第534話 坊やだからじゃ
「ほれっ!!キリキリ歩けェッ」
「グズグズするなぁ!!」
冒険者の皆さんにより僕たちを襲撃した暴漢たちは縛り上げられひとまず冒険者ギルドに引っ立てられ始めた。ひとまず冒険者ギルドに連れて行き、その後にナタダ子爵家の衛兵さんに引き渡される…そういった手筈のようだ。
そんな時、建物の上から落とされ気絶していたギリアムが意識を取り戻した。そして支離滅裂な恨み言を言い続ける。
「クソがッ!!どうしてだッ、どうしてあんなに冒険者どもがやってくる!?クソッ、クソッ!!なンでだ、なンでなンだよッ!」
「知るか、バーカ!」
冒険者の一人がそんな言葉を投げかける。
「だいたいあの冒険者…、何が王都でも名うての冒険者パーティだ!?たった二人の護衛に良いようにされやがって…!!」
「ああ、アレか?ありゃあ王都のレベルについていけなくて流れてきたハンパ者だろうな。こないだ軽く捻ってやったんだが自分の実力をまだ理解しちゃいなかったようだな」
「ク、クソッ!ぼ、冒険者なら…冒険者なら、町の不良どもを加えてやりゃあ護衛なんてどうにでもなると思ったのに…」
「つまり、コイツ…裏で糸を引いてやがったんだな」
「だが、妙だ…」
そこに犬獣人族の狩猟士、ラメンマさんが口を挟んだ。
「俺、コイツの背骨、綺麗に外した。わずかな傷も付かないように。それなら傷が無いから回復魔法も効果を発さない、二度と悪さが出来ないようにコイツへの罰として…」
「ああ!そうだったよなァ!だから俺は…」
ギリアムはだらしなく着ていたシャツに手をかけ脱ぎ捨てた。そしてだらしない姿勢で立ち上がり背中を見せた、ムカデのような傷が跡になっている。それが引き攣るように曲がった傷跡、それと同調するように背中はくの字に曲がっている。
「こうして背中を切らせて骨にまで傷を付けたンだ!傷さえ付きゃあ回復魔法が効くからなア!骨を治しながら外れたのをついでにくっつけたのさ!まあ、傷が変な風にくっついちまって背中を曲げてしか立ち上がれねえけどなア!!まあ寝たキリよりもずいぶんマシだ、自分で動けるからよォォ!!だが、ずっと寝たきりだったから体は弱りヒョロガリだァ!これも全部テメーが…」
「それと回復術師が言うにはこの傷跡、コイツは一生消えねえンだとよ!だからこの曲がった背中と共に生きるしかねえ!こンな体だからよォ、ロクに力も入らねえ!クソテメーらへの恨み、一生忘れねえぞゴルァ!!」
「ほ、骨を傷付けてまで…」
僕は思わずその執念にたじろいだ。
「ヒャアッハッハッ!!どーせ俺は一生このまンまだァ!これからもずっとテメーらを…町のヤツらも狙い続けてやンぜェェ!!どうだ、ビビったか!?アァん?」
恨み、そして狂気だろうか、ギリアムは笑い続ける。
「自暴自棄のようだが…」
そこにウォズマさんが誰に言うでもなく口を開いた。ギリアムには目を合わせない、本当は話しかけるのも嫌なのだろう。
「オレは先日、魔族の将とやりあった。お前も聞いた事くらいあるだろう、剛勇を誇るファバローマの名を…」
「アァん?」
「その戦いで死にこそはしなかったが手酷くやられて全身に傷を負い二度と剣を持てない体になった。…だが」
ポン…。
ウォズマさんが僕の肩に手を置いた。
「とある回復術師と彼の妙薬により回復したのさ。わずかな傷跡も残らず以前よりも何倍も力を増してな…」
「ハッ!そんな馬鹿な話が…」
「ハアッ!!」
突然ウォズマさんが地面に向かって左拳を叩きつけた。
ばきぃんっ!!
そこにはガントンさんたち兄弟によって打ち倒された暴漢が手放した短剣が落ちていた、それに拳を叩きつけると刀身が粉々に砕けたのだ。
「ば、馬鹿な…。す、素手で剣を…鉄を砕くなンて…」
「分かったかい?お前はどんな優れた術師にも治せないような傷を完治させられる人を襲ったんだ」
「な、なンだ…って?わ、悪かった!俺が悪かった!だから今すぐ俺を治してく…」
「お断りだッ!!」
僕は即座に言い放った。
「お前は僕を…、マオンさんを…何も悪い事をしていない僕たちを商業痛めつけた!」
「あ、ありゃあハンガスが…」
「その後もカレーを作ろうとした僕たちを襲った」
「ああ、オレが腕を拳と肩を壊してやった時だな」
マニィさんが呟く。
「その後も、そして今日もならず者たちを使って襲わせた!何がハンガスが…だ。僕らに害を加えようとする…、そんなヤツを助ける訳がないじゃないかッ!!」
「ぐっ!!ク、クソッ!!テ、テメーひとりなら…、テメーひとりなら軽くぶっ殺してやれたのによォ!それが…、それが…いつも邪魔が入りやがってよォ!」
ダンダンッ!!
ギリアムが地団駄を踏む。
「なンでだ!なンでだ!!なンでだあッ!!なンで冒険者が全員来るンだよォ!!護衛だけなら分かる、金払ってるからなァ!だけどなンで…、なんで護衛でもねえ冒険者どもが来るンだッ!なぜだッ!?」
「坊やだからじゃ」
ガントンさんが言った。
「坊やは自分の損得だけではない、周りの事も考えられる男じゃ。ワシも…、他にも助けられた者も少なくない。また、助けられた事がなくとも良い品を安く売ってくれるからの。坊やを好ましく思うとるのは多いじゃろうて」
「まあ、嫌われ者のコイツにゃあ分からねえだろうよ。さあ、引っ立てようぜ」
「う、う…、うおおォォーッ!!」
ナジナさんが言ったその時、ヤケクソになったギリアムが腕を振り上げ殴りかかろうと駆け出そうとしてきた。
ザザッ!!ナジナさんがウォズマさんが…、他にもたくさんの人たちがギリアムの前に立ち塞がる。そしてヴゥンッと空気が揺れる振動音。
ピタリ…。
ギリアムの眼前に瞬間移動したシルフィさんが細身剣を奴の喉元に突きつけていた。
「う、うう…」
「どうした、来ないの?来るのならこのまま喉を突く。お前が臆病でも貧弱でもないのならこのまま向かって来るが良い。誰が悲しむ事もない、それがお前に付いた価値…」
これまでにない冷たく低い声でシルフィさんが言った、徹底的にギリアムの心を折りにいっている。
「死ぬか…、それともみじめでも生きたいか?誰にも好かれず、相手にもされないで…。それとも来る?」
そう言ってシルフィさんが半歩ほど進む、剣の切先がわずかにギリアムの肌に触れた。
「…選べ」
「ヒ、ヒイッ!!」
ヘナヘナ…ペタン…。
数歩後ずさるとギリアムは力無くへたり込んだ。先程までの狂気すら漂うような笑いはどこかに消え失せている。
「虚像ね」
シルフィさんが言った。
「自分より体が小さい相手とか…、仲間の人数が多いとか…そういう時しかお前は粗暴に振る舞えない。だが、相手が強いと分かればお前はすぐに卑屈になる。その痩せた体と共にこの先みじめに生きるが良い。死罪にならなければ…の話だけど」
「あ、あああ…」
ギリアムは力無く声を洩らすのみであった。