第546話 魔鉄で出来た戦国時代の鎧と疑惑の左手(後編)
「いつから…ですか?気づいてきたのは…?」
左手の頬から右の頬までざっくりと避けた顔、ヒョイさんはいまだに穏やかで上品な笑顔のまま丁寧な口調でウォズマさんに話しかけた。
「はじめから」
ウォズマさんが油断なく両手の剣を構え直しながら応じた。
「よろしければ見抜くに至ったそのタネ明かしをお聞きしたいのですが…」
すっ…。
片手を胸に当てて軽い会釈、本当に優雅な動作でヒョイさんが尋ねる。
「いくつかあるが…一番の理由は左手のステッキ」
両手の剣の切先を地面に向けて下ろしながらウォズマさんが応じる。
「ヒョイ氏ほどの紳士なら必ず右手に持つ。それは害意なき事を示す為に…」
「どういう事だい!?双刃の旦那?」
マオンさんが尋ねた。
「王侯貴族に対する時…、最も警戒されるのは暗殺だ。ゆえに相対する時は必ず利き手を空にしてはならない。また、抜き身でない…例えば鞘に入れたままの剣を持つ場合などは必ず利き手で持つ。もし、利き手でない方に持っていたら柄を空いている方の利き手で持てば抜き打ちが出来る…。先程のオレのように」
「王侯貴族?で、でも、僕はただの…」
「そうだね、ゲンタ君。確かに君は市井に住む人だ。…だが、ヒョイ氏は紳士の鑑のような人物だ。常にその所作は優雅であり徹底されている。それはゲンタ君、君に会う時も…。いや、誰に対しても…ね。確かにこの謎の人物の所作は優雅であり声まで真似て上手く化けている。だが、徹底は出来なかったようだな…いや…」
ふぅ…、小さく息を吐くとウォズマさんは言葉を続けた。
「徹底していたと言うべきなのかな、暗殺者としては。常に標的を仕留められるよう利き手を空けておくというのは…。だが、それが仇になった。礼儀作法や所作もよく訓練されている、しかしそれ以上に暗殺者として訓練され過ぎていたようだ」
そう言うとウォズマさんは再び剣を構えた。
「………ふ、ふふふっ!」
ヒョイさんは…いや、ヒョイさんに化けて待ち伏せていた謎の人物は楽しそうに笑った。張り付いた笑顔はそのままだが今の笑いは心底楽しそうな笑いだった。
「あははは…。なるほど、なるほど、これは私の失策…だったようですね。この失敗…次に生かすとしましょうか…」
「何言ってやがる、逃がす訳ねえだろうが!」
いつの間に抜いたのかナジナさんが大剣を手にして前に出る、同時に手で合図してツッパ君たち四人を後ろに下げた。代わりに後方を守らせようというのだろう。
「いえいえ…、逃げはしませんよ。私は一度会った標的は必ず殺して帰りますから…。ふふふ…もうこれは必要ありませんね」
べりべりべり…。
謎の人物は裂け目の入ったヒョイさんの顔…いや、特殊メイクのマスクみたいな物だろうか…それに手をかけて剥がし始めた。その下にある素顔を見て僕は驚きの声を上げた。
「か、顔がッ…!?顔が無いッ!?」
□
ヒョイさんになりすましていた謎の人物、その変装マスクのような物を顔から剥がすと現れたのはあらゆるものを文字通りカミソリで削ぎ落としたかのような気味の悪い顔であった。
「な、なんだありゃあ!?…でやんす」
同行しているドワーフ一行の一人、ベヤン君が叫んだ。無理もない、まるで頭蓋骨の周りに薄皮一枚だけ残して全て削り取ってしまったかのようだ。眉毛どころか鼻すら無い。顔の真ん中に二つの穴と口、それと目はあるがあとはのっぺりとしていると同時にふさがった傷跡の為に変色した皮膚があった。まるでB級のホラー映画に出てくる怪人のようだ。
「私はね、どんな顔にも化ける事が出来る。ですが、それには元の顔は邪魔…。ゆえに剃り落としたのですよ、この手でね」
「狂ってやがる…」
ナジナさんの反応に暗殺者は平然と応じる。
「褒め言葉…と思っておきますよ。…ところで」
ばっ!!
