第519話 再開?しませんよ
「………そんな訳でブド・ライアー商会から知らせが来たぜ。商売をやめろとは言わない、勝手にやれだとよ」
「へえ…、そうなんですか…」
冒険者ギルド前でブド・ライアー商会の一行を追い返したその夜、マオンさん宅の庭で僕たちは夕食を摂っていた。石木のテーブルを囲むのはマオンさんにミアにガントンさんたち、本日の護衛であるラメンマさんたち犬獣人族の皆さん。さらには冒険者ギルド前でブド・ライアーと一触即発の状況になった時に助けに入ってくれたシルフィさんを招いた。
もっともシルフィさんだけを招くというのも気が引けたのでマニィさんとフェミさん、そしてグライトさんも招いた。するとグライトさんはやたらと張り切り日没と同時にギルドを閉め、すぐさまシルフィさんたちと飛んできた。そのグライトさんはさっそく焼酎をストレートでグビリと飲った。
「…で、どうする?再開するか?」
「しないですね」
「だろうなァ…」
「え?どうしてですかぁ?」
フェミさんが尋ねてくる。
「んー、まあ理由はいくつかあるんですけど…」
僕は少し考え、言葉を選びながら答えた。
「そもそも僕が商売を現在取りやめにしているのは奴のせい、それが回り回って自分の首を絞める事になっているものだから僕に再開しても良いと言っているに過ぎません。だから、町の皆さんの怒りの矛先が自分に向かわなくなれば再び嫌がらせをするでしょう。つまり自分が悪いからこうなっている、心から反省した上で謝罪する…そのぐらいにならないと同じ事の繰り返しになると思うんです」
「そうだな。ヤツの再開をして良いっていう言い方も癪に触るしな、しかも本人が頭下げに来た訳でもねえしな」
「ええ、そういうトコですね。それに向こうは困ってるんですよね、自分が蒔いた種で…。しかも護衛も集まりそうにない…」
「あれでは…誰も…近づきたくない。特に…我々のように…嗅覚鋭い種族ならなおさらだ」
犬獣人族のラメンマさんがボソリと言った。
「ウム、風向きによっては臭いが漂ってくるのが分かる」
同調するロビンマさん。
「凄い、ブド・ライアー商会からかなりの距離があるのに…」
今さらながらに彼らの嗅覚の鋭さに僕は驚く。
「あくまでもこれはミーたちが犬獣人族ならではの嗅覚があるからだな。人族ならばさすがに感じないだろう。だが近場の者たちは別だろうな、あれなら嫌でも悪臭を嗅がせられる」
彼ら犬獣人族の中でどちらかと言うとブレーキ役に回るテリーマさんが僕に彼らと人族の嗅覚の差について言及する。そんなテリーマさんがふと思い出したように言った。
「そう言えば聞いた事がある…」
「え?」
「あくまでも噂話だが…」
そう言ってテリーマさんは町衆や冒険者仲間から聞いたという噂を話し始めたのだった。
□
ミーンの町の中心部、そこから北東部がいわゆる商業地区でも大店が多く集まる所である。もっとも中小の商店でも古くから店を開いていれば軒を連ねていたりするので大小入り交じり広い通りに面してもいるが小道が敷地の横を抜けていくような場所もある。
ブド・ライアー商会はそんな場所の一角にあった。人か家畜かは分からないが汚物の臭いにまみれそこにいるだけで不快になる。それはブド・ライアー本人や店で働く者たちだけの問題ではなかった。近隣の商店の者たちも同様であった。
「どういう事ですか、ブド・ライアーさん!」
押し寄せた近隣の商店主たちが怒気をはらんで糾弾する。
「この悪臭、全てはあんたが元凶だって言うじゃないか!社交場でもその噂でもちきりだぞ!」
「なんでもあの『かれー』を売る若者に一切の商売をするなと脅しをかけて…」
「従わねば町衆にも何をするか分からんぞとまで言ったらしいな!」
「だからあの若者だけでなく町の衆までもが怒ってるんじゃないか!こんな風になってるのも全部アンタのせいだ!」
「い、いや、俺も直接そう言った訳じゃ…」
普段は太々しい態度のブド・ライアーだが集まってきた影響力を無視できない相手とその人数に今はマズいと思ったのか言い淀む場面が多かった。
「そういう事じゃない!もはや噂はどんどん大きくなるばかり、この話をしている者の数が多いんだ!そんな事はしていないとアンタひとりが言うのと町衆みんなが言っているのとどっちを信じると思ってるんだ!」
「それに何人もの人が見ている!冒険者も通りすがりも…、その様子をアンタへの不満と一緒に話して回ってるんだ!!おまけに安くて良い塩が買えなくなった、毎日楽しみにしていた酒が買えなくなった…冒険者ギルドに買い物に来たけど何も買えずに帰った人はアンタを相当恨んでるぞ!」
「恨みつらみはコイツに向けられるから良いが道を挟んで隣のウチはどうしてくれるんだ!肉を扱ってるのに周りがクソまみれで人が寄り付かねえんだよ!どうしてくれる!」
「それを言ったらウチは…」
「いやいやウチこそ被害は…」
次々に非難と恨み言がぶつけられる。特に隣近所にある商店や商会の主たちの怒りは激しい。ここ数日まるで商売にならないのだ、その怒りは次にブド・ライアー商会に石や汚物を投げ込むのはコイツらじゃねーか…とブド・ライアーを心配させる程に…。そんな中、この町でもかなりの古株の商店主が口を開いた。
「とにかくだ!ブド・ライアーさん、アンタあの若者に謝罪してこい!それで許しを請うんだ、私が悪うございましたと…」
「な、なッ!?」
「あんた、不満を言える立場かッ!?ハッキリ言おう、アンタこの町にいらない存在になってきてんだよ!商売の根幹にしている塩はあの若者の品質には遠く及ばない!他のモンだってな!今までは塩を扱うのがアンタだけだったし皆が一目も二目も置いてきたが今は違うぞ!害にしかならん!」
「が、害だとぉ!?」
「それ以外に何がある!だが、そんなアンタでも今まで商業ギルドに多額の会費を納めてたからな…だからこうして話し合いをしてやってるんだ」
一方的に怒鳴りつけに来てどこが話し合いだとブド・ライアーは思ったがそれは口に出さなかった。一応、そのくらいの分別はあるらしい。だが、そんなブド・ライアーに突きつけられたのは彼の自尊心を傷つけるのに十分なものであった。
「謝罪してくるんだ、そして以前のように商売をして下さいと頼んでこい!」




