらせやがって…クソッ、喉がカラカラだぜ…」


 安堵の息をくと喉の渇きを覚えた、無理もない…あれだけ叫び続ければ…。ハンガスは一杯の水を飲む為に器はないかと辺りを見るが運悪く手頃な物はなかった。


「仕方ねえ…」


 そう言ってハンガスはさっきまで水を被っていた桶を今度は水を飲む為に使う事にした。大き過ぎるが器として使える物はこれしかなかったのだ。水を汲んだ桶の中、水面には自分の顔が映っている。


「そ、そうだよな…。さっきはあの殺し屋の顔に見えちまった。ど、どうかしてたンだよな…」


 そう言って苦笑いを浮かべたハンガス、だがその目が大きく見開かれた。水面に映る見慣れた自分の顔が見た事のない黒髪の少女のものに変わっていく。


『にがさない…、どこまでにげても。ぜったいにゆるさない…。つぎは、おまえだ…』


 水面の中の少女は冷たい視線でそう言うとハンガスの方にその手を延ばしてくる。すると、水面から少女のものと思われる白く細い腕が現れハンガスに迫ってくる。まるで首を締めてこようとするかのように…。


「ひ、ひいィィッ!!」


 ハンガスは慌てて桶から手を離した、床に水がぶちまけられる。まるで雨の後に出来る水たまりのように丸く水場の床に広がった。


 すうう〜…。


 その水たまりから少女が目から上だけを浮かび上がらせた。


『おまえはゲンタをかなしませた…、ぜったいに許さない…』


「ゲ、ゲンタ!?だ、誰だ、そりゃア…?あ、あの余所者の商人か!?ヤ、ヤツの…ヤツのせいか?そう言えば、前にやられた時もヤツに絡んだ時だった!そ、そうか、全部ッ…全部ヤツのせいかァッ!!ヒ、ヒイィィヤアアアーッ!!!」


 そう言うとハンガスは水場を…、そして商会からも逃げ出した。逃がさない、少女の言葉に精神は完全に恐慌をきたしていた。


 次回、ハンガスと直接対決?


 『ハンガスが襲ってきた』


 お楽しみに。

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