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第518話 ブド・ライアー、逃げ帰る


「僕は商売をしない約束ですから。ねえ、ブド・ライアーさん?お前、言ったよね。僕に商売するなって…、僕はその約束を守っているに過ぎないんだ。だからお前の依頼は受けないよ、僕は約束を守る男だからね」


 冒険者ギルドの出入り口前、余裕が無くヒステリックにさえ感じるブド・ライアーに僕はそう言ってやった。


「は…はあ?お、俺がこう言ってるんだぞ。こうしてる間にもウチの店は…小便やクソぶちまけられて…ついには店の正面にまでドブ川の水がぶちまけられて…」


「それはまた…、名は体を表すというか…」


「なんだとッ!?」


「怒らないで下さいよ。ねえ、ドブ・ライアーさん?」


「〜〜〜ッ!!!」


 瞬間湯沸かし器のように一瞬で感情が沸騰したブド・ライアーが僕に掴みかかろうとしてくる。それに対しサクヤたち精霊が僕の前に姿を現す。だがそれより一歩先、そこに現れた人がいる。


 シャリンッ!!


 細身剣レイピアの刀身を抜き放つ際に立てる鞘の口金との摩擦音、それが何より鋭く響いた。


「動かないでいただきましょうか?さもなくば私の剣はあなたに振るわれる事になる。それ以上近づくのなら…ね」


 後ろ姿のシルフィさんが抜き身の剣を手にしてそう言った。一応その切先は地面に向いている、だが必要とあらばいつでもお前に向けてやるぞとその声は告げていた。


「ク、ク、クソがぁ!!女の分際でェェ!」


 ギリギリと歯噛みしながらブド・ライアーが言った。だが、それを側にいた商会の手代が必死に止める。


「お、お、お待ち下さい、旦那様ッ!ま、まずいですよ!」


「ああ!?何言ってる、テメーら!こんなヒョロッとした女、いくら剣を持ってるからって…」


「こ、この女はッ!ふ、ふたつ名付きの凄腕冒険者ですよ、私知ってます!たしかッ!!剣も魔法も使える有名な…」


 正確に言えばシルフィさんはギルドに寄せられたブド・ライアー商会からの依頼の様子を知らせに来てくれただけなので護衛ではない。だが、そんな事を知らないブド・ライアーとその同行者たちはシルフィさんの事を僕が雇った専属の護衛だと思い込んだようだ。


「ふたつ名だと!?へ、兵士百人に匹敵するとかいうアレか!?」


「はい、そのふたつ名です!」


「ぬ、ぬぬ…!どうしてそんな凄腕がコイツの護衛やってんだよ!つーか、そんなの護衛に雇うとかいくらかかるんだよ!それがなんでこんかヤツに…」


「こんな奴?」


 だんっ!!


 シルフィさんが地面を音が出る程に踏み込んで突っ込んだ、その先にはブド・ライアーがいた。


 ぴたり…。


 ブド・ライアーの鼻先に剣が突きつけられていた。


「言葉使いに気をつけるが良い。私には悪い癖がある、守るべき人を悪く言われると容赦を忘れ手加減が出来なくなる」


 そう冷たい声で告げた後、シルフィさんはレイピアの刀身の側面はらをブドライアーの頬にペタリと当てた。刀身の冷たさか…はたまたシルフィさんの殺気によるものか…、ブドライアーはブルリと震え言葉さえまともに吐く事ができない。恐怖にすくみ情け無い声を洩らした。


「あ…ああ…」


 さっきまでの怒りはどこへやら、ブド・ライアーはすっかり怯えた顔になった。まるで赤だった信号が次の瞬間には青になったかのようだ。そんなブド・ライアーに追い打ちとばかりにふわりふわりとサクヤたちが浮かびながらゆっくり近づき取り囲む。


「…私だけではないようですね。彼女たちも同じ気持ちのようです」


 そう言うとシルフィさんはゆっくりと剣を鞘に納めた。今度は音は立たない。僕を守るように前方にいるから後ろ姿しか見えないがそれでもその動作は美しく優雅にさえ思える。


「…な、なんでだ!?護衛だけでなく精霊までもだと…、あの家に住み着いているだけでなくついてくる奴もいるってのか?」


「さあね」


 ブド・ライアーの問いに僕はすっとぼけてやった。教えてやるつもりはない、だけどこれだけは言ってやる。


「僕はお前の依頼に応じるつもりはない。そもそもなんでお前の言う事を聞かなきゃならないんだ。僕の周りや町の皆さんに迷惑がかかるぞと脅して商売あきないをやめさせた癖に!それでいて今度は自分が困ったからって僕に何かをさせようとする…。恥を知れッ!!」


「こ、このぉッ…」


 僕の言葉に青くなっていたブド・ライアーの顔色に再び赤みが差してくる。そして怒りの気持ちが戻ってきたブド・ライアーが何か言おうと口を開きかけたその時、周囲から怒りの声が次々と湧き上がった。


「噂は本当だったのか!俺たちが真っ白な塩を買えなくなったのはッ!!」


「自分はあんな質の悪いのを売っておいて!!」


「間違いねえ、このブド・ライアーはクソ野郎だ!いや、クソは畑に撒けば肥料になって役に立つ!コイツはクソ以下だぜ!」


「こいつだけじゃねえ!こんなクズの下で働いてる奴らもクズだ!」


「ギリアムの奴もだが親父もどうしようもねえな!やっぱりクソからはクソしか生まれねえ!この町にはいらねえよなあ!!」


 わーわー!!辺りから怨嗟えんさの声が渦を巻く。今にも石でも拾って投げつけてきそうな雰囲気だ。


「ひ、引き上げるぞ!!」


 逃げるようにしてブド・ライアーが派手で悪趣味な馬車に乗り込むとすぐさま走り出させた。手代たちは駆け足でそれに続いていく。


「帰れ帰れー!!」


「二度と来んな!」


 町衆の罵声が逃げるブド・ライアーの一行に浴びせられる、中には石を投げつけている人もいた。ブド・ライアーがマオンさん宅にやってきてから数日、なんだか町が変わりつつある…そんな風に感じていた。




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