第542話 本体は鞭? (前編)
フウェ…フランス語で鞭の意味。
おかげさまで本作が第9回キネティックノベル大賞の二次選考を通過いたしました。これを励みにより精進してまいります。
その日、僕は商談をすると事になったていた。
商談相手はフウェ・ネネトルネさん、僕よりも少し歳上と思われる女性である。いくつもの都市にお店を構える大商会ネネトルネ商会を営む一族の一人でありここミーンから馬車で数日の都市にある支店を任されているそうだ。
会うのは今回が初めてではなく過去に何回か取引がある、最初にその名を聞いたのはいつだったか…。ああ、会うなり共感したガントンさんたちとナジナさん&ウォズマさんが軽く一狩猟行ってみたら巨大猪を獲ってきちゃった時だっけ?
そんな大物が獲れた知らせはあっと言う間に近隣に伝わりあちこちの貴族やお金持ちから注文が入った。ネネトルネ商会もそのひとつ、ナジナさんたちのお得意様のひとつという事もあり名前を知るに至った。それから僕も知遇を得る機会があり紅茶などいくつかの品を卸す事になり、商売をさせてもらっている。大事なお得意様だ。
「お待たせいたしました。それでは商談に参りましょう。いつものようにマオンさんの家でお茶でも飲みながら…」
「は、はい…」
僕の移動を促す言葉に吃りながらフウェさんが応じた。いくつもの都市にまたがって商いをしているというネネトルネ商会のお嬢様であるフウェさんだか人と話す時は緊張気味だ。口八丁手八丁というタイプとは正反対の彼女だが商売のやり方は確かだ、そしてなにより丁寧で誠実である。
そしてこのフウェさん、商人というだけでなく冒険者ギルドに在籍もしている。ネネトルネ商会の家訓として大規模であろうと小規模であろうと商売は商売、離れた場所に物を持って行って売る事に交易も行商も何の差があるものかというのがあるらしい。フウェさんは何人も引き連れての大規模な交易のような大商もするが小商の行商のような事をする事もある。その際は単独あるいは少人数での行動をする事もあるらしい。町から町へと移動、その際にただ移動するのではなく狩猟や採取も行う事もあるという。それを売るのに冒険者という肩書きが丁度良いのであろう。
だけどそれは移動の際ですらビジネスチャンスを探しているという事だ。わずかな時間でさえ利益を追求する…その考え方を初めて聞いた時には強い衝撃を受けたのを覚えている。
そんな彼女を伴ってマオンさん宅に戻ろうとした僕を呼び止める声がした。
「あ、ゲンタさん!ゲンタさん宛に矢鳩が手紙を運んできましたよぉ」
矢鳩は地球で言えば伝書鳩だ、そのスピードは地球の鳩よりかなり速く短距離も長距離もこなせるマルチな陸上選手みたいな感じだ。そんな矢鳩の足に結え付けられていたレシートほどの小さな紙を持ってフェミさんが走ってくる。
「僕に…?って事はゴクキョウさんかな、わざわざ手紙を送ってきたという事は急ぎの知らせ、あるいはすぐに返事が欲しいって事かな?」
とりあえず書面を見てみない事には始まらない、僕はフウェさんに一言かける。
「フウェさん、申し訳ありません。少々お時間をいただきたいのですが…」
「は、はい…。では、私は足が遅いですから先に向かっておきますぅ…、商人としてもよりミーンの町を見て起きたいので…」
足が遅いというのは確かにあるかも知れない、のんびり屋さんみたいなイメージが彼女にはある。だけど凄いなあ、確固たる地位の商人なのにわずかな時間でも何かに活かそうとする姿勢…。僕もそう出来るように常に精進していこう。
□
