第54話 納品とリサイクル。えっ?こんな物が売れるんですか?
書き出しはなんというか…、つい思い付きでやりました。
後悔は…していません(笑)
(シルフィ)姉さん、事件です!!
光の精霊サクヤが連れてきた黒髪の女の子。彼女はサクヤとは双子の姉妹で闇の精霊『シャルディエ』であるという。
初めて出会った僕と彼女だけど、何故か僕は彼女の…精霊のキスにより『闇の精霊の祝福』というのを自覚しないうちに受けていた訳で…。
闇精霊の少女。人間である僕らの感覚から言えば年格好は小学校低学年くらいの姿にしか見えないのだけれども、どうも僕には彼女の思惑通りにその唇に意図せず触れるという…なんて言うか可愛い小悪魔の作戦にまんまと乗ってしまったようです。
このまま何も起こらなければ良いんだけれど…。
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闇精霊の少女に『名前をつけても良い?』と聞いてみたところ、こくり…と首肯いたので彼女に名前をつける事にした。
太陽のようなサクヤに対し、月のように静かに微笑むイメージから『カグヤ』と名付けてみた。双子の姉妹と聞いたし、似たような響きを持つ名前が良いかなと考えたからだ。
『カグヤ』の名前はどう?と彼女に尋ねたら気に入ってくれたようで静かに微笑みながらゆっくり首肯した。どうやら気に入ってくれたようだ。
名前の由来は当然、昔話のかぐや姫…中学校の古典の授業で言えば竹取物語から。月のような静けさと、満ち欠けをして姿形が変化するミステリアスな感じ…、そんな月のイメージを名前に込めたかったというのもある。
すり…すりすり…。カグヤは名前が決まった後、僕の肩の上に座り今は僕の頬に触れた手をたまに撫でるように動かす。サクヤは確か名前を付けた時にはペタペタと好奇心のままに触るような感じだったが、カグヤは違う。感触を確かめるように…、あるいは楽しむように触れている。とりあえず僕は彼女の好きにさせる事にした。
双子の姉妹。髪の色が…、そして間近で見て分かったのだが瞳の色は黒い。なんというか日本人に近い。
「これからよろしくね、カグヤ」
僕は新しく名前を付けた精霊にそう声をかけた。
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冒険者ギルドから出た僕はマオンさんと共に雑貨屋のお爺さんの所に向かった。宴会の時に約束した先割れスプーンを納品する為である。
その道中、サクヤとカグヤは現在背中に背負ったリュックの中にいる。ぶどうゼリーにジャムパンを食べてお腹いっぱいになったサクヤが眠たそうになり、カグヤもサクヤ程ではなかったが休ませた方が良いような気がした。
どうやって休ませるか悩んだが、パンが完売しすっかり軽くなったリュックにサクヤがモゾモゾと入っていった。それを見たカグヤが僕の方を見て頷いて見せた後、リュックに入って行った。サクヤの事は任せて、そんな風に言っているように思える。
うーん、やっぱりカグヤはしっかりしてる。あらためてそれを実感した。
駅近くの百円ショップで購入したステンレス製先割れスプーン、これを雑貨屋のお爺さんに納品する。彼によると、白銅十五枚(日本円にして千五百円)ほどで販売すると言う。
百円で仕入れてきた物をその値段で売るのは高いような気がするが、この世界の食器類は…、食器以外もそうだが基本的に手作りだ。だからどうしても割高になる。
その食器類も木製がほとんどだと言う。ゆえに金属製の物となれば更に割高になる。その点から鑑みれば、先割れスプーンは金属製の高級食器であり匙と叉の二つの機能を併せ持つ。それをこの値段で売ると言うのは相当な価格破壊だと言う。
「兄ちゃん、欲が無さ過ぎるぜぇ。そこらの冒険者ならいざ知らず、あの馬鹿やウォズマみてえな腕利きならこのスプーン、倍の値でも買うかも知れねえのによ」
僕とマオンさん、そして雑貨屋のお爺さんがペットボトルから注いだ緑茶を飲みながら談笑する。
「本当にねえ…。この子は中にジャムを詰めたパンだって白五(白銅貨五枚の事、日本円で五百円)で売ってるんだよ」
