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第527話 撤退


 冒険者ギルド前からブド・ライアーが逃走してから五日が過ぎた。その間、ヤツは商会の扉も窓も全て締め切り亀のように閉じこもっているらしい。今後、向こうさんがどうしたいかは知らないがとりあえず僕はひたすらレポートを書き続けている。ちなみにマオンさんはパンを焼き、販売以外の目的で配っている…具体的には教会から働きにやってくる子供たちやガントンさんたちへのお弁当としてだったり護衛に就いてくれる人たちが食べる分だ。


 今日一日の護衛を担当する冒険者パーティ『エルフの姉弟きょうだいたち』の五人がやってきた。そして到着するなり末っ子格のロヒューメさんが口を開いた。


「ねえ、ゲンタさん。昨日の夜遅くから夜明け前にかけてだと思うんだけど…町中にいくつも立てられた立て札の事を知ってる?」


 立て札か…、僕は現在の販売活動の中止についての経緯を自宅のプリンターで印刷して町中に貼ったけど…。領主であるナタダ子爵家からの何かお触れ書きのたぐいであろうか?いずれにせよちょっと予想がつかない。


「立て札?いいえ、知らないです。どんな事が書いてあったんですか?」


「うんうん、知らないかぁ〜。実はねぇ〜…」


 ロヒューメさんが話し始めた時だった。


 ドタドタッ…、バタバタバタッ…。


 誰かが走ってやってくる音がする。


「おお〜いッ!!坊やァッ!!」


「一大事じゃあッ!!」


 そんな大声を上げながらやってきたのは弟子たちを引き連れての猫獣人族キャトレの親分ゴロナーゴさん、さらには部族の若い衆であるラメンマさんに背負われてやってきた犬獣人族ドギーマの長老モンゴルマさんが狩人さんたちを引き連れての登場である。護衛であるエルフの五人に加え彼らがやってきた事でマオンさん宅前はたちまち人であふれ返った。


「その様子だとあなたたちも立て札を見てやって来たみたいだね」


 ロヒューメさんが後からやってきた人々にそんな声をかけた。


「ん、なんでい?エルフの嬢ちゃんも立て札を見たのかい。まあ、無理もねえなァ。いろんな場所に立ってたみたいだしよ」


 ゴロナーゴさんが納得した様子で応じる。しかし、その立て札とやらを見ていない僕とマオンさんは何の事だか分からない。そんな訳で痺れを切らしたマオンさんが声を上げた。


「ちょっと!!あんたたちだけで納得しないでおくれよ!わしもゲンタも知らないんだから教えておくれよ!」


「ん?おお、わりいわりい!実はな…」


「ブド・ライアー商会が町から撤退するらしいのじゃ!」


「「ええっ!?」」


「お、おいっ!犬獣人族ドギーマの…、俺のセリフ取らねえでくれよ」


 僕とマオンさんが同時に驚く、そしてゴロナーゴさんの悔しがる声が上がった。



「それにしても…町から撤退ですか…」


 ずずず…、緑茶を飲みながら僕たちはモンゴルマさんと話していた。ちなみに一緒にやってきたゴロナーゴさんやラメンマさんたちは仕事があるのでここから離れた。しかし、去り際におねだりも忘れない。


「ブド・ライアー商会が町からいなくなるなら商売を再開してくれるんだろ?早く頼むぜ、な?な?」


 仕事現場に向かわねばならないゴロナーゴさんが散々念を押して建築現場に向かっていった。入れ替わるようにロヒューメさんが話に加わる。


「そうなの、私たちもここに来る途中でそれを見つけてね。それを言おうと思ったらみんなが来たから…」


「なるほど…」


「まあ、いつ町からいなくなるかは書いてなかったがの。準備が出来たら出ていくつもり…みたいな事が書いてあったのう」


 厚手の鎧を着込んでやってきた長老モンゴルマさんが言った。どうでも良い事かも知れないがこんな武装をしてきたモンゴルマさんを背負って走ってきたラメンマさんは凄いなと感心する。


「まあ、向こうが出て行くと言うのなら止める理由は無いですね。別に追い出すつもりはありませんでしたけど。しっかりとした謝罪をして町の人や僕たちに迷惑をかけなければ良かったんで」


「それだけゲンタに頭を下げたくないって事じゃないのかい?」


 マオンさんも緑茶を飲みながら話に加わる。


「それだけでしょうか?」


「えっ?」


 横合いからタシギスさんが問いを投げかける。


「頭を下げたくない、確かにありそうな話です。しかし、僕にはそれだけとは思えないんですよ。むしろ他に大きな理由がある…例えば売り上げが見込めない、あるいは町の皆さんから投げ込まれる石や汚物の数々…。それに辟易へきえきしたのではと思うんですよ」


 なぜか紅茶を淹れるように高い位置からティーポットで緑茶を注ぐタシギスせん。違和感ありまくりな姿のはずが妙に似合っている。なんだろう、サスペンダーとワイシャツが似合いそうである。


「まあ、考えてもヤツの考えなんて分からないじゃないのさ。それに頭を下げにも来ないし町から出て行くってんなら二度と会う事もないだろうしね。それよりゲンタ、商売の再開は大丈夫かい?ブド・ライアー商会がいなくなりました、でも商売の再開は出来ません…じゃ町のみんなが困っちまうからね」


「そのあたりは大丈夫ですよ。それに僕の書き物も今日中には終わります、ブド・ライアー商会がいつ撤退するかは分かりませんがいつでも再開できるように準備しておきますよ」


「うむうむ!ならば、塩だけでなくあの『とんこつらめえぇぇ!?ん』も食べたいのう」


 そんなモンゴルマさんの発言をきっかけにロヒューメさんからはいちごジャムが買いたいなどのリクエストが飛び出す。うーん、塩だけでなく他の物も全部販売を停止しているからなあ。これはちゃんと販売計画を練った方が良いかも知れない…そんな風に思った僕であった。


……………。


………。


…。


 その頃…。


「どうだ、立て札の効果は…?」


 どうせ外出できないものだからと剃らずにいた髭がすっかり口元を黒くしているブド・ライアーが手代に尋ねた。


「はい!なくなった訳ではありませんが今朝方から石や汚物が投げ込まれる頻度はだいぶ減ったようです」


「そうか、ふぅ〜っ…!!」


 大きく息を吐いてからブド・ライアーはグイッと酒を呷った。


「これで町の奴らの矛先がれる。と、同時に売ってくれ売ってくれとあの若造に押し寄せるよな。そーすりゃ油断やスキが生まれる、そこをあの息子バカが襲うなりなんなりする…と。…んで、痛い目に遭わせるなりしてヤツがいなくなりゃあ…町のヤツらはウチで買うしかねえ…。さて、こんだけ俺んトコに迷惑かけたヤツらだ…いくら値上げしてやろーかな…」


 薄暗い部屋で悪巧みするブド・ライアーの姿がそこにあった。


 次回、『内なるトラブル』。


 お楽しみに。

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