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第538話 パワーアップと覚醒


「ク、クーゴ…アンタ…」


 突如変貌した相棒の姿にイッフォーさんが目を丸くしている。いや、驚いているのはイッフォーさんだけではない。今ここにいる全員が彼の姿の変わりように驚いていた。


 そこにいるのは金色の毛並を持つ狐…の獣人、クーゴさん。髪も尻尾も金色になって逆立っている。そして何故か風も無いのに揺らめいている。まるで上昇気流か竜巻の中に立っているかのようだ。


「静かな…気分だ」


 クーゴさんがぽつりと言った、いつもより若干声質が低い。


「俺の体から発する闘気は嵐のように抑えが効かない、だがその中心たる俺の心中は風のない日の水面みなものように穏やかだ…。だが…」


 グッ…、クーゴさんが片手に軽く拳を握った。もこぉ…、元々鍛えられているクーゴさんの腕だが今はいつもより力瘤ちからこぶがハッキリ浮かび上がる。


「パワーだ…。パワーに溢れている…」


「これは…。クーゴ、あの状態なら基礎体力は二倍…三倍、いや…いつもの十倍はパワーアップしているぞ!」


 ウォズマさんが見立てを語る、よく分からないけど歴戦の強者たるウォズマさんがそう言うのならそうなのだろう。


「体からパワーが湧いてくる…この『いンなりィずしィ〜ン』は…。いや、呼び方がどうも気が抜けるな。坊や、他にも呼び名があると言っていたな」


「え、ええ。おいなりさんですね」


「そうだ、それだ。俺は今後その呼び方をするとしよう」


 たしかにイッフォーさんの口調からそんなアクセントになってしまった感のある『いンなりィずしィ〜ン』は発声すると力が抜けちゃうもんなあ…。そんな中、イッフォーさんがふたつ目のいなり寿司に手を伸ばそうとする。


「ねえねえ、クーゴ!アタシにもそれ、もうひとつ頂戴ぃ〜ん!」


「これは俺の『おいなりサン』だ!」


「あァ〜ん!いけずぅ、これはふたつ食べるから意味がある…アタシそう思うの!だからね、お願ぁい!」


「お前にはそっちの薄紫のパンがあるだろ…、俺にも味見にひと口は残しておけよ」


 クーゴさんが蒸しパン…、ブルーベリーが練り込まれたパステルカラーの紫がかった物を指差した。


「んもう!でも良いわ、こっちのパンも可愛らしくて美味しそうだからン!」


 そう言うとイッフォーさんはブルーベリーの蒸しパンを指でちぎってクーゴさんの試食分を残すと残りを口に運ぶ。どうやら気に入ったようで無言で一気に食べていく。


 一方でクーゴさんはブルーベリーの蒸しパンを食べると果実の味だなと呟く、どうやらいなり寿司の方が断然気に入っているようだ。すぐさま残るいなり寿司を平らげていった。


「きゃアゥゥンッ!!」


 パンを口に運んだイッフォーさんがいきなり立ち上がるとビクンと体を震わせ直立したまま動かなくなる。まるで精神がどこか遠くへと行ってしまったかのようだ。そして数秒後、ふう…と小さく息を吐くと体に動きが戻った。


「イッフォー…、お前…大丈夫か…」


 心配したのだろう、クーゴさんが横に来てイッフォーさんの肩に手を置こうとする。…が、一瞬先にイッフォーさんが体をわずかに横に移動していた。クーゴさんの片手が空振りするような形になる。


「え…、これ…何?なんなの…この感覚…」


 イッフォーさんがひとちた。


「今のは…クーゴよね…。こうすると…こうくる…、だからこうする…。そう、これだわ…」


 そう言うとイッフォーさんは僕たちのいるテーブルから少し離れると愛用の反りのある小剣ショートソードを鞘から抜いた。そして手拭いの布を取り出すと刀身に巻き付け始めた。そして相棒に声をかける。


「ちょっと、クーゴ!今すぐアンタもその剣をこれと同じようにしてアタシに打ち掛かってきなさい!」


 イッフォーさんの口から出たのは突拍子もない言葉であった。



 だんっ!!


