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第520話 この泥棒猫ッ!


 翌日、マオンさん宅で教会から働きに来た子供たちを迎えて布マスクを作ってもらっていた。さらにマオンさんとミアも加わる。


 一方の僕はひたすらにレポートを書いている、PCやネット環境が整ったこのご時世に手書きしか認めませんというのは学生側にはなかなかの苦行だ。なんせ履修している教科はこれひとつではないのだから…、つまりその分だけ書かなきゃならないレポートも増えるというものだ。


 ちくちくちく…、カリカリカリ…。地道な針仕事と僕のレポート書きの音が続く。そして太陽が一番高い所に至ろうかとする頃に冒険者ギルドからひとつの知らせが来た。


「ゲンタさん、ブド・ライアーが来ましたよ。面会を求めて指名依頼を出してきました」


 僕の目の前に現れた柔らかな緑色を帯びたソフトボールほどの大きさの光球、そこから届けられるのはシルフィさんの声。


「やはり、ギルドに依頼してきましたか。実はつい半刻はんとき(約一時間)前くらいにこの辺りを例の趣味の悪い派手な馬車がこの辺をしばらくウロウロしてましまから。ここに押しかけようとしたんでしょうね…、もっともカグヤにお願いして奴からは見えないようにしてもらっていたからたどり着けなかったんでしょうけど」


「そうでしたか、それで…どうしますか?」


「受けないと伝えて下さい、僕は会いたくないですし会う理由もありません。それに面会って…、商人に物を売るなというのは生活のかてを奪う事。つまりいずれお金は尽きそのまま飢えて死ねと言うのと同義です、そんな相手と会ってどうしろと…。この言葉のままお伝え下さい」


「分かりました。では、そのように…」


 シルフィさんの言葉が終わると目の前でふわりふわりと浮かんでいた光球がフッと消えた。


「今さら何の用だってんだろうね、ブド・ライアーも…」


 眉を顰めてマオンさんが問いかけてきた。


「分かりませんね。今までの言動から見てどうせロクな事ではないでしょうし…。まあ、今の僕にはやらなきゃならない事が山積みになっているのでまずはそれをやらないと…」


「ふうん、それが今やってる書き物なんだね。だけどゲンタ、その書いてるもの…ずいぶんと変わった文字だねえ。それがゲンタの通っている学園で使う文字なのかい?」


「はい、異国の…それも遠い所の文字なので知らないのも無理からぬ事かと…」


 ひらがなにカタカナ、漢字に算用数字…おまけにアルファベットも混じっている僕の書きかけのレポートを見て口を開いたマオンさんに応じるようにして僕は言った。それにしても…、こうして見ると日本語の文章ってあらゆる文字がごちゃ混ぜの節操のないものだなとつくづく思う。


「あ〜、その、話してるトコ悪いんだが…」


 照れくさそうに鼻の頭を掻きながら本日の護衛、猫獣人族キャトレの女戦士ミケさんが切り出した。周辺には彼女の弟たち…サバさんキジさんトラさんの三人が油断なく外を見張っている。


「そろそろ昼時だ、休憩といこうぜ。それで、例の…」


「あ、はい。もちろん用意していますよ、じゃあ昼の軽食を…」


 異世界の食生活は基本的に朝夕の二回だ、肉体労働をする人はこの二食に加えて昼前後に休憩がてら軽いものを食べる。


「マオンさん、子供たちにお茶とお菓子をお願いします。僕はこちらでミケさんたちのパンを準備しますので」


 そう言って僕は朝方にマオンさんが焼いた長細いパンにパンナイフで縦長に切れ目を入れた。そして日本で買ってきた四缶パックの缶詰のひとつを手に取った。


 かぱっ!!


 ツナ缶を開けて中身をパンに挟む、いわゆるシーチキンロールと呼ばれるものを作った。ツナ缶ひとつを丸々使った具材たっぷり贅沢仕様である。出来たてのそれに対しミケさんの目は釘付けだ。


「お、おおお…、魚がこんなに…」


「えっと…味はついてないんで塩とか振ってもらって…」


「な、なら坊や!例の…『まよ』ってやつはあるかい!?」


「ありますよ」


「じゃ、じゃあそれで!よし、お前たち!アタシは先に食うぜ!お前たちはその次に順番でな!」


 そう言うなりミケさんはパンにかぶりついた。すかさず弟たちから非難の声が上がる。


「え、えええ!あ、姉貴ッ!ずるいぞ、自分だけ!?」


「そうだぞ!俺が一番でも…」


「もぐもぐ…ごくん!ふうっ、こういうのは早い者勝ちなんだよ!それに朝食の販売も今はしてないから報酬に含まれるこれは何にも増して貴重なんだ!お前たちも分かるだろう、このパンと魚の美味さが!」


