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第521話 プリンターは嫌がらせより強し


 僕に会わせろとブド・ライアーが冒険者ギルドに押しかけた。断りを入れたのだがなぜ会えないんだとブド・ライアーは怒り狂いギルド内に居座っているという。


「はあ…、厄介ですねえ…」


「ホントだな。出来損ないのギリアムといい、くそガキのホンリエモといいあの一家はロクデナシしかいねえよなあ。親父も大概だげどよ」


 ため息を吐くようにしてマニィさんが応じた。


「ヤツらにゃあ町の衆も怒り心頭…ってヤツだぜ。アタシらもよく聞かれるんだ、坊やの商売はいつ再開するんだ…ってね」


 腕組みしながらミケさんもマニィさんの言葉に応じる。


「だけどよう、姉貴。そりゃあ俺たちもそうだぜ、坊やのメシとか品物を待ってるのは同じだ。こうやって護衛に就けた日は良いけどよ」


 二番目にシーチキンのパンを食べ終わったサバさんが言った、代わってキジさんがパンを食べ始めている。


「そう言えばここに直接聞きに来たり売ってくれって人もいたよなあ。お帰りいただいたけど…」


「ああ、それを言うならギルドにも来るぜ。みんな、いつからだ?いつからだ?と再開をするかどうかを聞いてくるんだよ。まあ、分からねえからそう伝えとみんなガッカリして帰るんだけどな」


「それはまた…、お手数をおかけして…」


 頭を下げながら僕は考える。このままでは良くない、それは分かっている。しかし、ただ単に再開しますではブド・ライアー側もまた息を吹き返すだろう。そうすればあの性格だ、また何か仕掛けてくるだろう。向こうがもうしない、どうか許してくれと心から悔いるくらいにしないとダメだ。日本でも犯罪者に甘っちょろい判決を下すから出てきてはまた罪を重ねる奴が続出するのだ。


 だけど、どうするかな…。向こうは町の皆さんからの怒りが向いて困っている。ギルドはいつ商売を再開するのと問い合わせが続出、手間がかかっている。他に冒険者の皆さんがいつものご飯にありつけずなんだか元気がないらしい…。


「あ…それなら…」


 僕にひとつのアイディアが浮かんだ。


「マニィさん。一刻いっとき(約2時間)後くらいにギルドに依頼を出します、簡単なものなので誰にお受けいただいても良いです。内容としては半刻はんとき(約一時間)も関わらず終わるものです。昼間の依頼から帰ってきた人とかにもう一仕事…って感じで…。ちなみに報酬ですがカレーでどうでしょう?」


「えっ?か『かれー』だって!?」


「はい、報酬に夕食にカレーを出しますよ。もし辛いのが苦手な方にはクリームシチューも用意しますよ。ふふ、ブド・ライアーには販売はダメでも依頼をするなとは言われてませんからね。それでお願いしたいのは…」


 僕はマニィさんに依頼の内容を話し始めた。


「ええっ?そんなんで良いのかい?それならみんなやりたがるよ」


「では、決まりですね。えっと…ミケさん、僕ちょっと部屋にこもって書き物してきます。建物や敷地周りの守りをお願いします」


 そう言って僕はマオンさん宅に入るとすぐさまA3の用紙に文章を書き始めた。なぜかは分からないけど異世界では日本語とこちらの文章を自在に書き分ける事ができる。


 そこには今回、全ての商品の販売が取り止めになったきっかけからブド・ライアーになるよる脅しがあった事を書いた。自分だけならそんな脅しには屈しないが、身近な人や町の皆さんにどんな影響や危害が加えられるか分からないので苦渋の決断ですが販売をやめる事にしましたと書いた。この脅しが続く限りとても商売はできそうにありません、まだまだ販売を続けたかったのに…今まで町の皆さんにご愛顧いただいただけに誠に残念です…そんな内容である。


 その書いた紙をすぐさま自宅に持って帰りスキャナーから画像を取り込む。あとはプリンターの出番だ、すぐさま印刷にかけ量産されていく。


「えーと…ギルドにはたしか…100人以上の冒険者さんたちがいたんだよね。なら今の手持ちで足りるな…あっ、でも貼るものがない。そうだ、大学の購買で画鋲を買ってこよう。ついでにコピー用紙も補充しとくかな」


 そう言って僕は自宅アパートを後にした。



 その日の夕方…。


 ブド・ライアーは荒れていた。言葉使いこそ丁寧であったがあのエルフに追い返される事となった。例の若造の護衛になっていたエルフの女だ、あんな細腕でありながら剣も魔法も凄腕であるらしい。その凄腕がギルドの受付もしている、こちらがいくら大声を上げようとまったく怯まない。それどころか下手に手でも上げようものなら何をされるか分からないといった凄みすら感じる。これにはブド・ライアーも帰るしかなかった。


 そしてそのまま悪臭漂う商会の中で過ごさねばならない、さらには時折投げ込まれる石やゴミ…その音がするたびにブド・ライアーはさらにイライラを募らせる。酒でも飲んで気晴らしをしたいところだがこんなひどい臭いの中ではそんな気分にもなれない。結果、怒りだけが積もり積もっていく。


 ごつっ!!