「おいおい、そりゃあ狂気の沙汰だぜ。『エルフのジャム』なんてひと舐めでいくら取られるか分からねえお宝じゃねえか!」
驚いたような声を上げお爺さんが信じられないといった目で僕を見ている。
「い、いえ、『エルフのジャム』ではなくてですね…」
「お、なんだ?違うのか?」
「はい。エルフ族の秘伝のジャムではなく、別の物です」
「だけど、紛い物って訳じゃないんだよ。『エルフのジャムとはまた違った爽やかな酸味と甘さがある』ってシルフィ嬢ちゃんのお墨付きだよ!」
「おうっ、あのエルフの嬢ちゃんがかいっ?」
「はい。エルフのジャムと区別する為にシルフィさんたちと相談して『乙女のジャム』と名付ける事にしました」
「そりゃあ凄えな、凄え事だぜ!『乙女のジャム』か…語呂も悪くねえ。何よりそんな名前を付けるたあ『エルフのジャム』の対を張れるってこった。あの嬢ちゃんが言うなら間違い無えだろうよ」
言い終わって、ずず…とお爺さんが一口緑茶をすする。
「…ぷはあぁぁぁ!美味えなあ、この緑茶ってなあよう。貴族どもが高え金積んで紅茶を飲むって言うが、これなら少しは分かる気がするぜぇ。
「気に入ってもらって良かったです」
そう言って僕は緑茶を注ぎ終わった空になったペットボトルをリュックに入れようとする。
「な、なあ兄ちゃん」
「はい、何でしょう?」
「その入れ物、見せちゃくれねえか?」
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雑貨屋のお爺さんいわく、空になったこのペットボトルを色々調べて『この入れ物は凄え』との事。
「軽くて、透き通っているから中身も見える。こりゃあ硝子みてえな代物だな。硝子なんてよう、高え水薬入れるようなもんだ。それに硝子だって高えからなあ…。だけど、落としたら当然、何かとぶつかっても割れちまうしなあ」
「あ、それなら大丈夫ですよ。これは少し落としたくらいなら割れません。凹む事はありますけど」
「な、なんだって!そんなバカな…」
「試してみましょう」
そう言って僕はペットボトルを手に取り、手を離して地面に落下させた。こーん、ころころ…、一度バウンドし転がる軽く乾いた音を立ててペットボトルはその動きを止めた。
「こ、こりゃあ凄え!凄えぞ、若えの!こいつあ冒険者どもが喜んで使うぜぇ!」
ペットボトルを拾い上げ、お爺さんが目を輝かせて言う。
「水袋っなあよ、獣の革を上手く処理して作るモンだ。だけどよ獣の腸から採った獣脂で革を煮詰めて水漏れしないように加工するから、どうしたって臭え!『鼻をつまんで水を飲む』ってなあ、冒険者の苦労話によく出てくる奴だ、…だかよ」
ペットボトルのフタを開け中の匂いを嗅ぐ。
「ちっとばかし嗅ぎ慣れねえニオイもするが…、こんなのはちっとも屁でもねえ!それに革の水袋と違って水に変な味が染みこんでなんかしねえ!さっきの緑茶が証明してらあ!な、なあ若えの、こいつも店に置かしちゃくんねえか!?」
ずいずいずいっとお爺さんが詰め寄ってくる。
「こりゃあ凄えぞ!割れない、変なニオイも味も付かねえ!中身も一目で分かる、こりゃあ優れモンだ!見た事も聞いた事も無え!冒険者が…、いや世の中が変わるぜえ!」
500mlのペットボトル、それに大きな可能性を感じたのかお爺さんはやけに熱心だ。
「分かりました。いくつもある訳じゃ無いんで数個ずつとか、たまにまとめてみたいな感じですけど…」
「ああ、それで良い!」
「それと…、大きさにはいくつかあって…」
そう言って僕はリュックから2リットルサイズのも出した。
「この大きさもあります。その小さいやつの四倍の量が入ります」
「な、なんてこった…」
お爺さんが呆れたような声を漏らす。
「こんな凄えモンを用意できるなんて…。若えの…お、お前さんは一体何者でえ!?」
「えっ、ぼ、僕ですか!?」
お爺さんが僕以外に誰がいるんだとばかりに首肯いた。
「僕は…」
何て言おう?えっと…、そうだ!これでキメてやる!
「パンを売る冒険者、ゲンタです」