スーパーで買い物した後に受け取るレシートほどの大きさの手紙を確認するとゴクキョウさんは一度戻った商都での所用を済ませこちらに向かうと記してあった。ちなみに使っている紙は僕が販売したコピー用紙を小さく切った物だ。この世界の紙より薄く丈夫なのでその分たくさん文字が書ける、僕はそのたくさんの文面を書く為に小さく書かれた文字を読み進めていった。
「うーん、これはいついつミーンの町に到着予定みたいな知らせだなあ。もう商都を出発していた後だし返書は書いても意味はない…。そうなるとこちらは万全の体制で迎えられるようにしておけば良いかな」
フェミさんによればゴクキョウさんの宿屋の建設に深く関わっているガントンさんにも矢鳩は来ているとの事。この分だとヒョイオ・ヒョイさんやナタダ子爵家にも知らせが届いているかも知れない。
「そうか…、やる事が大きくなるほど…関係各所が多くなるほどこういった事前の連絡が大事なんだな…。またひとつ、学ばせてもらいました…ゴクキョウさん」
そう呟いてから僕はマオンさん宅に戻る事にした。
……………。
………。
…。
朝食販売を終えて手伝いをしてくれたダン君とギュリちゃんに日当を支払って僕たちは冒険者ギルドを後にした。今日一日の護衛として周りを固めるのはミーン釣槍隊を名乗る人魚族の三人組。イールさん、ナギウさん、ヒツマさん、人魚族と言っても男性だ。ちなみに女性は女人魚族と呼称する。そしてマオンさんとミアリスを加えた六人で家路につく。先に向かったフウェさんを追うような感じで…。
道中、イールさんたちは元々は漁労の際に使っていた銛を戦闘にも使えるように加工した三叉槍を引っ提げて周囲を警戒する。やはり襲撃事件の直後でもあり、いつもより力が入っている。鞘に入れてはいるが手にした三叉槍をしっかりと持ち油断なく辺りに気を配る。その手にしている三叉槍は彼らが言うには漁にも使え戦闘にも使えるこれは最も手に馴染む武器であり人魚族のシンボルでもあるらしい。
僕はと言えばガントンさんたちに打ってもらった成人の証としての意味もあるミスリルの短剣を日本の武士が差していた脇差のようにして身につけている。マオンさんとミアリスは武器のような物は持ってはいない。ちなみに冒険者の登録もしているフウェさんは長い革の鞭を所持し、それをクルクルと丸めて腰のベルトに留めて提げていた。服装もまた旅人が着るような質素かつ機能的なものだ、華美なものではないそれを選ぶ彼女に僕は好感を覚えている。
そんな中、マオンさん宅に向かっていると通りの先にフウェさんの後ろ姿が見えた。
テクテクテクテク…。
フウェさんは普通に歩いているのだが、自分で言うだけあってやはり少し遅い。
こてっ。
「きゃっ?」
何も無い所で躓きバランスを崩すフウェさん、幸い転倒こそしなかったがなんだか危なっかしい。これは早く合流した方が良いかも知れない、…なんて言うかそれが一番安心できる。そう思ってフウェさんに向かって足を急がせる。
…と、そこにフウェさんの道を塞ぐ二人組が現れた。ひとりは小男、もうひとりは上背もあり肉もそれなりにしっかり付いた巨漢。いわゆる凸凹コンビだ。あの二人…見覚えがある、あれはたしか最近町にやってきた冒険者だ…。僕を襲撃した奴らが捕縛された後に来たんじゃなかったっけ?そう言えば今朝の冒険者ギルドにもいたな…、僕たちよりもはるか先にギルドを後にしていたからなんらかの依頼でも受けて仕事に出たんじゃなかったのか?
「あっ!?なんかフウェさんが困って…いや、怯えているみたいだ!」
視線の先、フウェさんと二人組はどう見ても仲睦まじいという言葉からは程遠い雰囲気だ。ニヤニヤと笑いながら近づく二人組、対してフウェさんは後ずさっている。
「こりゃマズイ!急ぎましょう!」
僕はイールさんたちにそう声をかけてフウェさんの元に駆け出した。