 またか…、ブド・ライアーは自室で何度目か数えるのをとうにやめたため息を吐いた。怒りを向けようにもその犯人が行方をくらませる、とっ捕まえてやりたいがそれが出来ずにいるのだ。そんなこんなで


 がんっ!!


 また、音がする。続けて投げ込まれたようだ。


 ごっ!がっ!!かつーん!こんっ!!ばらばらっ!!


「な、なんだ!?」


 今までも石を投げ込まれた事はあったがここまで頻繁にではない。まるで大粒の雨が屋敷を打ち付け始めたかのように次々と音を立てる。その尋常じゃない様子にブド・ライアーは慌てて自室を飛び出した。するとこちらに走ってやってくる手代の姿が見えた。


「おい、こりゃ何の音だ?ひょうでも降り始めたか?」


「だ、だだ、旦那様っ!!大変です、町衆が…怒り狂った町の衆が次々と石を投げ込んできています!!」


「な、な、な、なんだとおっ!!」


 ブド・ライアーは慌てて走り出した。


……………。


………。


…。


「このクソッタレ商会め!この町から出ていけー!」


「全部、お前ンとこの商会とクソガキが悪いんじゃねーか!!」


「死んで詫びろー!!」


「へへっ!荷馬車を引いてた馬の新鮮な落としモノをくらえっ!!」


「オラからは畑に撒く牛のフンだべー!!」


 飛び交う悪口雑言と石や汚物が町衆たちから次々と発せられていた。手持ちの石が無くなればその辺の地面から土塊つちくれを拾い上げさらに投げ込む、中には太い棒のような物で建物や塀を殴りつける者までいる。完全に暴動であった。


「み、見回りの兵士には知らせたのかッ!?」


 その様子を見てブドライアーは手代に尋ねる。


「い、いえ!!なんせこんな状態ですから下手に外に出たらどんな目に遭うか…、むしろ外に出られないですよ!」


 手代の言葉通り商会の周りはぐるりと取り囲まれていた。蟻の這い出る隙間も無く、周りは完全に敵だらけ…。地球で言うならばまさに四面楚歌といったところである。


「クソがっ!!なんでこんな事しやがる!!」


 ブド・ライアーは暴徒と化した町衆に叫ぶ。


「なんでだと!?これを見やがれ!全部テメーが悪いんだろーが!!」


 ごつっ!!


 ブド・ライアーの額に何かがぶつけられた。どうやら石を真っ白な紙で包んだもののようである。


「ぐっ!!な、なんだこれは!」


 そう言ってブド・ライアーが紙を広げてみると…。


「ずいぶんと薄いがしっかりした紙だな、それに真っ白だ…こいつは高く売れるぞ…い、いやそれより」


 商人の癖か、ついつい手にしたA3用紙の品定めをしてしまったブド・ライアーだか急ぎ中身を確認する。そこにはゲンタが書いた文言が記されていた。


「町のあちこちに貼ってある!町の皆が知っているぞ!分かったらさっさとこの町から出ていけえ!!」


「ま、町のあちこちだと!この紙だけでいくらになる…?い、いや、それより町の奴らが下手すると全員来るんじゃねえか?な、なら外扉、中扉、内扉も全部閉めろォ!!立てこもるんだ!!それにこれだけの騒ぎだ、兵士もすぐに来るだろう!」


 そう言ってブド・ライアーは店を閉じさせ息を潜めて兵士が来るのをひたすら待った。しかし、騒ぎは収まらない。異世界において兵士とは下位の武官である。その暮らしぶりは庶民となんら変わらない、なので安価で品質の良い塩をはじめとした品物を扱うゲンタに味方したくなる。それに下手に取り締まろうとすれば自分にその矛先が向かう。その為、放火や殺人でもなければ関わろうとはしなかったのである。


「パパッ!!こ、怖いよッ!臭いよーッ!!なんとかしてよー!」


 怯え泣きじゃくる息子のホンリエモが縋りつく。


「うるさいッ!!元はと言えばお前のせいで!!」


 息子を突き飛ばし不機嫌な声でブド・ライアーは叫んだ。


 結局、この騒ぎは深夜まで収まる事はなかった。そしてブド・ライアーは商会の奥深くにや逃げ込み騒ぎが収まるのをただ待つしかなかったのである。

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