第537話 いなり寿司ィ〜ん
はじめに申し上げます。
やりすぎたかも知れない。
決して怒らないでください。
ゲンタ達を襲撃した男たちが厳しい裁きを言い渡されていた頃…。
冒険者ギルド内は今年一番の騒がしさが収まりようやく落ち着きを取り戻していた。救助に来てくれた冒険者の皆さんにお礼代わりにカレーライス無料を打ち出したところ、全員が食べるわ食べるわ…。 少ない人でも二杯、多い人は五杯も食べていった。
「腹ン中がパンパンだぜ…」
そんな食べ過ぎ気味なお腹を抱えてみんな今日の仕事に出ていった。みんな幸せそうな顔をしていたがあんなので大丈夫だろうか?場合によっては猛獣とかと出会す事もあるんだし…。
「まっ、大丈夫なんじゃねーの?飢え死には聞いた事あるけど食い過ぎで死んだ…なんてのは聞かないし」
そう応じたのはマニィさん、心配いらねーよと彼女は言う。そんなものなのかな、…まあ皆さんプロだし僕なんかよりはるかに場数は踏んでいる。冒険者らしい仕事をした事がない僕なんかよりはるかにそのあたりは心得ている事だろう。
「それはそうと…そろそろナジナさんたちが戻ってくる頃でしょうか」
シルフィさんが言った。それと言うのもナジナさんとウォズマさん、そしてイッフォーさんとクーゴさんは今回の件について兵士詰所で聴取に応じている。目的が僕だったとはいえ荒事に慣れていない僕よりも彼らの方がよほど今回の襲撃について端的に説明できる。それに朝食の販売を今か今かと待っている冒険者の皆さんもいる。
そう言った訳でナジナさんたちは襲撃時の当事者としてナジナさんとウォズマさん、そして二十人を超える暴漢たちを一網打尽にするギルドからの応援を呼んできたイッフォーさんとクーゴさんが後から来た冒険者の皆さんの代表として聴取に向かう事になった。そんな彼らが帰ってくる、出迎えと朝食の用意をしなきゃ…そう思った時の事だった。
「あ…、カレー売り切れになってたんだ…」
僕の背中に冷たいものが走った。
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「いやー、悪いな兄ちゃん!俺はこのウインナーパンがあれば…んぐんぐ。そんでこっちの四角いパンにはジャムでもなんでも塗り放題、嬉しいねえ…」
「相棒、食べるかしゃべるかどっらちかにしろ」
「もぐもぐ…、良いじゃねーか!このジャム、最高だねえ!もし交易の商人からジャム…、たとえばエルフのジャムなんて買ったら銀貨が何枚飛んで行くか…」
満面の笑みでナジナさんがウォズマさんに応じている。
「ホントよぉ〜!!こんなに美味しいジャムを好きなだけ食べられるなんてぇんっ!!それに…これは何かしらんっ!?アタシ、気になるうっ!」
そう言っているのはイッフォーさん、テーブルの上にジャムやマーマレードを見て乙女のようにはしゃいでいる。その彼…いや、彼女(!?)と相棒のクーゴさんの前にはひとつのパンとお惣菜が置いてある。ひとつはうっすらとパステルカラーの紫がかった蒸しパン、そしてもうひとつは…。
「ねえねえっ!!ゲンタちゃん、この茶色くて丸っこい食べ物は何かしらんっ!?」
お惣菜が気になるようでイッフォーさんが尋ねてくる。
「それはいなり寿しです、おいなりさん…なんて言ったりもしますね。」
「アタシ、気になる!さっそくひとつ…」
ひょいっといなり寿司をひとつ摘むとイッフォーさんはそれを口に運んだ、半分ほどを噛み切りモグモグと咀嚼する。
「うっ…、うまっ…FOoooCH!!!!!」
ばっ!!
露出狂の人がそうするようにいきなりイッフォーさんは立ち上がると服の前を全開にしてテーブルの周りを興奮した様子でグルグルと回り出した。だが、安心してほしい。ズボンは履いている。
「なァんて素晴らしいのかしらンッ!!『いなりずぅしイィ〜ん』!」
まるで生卵〜といった感じの妙なアクセントでいなり寿司を語るイッフォーさん。体をクネクネさせて喜びを全身で現している。
「あァん!まずこのカタチよねェ、このカ・タ・チ!!なァんてアタシの心をくすぐるカタチなのかしらン!!この頬擦りしたくなるようなカタチ、それにこの表面のシワシワ…タマんなぃわあ〜!」
「イッフォーさん、なんかヘンな事言ってる…」
カレーの売り子をしてくれているギュリちゃんがボソッと呟いた。…うん、そうかも知れない。良い子は染まっちゃダメだよ。
「そしてこのお汁がたぁ〜ぷりの…アンッ!ア、アタシのおクチから溢れちゃう!それに見て見てェんッ!?この中身!ツブツブ、プリップリの白いモノがァんっ!!お、おクチに入りきらないィィんっ!!うふんッ、お…おいひぃ…」
そんなイッフォーさんを半ば呆れ顔でみながら相棒のクーゴさんもいなり寿司に手を伸ばした。
「騒ぎ過ぎだぞ…イッフォー。どれ…俺も食べてみるか」
ぱくっ。
カッ!!クーゴさんが目が大きく開かれた。
「いンなりずぅしぃ〜ンの事かあーッ!!!」
ブワッ!!クーゴさんの髪も狐獣人のシンボルである尻尾も一気に毛が逆立った。そして…。
「ク、クーゴ…、アンタ…髪も尻尾も…毛色がき…金色になってるわよ…」