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第525話 迷惑を撒き散らす男

「僕がお前のトコに行って塩を買おうとした時だ!丁度値上がりした時でまた値上がりか、砂がこんなに混じった良くない塩なのに…って言ったら店頭にたまたまお前がいて…!その時に何を言ったか覚えているか!」


 少年冒険者と言えそうな彼は怒気をにじませ、この異世界では失礼とされる指を一本ブド・ライアーに向けながら言った。その少年の指差してくる態度にブド・ライアーの片眉がピクリと動いた。


「あ…?なんだって…、つーか誰だテメェ?」


 殊勝な態度の仮面が思わず外れいつもの傍若無人な態度が戻ってくる。


「お前はこう言ったぞ!テメェみてーな薄汚えガキが生意気言ってんじゃねえ!テメェみてえなのはどうか塩を買わせて下さいと頭を下げて買いにくりゃあ良いんだよ!文句あんなら二度と来んな!どっかで勝手に野垂れ死んどけ、そーすりゃここらへんも少しはマシになる…そう言ったのを忘れたとは言わせないぞ!」


「え、…いや」


 ハッキリ言ってブド・ライアーには名も知らぬこの少年の事など記憶の片隅にも無かった。そのまるで覚えてもいなかった少年の言葉を受けて次々と声が上がる。


「そうだ!コイツはカネの無えヤツはどうなったって良いっつう態度だ!そんなヤツが町を良くしよう、孤児を幸せになんて考えるはずがねえ!」


「むしろ俺たちを脅しの材料にして塩売りの兄ちゃんを困らせてんのがコイツじゃねえか!!」


「それを言ったらこの兄ちゃんの方が孤児たちに仕事を与えたり、メシにあの『かれー』を出したりするって聞くぜ!なんせ、今の町衆の子供ガキたちのあこがれはアレが食える孤児になる事だなんて冗談にならねえ冗談もあるくらいだ」


 町衆たちが口々に様々な事を言う。その共通しているのはブド・ライアーに対して好意的なものは一切ないという事だった。そしてそんな声がまとまっていけば当然ながらそれは怒りとなってブド・ライアーへと向かう。


「…つまりよォ…どれもこれも全部このブド・ライアーのクソ野郎が悪いって事じゃねえか!今まで高えカネ出してもロクな塩が手に入らなかったのも…せっかくあの兄ちゃんが真っ白な塩を売り出したのに邪魔してやがるのも…」


「そうだッ!!全部コイツが悪い!!」


「つーか、コイツいらなくね!?」


「そうだ!いるだけで俺たちも兄ちゃんも苦しんでるんだァ!」


「丁度良い!ここにこうしてブド・ライアーがいるんだ!この町から叩き出してやろうぜ!そうすりゃあ…」


 町衆が非難の声を上げ、中には不穏な事を言い出すやからまでいる。ブド・ライアーは不安に駆られ冒険者ギルドに向かって声をかける。


「お、おいっ!!い、依頼だッ!俺を護衛…」


「やらねーよ」


 自分を冒険者ギルドからつまみ出し仁王立ちしている大剣を背負った冒険者の大男がブド・ライアーの言葉を遮って言った。


「兄ちゃんは冒険者おれたちの仲間だぜ。そんな仲間の敵に回る奴に手を貸す訳がねーだろ!」


「くっ!!」


 大男から言い放たれた言葉にブド・ライアーは思わず顔を顰める。しかし、そうしている間にも町衆たちの自分に向けられている嫌悪けんおは高まり危険水域に達しようとしていた。このままではあやうい…、ブドライアーにそんな直感が走った。


「やっちまえッ!!」


 町衆のひとりからそんな声を上がった、それが引き金となりブド・ライアーの元へと殺到しようとする。それを見てブド・ライアーはすぐさま次の行動に移った、ほとんど本能的なものであった。


 どんっ!


「えっ…?」


「へっ…?」


 ブド・ライアーは近くにいた手代の背中を力一杯突き飛ばした、今にも押し寄せようとする町衆たちに向かって…、同時に叫んだ。


「足止めしろッ!!」


 突き飛ばされた手代たちが町衆とぶつかり揉み合いが生まれた。


「邪魔するのか!?」


「こいつらからやっちまえ!」


 一時的に壁にされた手代に短絡的な町衆の攻撃対象が移る…、そのスキにブド・ライアーは一番手薄な冒険者ギルドの外壁沿いに駆け出す、手代たちをこの場に残し一人で逃亡を謀った。