 クーゴさんが床を蹴って踏み込む。まっすぐに、そして力強く。手にした布を巻きつけた小剣、イッフォーさんの物とは違いこちらはまっすぐである。


「しゃあっ!!」


 力強く速い、遠目に見ているからなんとか分かるがもしも近くで相対あいたいしていたら僕は反応も出来ずにやられているだろう。


「速い」


「ああ」


 ウォズマさん、ナジナさんは冷静にそれを見ている。焦っている素振りはない、おそらく戦う事になっても対応できる自信があるのだろう。そしてイッフォーさんは…。


可視えるわァッ!」


 先程と同じように体を横に移動させクーゴさんの一撃をかわす。


「ッ!?それなら!」


 ブンッ!!クーゴさんが第二撃となる横薙ぎを放つ。…が、それもイッフォーさんはかわす。


おとりだな」


「ああ、次が本命」


 ナジナさんとウォズマさんが呟く、その言葉通りクーゴさんは横薙ぎを止め踏み込む。二撃目をかわしたイッフォーを追って踏み込んでの突き。


「こう避ける、するとこう突く。だからこう避ける…」


 くるり…。見えにくい角度から脇腹を狙っての突き、イッフォーさんはそれをターンをするようにかわした。そして…。


「そこっ!!」


 いつの間にか逆手に持ち替えていた小剣で今度はイッフォーさんが斜め後ろからクーゴさんの脇腹を狙って斜め後ろから突く。


「遅いぞ、イッフォー」


 そう言ってクーゴさんはこれを難なくかわす。そこで二人は少し距離を取った。


「あァん!!残念、今のをかわされるなンてぇん!!」


「あのタイミング、今の俺がパワーもスピードも上がってなかったら当たっていただろうな…。それよりイッフォー…お前、俺の攻撃がどう来るかはじめから分かっているかのようなかわし方だった…。そうでなければお前の普段のスピードからは避けようがないはずだ。もしやお前…、分かっているのか?」


「ウフ!」


 ぱちりとイッフォーさんがウィンクする。


「そうなの!あの紫のパンを食べたら…なぜだかアタシ、次にクーゴが何するか分かっちゃうの!見えてるって言うのかしらン!初めての感覚よォ!それだけじゃないわンッ!なぁんかとぉっても目が良くなっちゃってェ、アンタの髪の一本一本までよぉっく分かるのォ!!」


 え?何それ?たしかにブルーベリーは目に良いとは聞くけど…。


「ウフン、さあもっとやるわよォ!」


「そうだな。俺もまだまだパワーを上げてやってみるか」


「あらン?生意気!まだ本気出してなかったって言うのね?じゃあ、アタシも…」


 やるか…、そんな雰囲気になった時の事だった。朝のハカセさんが力が抜けてしまった時のようなプシューという音がしたかと思うとイッフォーさんとクーゴさんの二人がなんだか戸惑っている。


「あ、あらっ?な、なによ!これからだって時にィんっ!」


「ぐっ…力が抜けていく…」


 クーゴさんの金色だった毛色が元の黒いものへと戻っていく。どうやら口ぶりからイッフォーさんのよく見えているらしい目も元に戻ったようだ。


……………。


………。


…。


「残念ねえ…ずっとってワケじゃないのねぇん」


「ああ。それにあの紫のパン…、俺には効果がなかった。どうやら誰にでも…というワケでもないようだ」


 いなり寿司とブルーベリー蒸しパン、ふたつの食べ物による一時的なパワーアップの効果が切れるとイッフォーさんが寂しそうに呟いた。


「そうね、『いンなりィずしィ〜ン』も美味しかったけどアタシの体に力はみなぎらなかったし…」


「だが、得るものもあった。あのパワーとスピード…、身に付けば俺たちはさらに高みを目指せる…」


「ええ…、アタシは筋肉が付きにくい体質だけど筋肉が付かないなら付かないで鍛えられるものがある事が分かったわ!」


 どうやら二人は残念がるだけではなく新たな目標を立てるようだ。


「ありがとね、ゲンタちゃん!」


「感謝する」


 そう言ってイッフォーさんとクーゴさんは今日の仕事に出て行った。だが、この時の僕は気づいてはいなかった。今回の件が意外なところで喧伝されていてそれに巻き込まれる事になるとは…。予想だにしていなかったのである。

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