第536話 あの御方をどなたと心得る!?(ざまあ回)
ゲンタが冒険者ギルド内で冒険者たちに無料でカレーライスを振舞っていた頃…。白々と夜が明け始めたミーンの町、そこを兵士に引っ立てられながら歩く男たちがいた。全員が両手を後ろ手に縛られ兵士たちに早く歩けと責め立てられている。
「なあ…、俺たち…どうなるんかな?」
縛られている男たちのひとりがそんな事を呟いた。先日、冒険者ギルド内でゲンタたちに絡んでいた男だった。
「…知らねーよ。だけど…そこまで重いお咎めにはならねえんじゃねぇの?」
連行されていく集団の中、近くを歩いていた男が小声で応じた。この男は冒険者ではない、ギリアムと付き合いのあったゴロツキのひとりである。
「アイツ…冒険者なんだろ?商業ギルドには属してねーから身分は商人じゃねえ。商人襲ってカネや物を奪ったりすりゃ縛り首もありうるけどよ、冒険者襲ったッてンなら話は別だろ」
「あ?どーいう意味だよ?」
「だからァ、今回は冒険者同士のいざこざって事になるンじゃね?」
「まあ…、そうかもな」
「だったら話はカンタンだ。冒険者同士がもめたり喧嘩したくらいで罪になっか?」
「い、いや、ならねーな…。そもそも衛兵がわざわざ来たりはしねえし罪には問われねえな…。そ、そうか、そーいうモンだよな」
話しかけた冒険者の声が少し明るいものに変わった。
「ああ、俺はこの町で長いからよ…こーいう事はよく見聞きしてるんだ。多分、軽いお咎め…まあ棒打ちくらいにゃあなるかも知れねーけどよ…。十回…いや、ちょっとケンカが派手になっただけって事になりゃ五回くらいで済むかもな。まあ、刃物抜いちまった奴はもう少し重いかも知れねーが…」
どうせ大した罪にはならず自分たちはちょっと痛い目に遭うくらい…、暴漢たちはそんな見通しをしていた。それがとんでもなく甘い考えであるとも知らずに…。
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ゲンタを襲撃した男たちは仮の牢にギュウギュウ詰めで押し込まれた。無理もない、いきなり二十人も捕縛されるなどここ数年はなかったからだ。首謀者と思われるギリアムは別に捕らわれている、今頃兵士などに尋問でも受けているのだろう。
「ケッ…!狭えなあ…」
捕らわれている男たちのひとりが不満を呟いた。
「どーせ棒打ちかなんかなんだからさっさとしろよなぁ…ったく、…おっ?」
仮牢(日本でいう留置所のようなもの)にひとりの兵士が新たにやってきた。
「今朝の襲撃事件を起こした二十人、出ませい!!」
牢の扉が開かれた、その声に従い男たちは縛られたまま牢を出て裁きの場へと歩かされる。裁きの場は室内ではない、兵舎の脇、屋外である。そこに着くと地面の上にひざまづくように命じられる。そしてそこに現れたたのは身なりの良い武官である。服装から兵士ではない、騎士階級と思われた。
「さて…。早速だが…、裁きを言い渡す」
ここ異世界において罪人への処罰は何ヶ月もかけて検事と弁護士による主張を聞いた後に判事が判決を下す現代日本のようなものではない。その犯罪に手を染めた事が明らかであれば即日処分が下されるのが普通だ。弁護士などはいない、そもそも罪人側に抗弁の機会は無いのだ。
「こやつらを当ナタダ子爵家の寄親…、パインフラット侯爵領…テムトアール鉱山送りに処す…。一同、立ちませい!!」
「なっ!!な、なんでだァッ!?なんでテムトアールなんかに…!!お、俺たちに…俺たちに死ねってのかよ!おい!?」
冒険者のひとりが騒ぎ始めた。
「重すぎるだろーがよッ!!せ、せいぜい、棒打ちか町からの追放…そンくれえじゃねえのかよ!!?」
唾を飛ばしての猛抗議だ。
「お、おい?なんでそんな焦ってんだ?そりゃ、鉱山送りは重すぎるけどよ…」
この町で生まれたゴロツキが尋ねる。
「お、俺ァ知ってンだよ!こちとらあちこち流れ歩いた冒険者だ、テムトアールだって行った事がある…。金を掘り出す鉱山の町だって言うから景気が良いかと思ってよ…、そしたら…」
