第524話 偉そうな謝罪とブワアアァァンッ!!(後編)
「ブド・ライアーの野郎がここにいるってよ!!」
「なにっ!?俺たちが塩や酒を買えなくなった原因のヤツじゃねえか!」
町衆の怒りや恨みのこもった声が響く。しかもそれはどんどん大きくなりギルド前に集まってくるのが分かる。
「そうだぜ、皆の衆!!このクソ野郎、よりによって俺たちはな良い塩を売ってくれる兄ちゃんにさらに脅しをかけて金を巻き上げようとしやがった。自分の店が開けられないのは兄ちゃんのせいで、その分の金を寄越せだとよ!」
町の皆さんの怒りをさらに煽るようにナジナさんが先程の事に言及すると現場はさらにヒートアップ、たちまちブド・ライアーに詰め寄ろうとする。それを商会の手代たちがなんとか押し留めようとしていた。周囲には町の皆さん、背後にはナジナさんが仁王立ちしていて冒険者ギルド内には逃げ込めない…四面楚歌の状況でなぜかブド・ライアーは声を出し始めた。それは時折話し手と聞き手が入れ替わる会話というようなものではなく、ブドライアーがただ淡々と話し続けるという一方的なもの。だがブドライアーは先程までの傍若無人な態度ではなく、哀れみを誘い訴えかけるような声色を伴っての静かな幕開けであった。
□ ブド・ライアーSIDE □
「…なさまのご指摘、お怒りは理解してます。この場をを借りてまず謝罪すると共にお…いえ私がこの町に住む皆様に…」
町衆からの非難、それが次々と押し寄せる中のちょっとした切れ目…そこを狙ってブド・ライアーはポツリポツリと話し始めた。無理に大声を張り上げるような事はしない、それは周りが完全に聞き始めてからだ…ブド・ライアーはそう考えていた。なんせ自分はたった一代で町の商業ギルドのサブマスターにまで上昇った男だ、ましてやこの町の最大の泣き所である塩を一手に担ってきた。だから自分は町にとってなくてはならない存在だ…、そう考えていた彼は自分の主張を聞かせて状況を好転させようと目論んでいた。…それが致命的な判断ミスになるとはこの時の彼は少しも考えてはいなかった。
「…ここミーンは海から遠い山深い所にあり、仕入れが滞れば…あとはわずかに見つかる岩塩に頼るだけ…。商都で名の知れたジェイテンなどの大商会からもたらさせられる塩は距離もあるから量も少なく、高いものになりがち…それが私がこの町に初めて来た時に受けた衝撃でした」
周りにたくさん人はいるが会話をするつもりは無い、ただ自分の言いたい事だけを言って分からせるだけ…。ブド・ライアーの考えているのはそれだけであった。それゆえ最初は少し小さいくらいの声で話し始めた、すると近くにまで迫っていた奴らの中から一人や二人くらいは聞き始めるのが出てくる。
そうなればしめたものである。聞いてる奴の口は閉じるものだ、その分だけ自分を非難する口は減る。それと同時に自分も少しずつ声を大きくしていく、そうなると最前列のすぐ後ろ…さらに後ろと聞きの体勢に入る奴が増えていく。
(こんなカネも無え馬鹿な奴らごときに丁寧に話してやんなきゃならねえのは癪に触るけどヨォ…)
ブド・ライアーは内心そんな事を思いながら自分の理屈を続けていた。だんだんと熱も入り声も大きくなってくる、さらにブド・ライアーは哀れみも誘おうと鳴き声めいて訴える事にした。この町で有数の商人であるこの俺がここまでへりくだり涙ながらに説けば無学で馬鹿な町の奴らなどすぐにペテンにかけられる…ブド・ライアーはそう信じて疑わなかった。だからわざとらしいくらいの感極まった声と大げさな見ぶり手振りまで交えて声を張り上げ始めた。ここが勝負所…そんな風に考えて…。
「…親を無くした子供が一日働いてもなかなか塩が買えない、私はそれを見て店をやろうと考えたんですウゥッ!!だ、大商人でも行商人でもこの町まではなかなか塩を持って来ない…、だから手に入りにくく高価ッ…!!だ、大小どんな商人がやっても同じや同じや…そう言われてエェッ…!!わ、わ、私はァァッ、そんな状況をォォ…変えたいィィッ!!その一心でエェッ…!!」
誰とも会話しない一方的なしゃべくり独演会…、だがそんな中でもヤジのひとつやふたつは飛んでくる。
「綺麗事言ってんじゃねーぞ!!」
「悪どい金儲けばかり考えやがって!!」
町衆の怒りの声。
「ご指摘は分かりますウゥゥ!!町の塩不足問題ィ、不幸にも親を亡くしてしまう孤児たちの問題ィィ…、それと比べたらこんなのは些細な事なんですゥゥ!!だからこそ色々と折り合いを…折り合いをつけてですねェェ…フヒィウワアアァァンッ!!この町から不幸を無くしたかったアァァンッ!!」
号泣しながらの熱弁、しかし涙の一滴も流れてはいない。
「だからですねェェッ、私にこのまま塩を売り続けさせてもらえブワアァァッ!!全てが解決するんですウゥッ、ウヒイッワアアァァン!!」
ブド・ライアーはさらに声を張り上げる。そうする事で自分の言いたい事だけを言い、さらには他人からの意見は聞かずに済む。その為にさらに声を張り上げてやろう、同時に泣き真似にもさらに力が入る。
「この町のォ、慢性的な塩の問題ィィ!!だぁれも解決出来なかったワアアンッワァンォォッ!それをワダシがァァ、変えようとおもっでェェ!!塩不足問題ィィッ…孤児の問題ィィッ、ヒイッウワアアッハアァァッ!!…かわいそうな孤児たちがァァ、笑顔で生きていく為にもオォォッ…私が商売し続けてェェッ、塩をお届け出来るならアァァッ!!ほんの些細な問題なんですウッ!!だから、ウチの店への非道な仕打ちはやめてもらってェェッ!!そうすれば町の皆さんも幸せに…、そして私がやらなきゃならない孤児たちの幸せの為にもォォンッ…!!ブワアアァァンッ!!」
熱を帯びるブド・ライアーの言葉の数々。さらに最後のダメ押しとばかりにこれまででも最大級に泣き声を上げての主張、ブド・ライアーはこれでイケると内心ほくそ笑んだ。しかしそんな都合のいい妄想はたった一言で突き崩される。
「ウソをつくなあッ!!」
「ッ!!?」
ブド・ライアーは思わず声のした方をキッと睨みつける。そこにはお世辞にも綺麗な格好をしているとは言い難い小さな子供がいた。成人を表す短剣を身につけてはいないが、それよりも大ぶりな小剣を腰から吊り下げている。鎧は着ていないがおそらくは冒険者…、ブド・ライアーから見れば汗や泥に塗れて暮らす普段は底辺と見下している人種であった。