「ぐっ!?」


「むむむ…」


「そりゃ、まあ…」


「そうだ、これを食えるのは坊やの依頼を受けたモンだけだ!それ以外は食えない貴重な権利なんだ、これには親も兄弟も関係ない!早い者勝ちだ!分かったらアタシが食うのを邪魔するんじゃないよ!それに大人しく邪魔しないで待ってればその分だけお前たちに早く回ってくるんだからね!」


 そう言ってミケさんは再びパンにかぶりつく、それを半ば涙目になりながらも弟たちが我慢しつつ警戒を続ける。


「う、うう…。た、耐えろ、俺!」


「そうだ、ここにいられる俺たちは恵まれているんだ!」


 サバさんとキジさんが互いの体を支え合うようにして励まし合っている。その内容が気になった僕はすぐに尋ねてみる事にした。


「ん、どういう事ですか?」


「今、坊やのメシが食えるのは護衛に就いた者くらいだろう?だから、今は護衛に就くってのはギルド内で憧れの仕事なんだよ。それとなァ…最近は坊やのメシが食えなくなったからか皆もなんか活気がねえんだよ。それに比べりゃメシにありつける俺らはいわゆる勝ち組なんだよ。だからそれを考えりゃあ…」


 トラさんが比較的冷静に応じる、しかし気になるのか時折シーチキンのパンをチラチラと見ている。なるほどなあ、僕は思わず嘆息する。考えてみればここ異世界で庶民が食べられるパンは小麦の粉ではなくライ麦で作ったもの、少し酸っぱく歯触りもボソボソでおまけにカチカチだ。高級とされる小麦のパンでさえ品種改良がそこまで進んでいないのかそこまで味が良い訳ではなく、焼きたてでもあの香ばしい香りも立たない。日本で百円やそこらで買えるパンがここではとんでもないシロモノなのだ。


 それに対してミケさんが今食べているパンは日本で売っている真っ白な小麦の粉を練って作った物だ。パン作りが上手なマオンさん、さらにはホムラとセラが手を貸して最高の火加減と水加減で焼き上げられたものだ。そこにここミーンではなかなか手に入らない海の魚…シーチキンを加えた、たしかに勝ち組と言うのも頷ける。しかし、そんな勝ち組の冒険者になれるのはごくひと握りだ。その日の護衛に就いてくれた人への報酬の一部として…、せいぜい五人前後だ。


「ふう…、食った食った。だけど、寂しいよなあ。これでまたしばらくここでのメシが食えなくなっちまう…。あーあ、またショボいメシに逆戻りか…」


 気づけば食べ終わったミケさんが寂しそうに呟いた、入れ替わるようにサバさんが二番手としてパンに手を伸ばしている。そんな様子を見ていた僕にススス…とミケさんが音もなく寄ってきていた。


「なあ、坊や…。アタシの男にならないかい?そうすりゃ…」


「この泥棒猫ッ!!」


 どーんっ!!


 突如現れたマニィさんがすり寄ってきたミケさんを激しく突き飛ばした。軽く飛ばされたミケさんだがそこは腕も確かな冒険者、猫獣人族キャトレの身軽さを発揮し空中で体を捻ると危なげなく着地した。このあたりはまさに本物の猫のようだ。


「何するんだい!?」


「そりゃこっちのセリフだ!オレのダンナを…」


 現れて早々に睨み合う二人、僕はいきなり現れたマニィさんに驚いたものの気を取り直して尋ねた。


「マニィさん、どうしました?わざわざここに来るなんて…」


「ん、ああ、例のブド・ライアーが帰らねーんだよ。んで、シルフィの姐御あねごが対応してんだけどさ」


「何か問題でも?」


「あの野郎、言葉が通じねーんだよ。旦那を出せ出せの一点張りだ、それに今日に関しちゃ特に諦めが悪い、んでヤツがずっとギャーギャー言ってうるせーし仕事になんねーからちっとコッチの様子を見て来るって抜けてきたのさ。まあ、あのまま騒ぎ続けてたらいつかはシルフィの姐御に丁重にお帰りいただく事になるだろーけどさ」


「は、はあ…。マニィさん、自由ですね。」


「ははっ、まあね。だけど、あれだけ居座られちゃうとなあ…」


「会わせろですか、だけど何の用かも分からないのに行く訳ないですよ」


「そうだよなあ。少なくともヤツは自分が言ってんだから従え…みてーな感じだからなあ。ちゃんと口にした訳じゃねえけど商売をまたさせてやっても…みたいな感じだったし…」


「会う訳ないですね、それじゃあ…」


 いい加減、ブド・ライアーもその辺を理解させられないものかなあ…迷惑でしかないし。僕はどうしたものかと思案するのだった。


 次回、反撃開始?


 『プリンターは嫌がらせより強し』


 お楽しみに。

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