ごくり…。
冒険者の男の話を聞く中で誰かが飲み込んだ生唾の音が妙に大きく響いた。
「あ、あそこは…、あそこはこの世の地獄だ…。木も…そ、それこそ雑草一本生えねえ土地なンだ!!ヘンな色した水たまりとかあってよォ…それに触れただけで肌はかぶれ黒く変色するって話だ!下手すりゃ生きながら手足が腐っちまうンだってよ!!坑道の中はもっとだ…、妙な匂いがする時があるらしい、するとそこにいた奴らは喉や胸を掻きむしってそのまま…し、死んじまう事だって珍しくないンだってよォォ!!」
「「「「え、えええええっ!!!!」」」」
男たちが今日一番の大きな声を上げた。
「な、な、なんでだよッ!!ぼ、冒険者を襲っただけなのに!」
「そうだ!それがなんで!?こ、こんなのよくある町の諍いじゃないか!!」
「ま、町に品を卸す商業ギルドの会員…商人じゃねーんだろ!?だから、町の荷を止めた罪には問われねーはずだ!こんな裁きはおかしい!!」
ぎゃーぎゃー!!大声で文句を言う男たち。
「黙らせろォッ!!」
騎士が上げたその声と同時に周りの兵士たちが棒などで罪人たちを殴りつけ物理的に静かにさせた。
「お前たちが襲った御方をどなたと心得る!!畏れ多くもナタダ子爵家御息女モネ様から師父の礼を受けたゲンタ殿なるぞ!」
「はあ?しふのれい?なんだそりゃァ…?」
男たちは出てきた単語の意味が分からず困惑の顔だ。
「知らぬなら教えてやろう。貴族家の令息令嬢が学ぶ際に師となられる方がおる、中でも特に力を入れて学ぶ学問の師や将来成人した後にも近侍し支えてもらいたい方には特に師父の礼を行う。これは自らの師であると同時に父にも等しい御方であると宣言しているのだ」
「そ、それがなンだっててんだよッ!!」
「分からんのかッ、愚か者!!御令嬢の父君様となれば子爵様をおいて他にはない!つまりお前たちは子爵様にも等しい方を…、いや子爵様を襲いお命を奪おうとしたのも同じ罪なのだ!!」
「「「「えええええッ!!?」」」」
「ゆえに本来ならば縛り首ですら飽き足らぬ…。生きながらの火炙りの刑か、磔刑(十字架に縛り付けられすぐには死ねず長く苦しむように脇腹から槍を何回も突き刺す処刑法、非常に残酷)か…いずれにせよラクに死ねると思うな!!…だが、ゲンタ殿は血を見る事…残酷な刑をお望みにはなるまい…。ゆえにお前たちが死罪とする事は免じ鉱山街に送るものとするのだ!!不服だと言うならばッ、今すぐこの場で死罪にしてやっても良いのだぞ!!」
「そ、そ、そんな知らなかったンだァ!!俺に恥をかかせやがって…、胡椒も持ってるって言うからよォ…。つい出来心で…」
「出来心…だと?」
ピクリ…、片眉をわずかに反応させて騎士が低い声を出した。だが次の瞬間、それは火山が噴火するような激しいものとなる。
「黙るがいい!!この屑がッッッ!!!!!」
ビクッ!!暴漢たちは思わず身を震わせた。
「お前たちの命乞いなど聞いてはおらぬ!!姫様の師父たるあの御方を害さんとしたお前らに抗弁の余地などあるものか!師父としてだけではない、先日の夜会…あの御方は御家の名誉にも大きな貢献をされた。それをお前たちは…、今この場で八つ裂きにされぬだけでも喜ぶが良いのだ!この痴れ者どもがッ!!」
およそ名誉を重んじる騎士らしくない口調である、それだけ激しい怒りであった。
「他の者ならいざ知らず、およそ今日この場を預かるこのトゥリィー・スネイルがそんな浅薄な泣き言を聞くと思うな!いや、他の騎士がこの場に居ても同じ事を言うであろう。さあ、連れて行けッ!!今すぐにだ!わずかでも不満を洩らすならば構わん、すぐにその場で首を刎ねよ!!」
そう言って騎士は罪人たちを埃を払うように退出を命じた。兵士たちは二十人の男たちを引っ立てる、このまますぐに獄車に乗せ金鉱山に送る手筈となっている。おそらく二度と生きて帰ってくる事はないだろう、それほど苛烈な処罰であった。