暗殺者が軽く跳ねる。するとヒョイさんに化ける為に着ていた上品な紳士の服やシルクハット、白い手袋がその場にハラリと落ちた。そしてその数歩後ろ、手首と足首、そして首から先以外はダイビングの時に着るようなピッチリとした装束を着た不気味な顔面の人物に姿を変えた。
「前金で金貨13枚…」
言いながら暗殺者が腰の後ろから少し反りのある短刀を抜いた。逆手に持ってゆっくりとした動作で構える。
「成功した時に金貨40枚…、合わせて私の仕事料は金貨で53枚です」
「53枚…!まさか…お前はザフリー!?」
驚きに満ちた表情でウォズマさんが呟いた。
「知っているのか、ウォズマ!?」
ナジナさんが相棒に問う。
「ザフリー…。遠い異国の地で悪の帝王の意味を持つ名で呼ばれている暗殺者だ、凄腕のな。狙われたら最後、生き延びられた者はいないらしい」
ぱちぱちぱちぱち…。
ザフリーと呼ばれた男が拍手を始めた。
「私の事をご存知でしたか…。ふふ、まあ可能性はありますかね。さすがは『双刃』の二つ名で呼ばれし冒険者ウォズマ…。いえ…、その出自を考えれば…ねえ?マスレ子爵家の若君…、庶子(貴族の当主と庶民階級の女性との間に生まれた子)でありながら麒麟児とうたわれた…」
「その名はとうに捨てた」
ウォズマさんが暗殺者ザフリーの言葉を遮るように言った。そしてその隣にナジナさんが進み出た。
「殺し屋…か」
ペッ、唾をひとつ地面に吐いてナジナさんが大剣を構える。その横でウォズマさんも剣を構えた。
「すまない、フウェ嬢…。誰が狙われているのかは分からないがオレにはゲンタ君には恩がある、本来なら今日は貴女だけを守るべきだが今はゲンタ君も守りたい。貴女のそばを離れる事になるがこの者は必ずこの場で討ち取る、それで許して欲しい」
暗殺者から一瞬も目をそらさずウォズマさんが言った。
「安心して下さい、今回の殺しの依頼は彼女ではありません。今後は知りませんがね。ですから邪魔をしないで下さい、殺しますよ…。ああ、それと…」
ザフリーがフッと笑った。
「気に入らないんですよ、ザフリーの名は…ね。私の事はリュセ…、リュセと呼んで欲しいものですね」
ザフリーが自嘲気味に名を名乗った。
「何がリュセじゃい」
ガントンさんも前に進み出る、いつもの両手持ちの大戦鎚ではなく片手で扱える大きさの戦鎚を手にしている。
「んだ、古い言葉で子供のような…っちゅう意味だんべか。殺しを売りにしてるモンに使って欲しくない言葉だんべ」
こちらはゴントンさん、兄のガントンさんと同じく両手持ちの大戦斧ではなく片手で扱える手斧をを構えている。
「さすがは長寿のドワーフ族、古い言葉もよくご存知で…」
感心したようにザフリーが呟いた、その暗殺者ザフリーの排除にガントンさんたち兄弟も加ってくれるようだ、同時に弟子の皆さんに指示を出す。
「お前たち、坊やを守れイッ!!」
その言葉に反応しベヤン君たちが僕の前に隊列を組み壁を作った。だが、ザフリーは余裕のある態度を崩さない。
「さて、仕事を始めますか…。楽しみですよ…、『双刃』に『大剣』。さらには『剛砕』に『剛断』…、二つ名持ち四人の護衛を潜り抜けての殺し…、久々にやりがいを感じてきましたよ」
ゆらり…。
ザフリーがグデングデンに酔った人のような妙な歩き方をしながらこちらに向かって近づいてきた。
次回予告。
ついに暗殺者ザフリーとの戦いが始まった。凄腕の戦士4人の護衛をくぐり抜け必殺の一撃を放つ。その時、ゲンタは…?
異世界産物記、第547話。
『キエエエエェェッ!!!!』
お楽しみに!