「あっ!?ヤツが…」


「に、逃すなァ!!」


 町衆たちが気づいた時にはブド・ライアーは元いた場所から20メートル余りは離れていた。町衆の反応が遅れた事が幸いしブド・ライアーは逃げを決め込む、さらにもうひとつ彼には幸運が舞い降りていた。


「ここだあっ!」


 冒険者ギルドの隣にはとある商店があった、その外壁に手を添えとある仕掛けを動かす。するとクルンと外壁が忍者屋敷の仕掛け扉のように回った、中年太りの腹を必死にへこましブド・ライアーは中に滑り込む。万一、店内に賊などが侵入した時に逃げ出す為の秘密の脱出ルートである。それをブド・ライアーは自身の逃亡の為に利用したのだ。商業ギルドのサブマスター、その地位を利して得ていた極秘情報であった。


「この店はクソ野郎をかばうのかァァ!!」


「ヤツを出せえッ!!」


「えっ?えっ?ウチが何を…うわあああっ!!」


 何も知らない店側と殺気すら漂わせ殺到する町衆、混乱はギルド前から隣の商店へと現場が移っていた。


「だ、旦那様!商業ギルドのブド・ライアー氏が裏口から走り出ていきまし…ど、どうしましたッ、これはッ!?」


 店頭から主人に報告に来た商店の手代が慌てふためく。


「聞いたか!あのクソ野郎、裏から逃げたってよォォ!」


「追え!逃すなあ!!」


 たちまち怒号が飛び交い、町衆が逃げたと思われる方向に駆け出す。


「東に向かったらしいぞ!」


「捕まえろォ!」


 このブド・ライアーの傍迷惑な逃亡劇、混乱の現場は町のいくつかの場所に移っていった。その全てが商業ギルドに加入している商店であり、建物や敷地を利用して人の目をかいくぐり逃亡を続けた。ずっと走り続けたりは出来ないから息を整える為だったり直接はつながってはいない路地への脱出の為である。当然ながら事前の知らせも挨拶もなくいきなり侵入し逃走経路として利用する、そしてその全ての商店が騒動に巻き込まれ少なくない被害に遭った。この為、ブド・ライアーは町衆だけではなく同業者である商人たちからも嫌悪される事となった。


 しかしながらブド・ライアーはどうにかこうにか逃亡に成功し自らの商会に入る事が出来た。そして門を固く閉じ亀のように息を潜める。町衆は周囲を取り囲み怒号を上げ、中には投石を続ける者もいる。


「だ、旦那様…屋敷に火をかけられたりしないでしょうか…?」


 不安に怯えながら手代が尋ねてくる。


「へっ。放火は重罪、捕まりゃどんな理由があっても例外なく死罪だ。一緒になってやった周りの連中もな。ヤツらも死にたかァねーだろ。だからそれはねえよ…」


 そうは言ったものの不安が完全に拭えた訳ではない、ブド・ライアーはそれから三日ほど門戸を閉じたまま商会内に篭城を続ける事となった。


………………。


………。


…。


「クソが…」


 この数日で何十…、いや何百回も呟いてきた言葉。商会を固く閉ざし嵐の過ぎるのをただ待つ事しか出来ない…そんな数日間である、粗悪品とはいえこの山奥の町では稀少な塩を売りあれほど羽振りの良かった自分がこうして身をすくめて息を潜めている。ブド・ライアーには耐えられない事であった。


 そんな中、ブド・ライアーたちが身を潜めている部屋にノックも無しに入り込んでくる者があった。ひょろりとした背の高い男のようである。


「へっへっへ…。なぁ〜んか困ってるみてえじゃねーか」


 軽口と共に許可もなく無遠慮に近づいてくる。それを見てブド・ライアーはチッとひとつ舌打ちをした。


「テメーは…?クソがッ…元はと言えば原因のひとつじゃねーかッ!この出来損ないめ!!」


「クックッ…。だったら、もうひとつの原因はあのクソデブのガキだろ。ホレ、あの…別れたとはいえ家柄はまあ良かったもんな…生ませたオンナ…?まるで豚みてえな太さでよォ。教育ミスって出来損ないになったって言うなら同じじゃねーか、俺とヨォ…」


 クックッと笑いながら男はさらにブドライアーに近づいてくる。それを見てブド・ライアーの顔はさらに苦虫を噛み潰したような顔になった。そんなブド・ライアーの表情に一切構わず男は言葉を続けた。


「そう邪険にするなよ。…なあ、親父?」


「親父と呼ぶな!出来損ない!


「おいおい、出来損ないとはひでえな…。親父ならちゃんと名前で呼んでくれよ…ギリアムってなあ」

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