第513話 商売、やめます
押しかけてきたブド・ライアーを追い返した翌朝、僕たちはいつものように朝食販売をした。メニューはホットドッグだ。
マオンさんが焼いたコッペパンにあらかじめ切れ目を入れたもの、それと茹でた大きめのフランクフルト用意する。それをパンに挟んだものを会計済みの人に手渡す。それを受け取った人は少し離れたテーブルに置いた調味料…トマトケチャップとマスタード、変わりどころではマヨネーズも用意している。それを自分好みの量を使ってもらい食べてもらう。一番手に並んでいたナジナさんは二つ購入して一つはケチャップとマスタードの定番の味付け、もう一つはお気に入りのマヨネーズをかけてそれぞれを左右の手に持ち食べ比べをしている。
ちなみに肉類が苦手なエルフ族の人の為にホットドッグの代わりに用意した物がある。ズバリ七色のレインボーパン、…と言っても食パンにチョコレートクリームやピーナッツバターに各種のジャム…合わせて七種類ほど縞々(しましま)模様に塗っただけの実に簡単な物だ。だけどこれが意外に好評、色々な甘味や果物の味が楽しめると好評だ。
そして今日も無事に販売を終えると今度は僕たち販売チームや朝の依頼などの手続きを終えた受付嬢たちの朝食&ティータイムだ。テーブルを囲みしばし時間を過ごしてから最後にギルド前の塩や焼酎の自動販売機に建物内から在庫補充をしてマオンさん宅へと帰路につく事にした。
シルフィさんたちに見送られ冒険者ギルドの扉を開け外に出ようとすると望まない奴との再会が待っていた。昨日追い返したブド・ライアー父子とその手代たちであった。
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「昨日はよくも…!だが、今日は昨日みたいにはいかんぞ!ここはお前の家ではない!目障りな精霊どもが気に入っているのはあの場所らしいからな、ここには現れねーだろ!」
ブド・ライアーが捲し立てる。
そんな事ないんだけどね、僕は心の中で呟いた。昨日はああ言ったけどサクヤたちは基本的に僕と一緒、頼んだらきっと力を貸してくれると思うけどその事はあえて黙っておく。何もこちらの手の内を教えてやる必要はないのだから。
だが、そんな僕の様子を見てこれが攻めの糸口と感じたのかブド・ライアーは調子づく。
「おっ?ダンマリかぁ?そうだよなあ、ここじゃお前を守る精霊どももいない。つまりよぉ…」
得意そうに話す話すブド・ライアーと僕の間に複数の人が割って入る。今日の護衛を担当する五人組冒険者パーティ『エルフの姉弟たち』と『魔法姫』の異名をとる凄腕のフィロスさんである。
「守る精霊がいない…、そうだとすれば何をしようと言うのです?」
パーティを代表してか、長女格のセフィラさんが問う。彼女もまた実力の確かな冒険者、静かだがその声には迫力がある。
「な、なんだ、お前ッ!?話に割り込んできやがって…」
「こちらはこの町でも有数の商売をする方、それを妬み悪心を抱く者が現れても不思議ではない。それゆえ私たちが護衛に就く、何があるか分からぬ中で単身で動く道理はないわ」
言うやいなやセフィラさんは…、いやセフィラさんだけではない護衛に就いているそれぞれがいつ何があっても良いように準備を始めた。特にキルリさんの行動は一番分かりやすい、矢筒から数本の矢を取り出すと前に軽く放る。そして何事か呟くと矢は落下をやめまるで方位磁針の針が北を指す前のようにクルクルと回るとやがて鏃をブド・ライアーたちに向けピタリと止まる。
「迂闊に動かない事です」
キルリさんもまた静かに言った。
「この矢は実に敏感、悪意を持って動くならば風の精霊に導かれ狙いを外さず敵を貫く。その威力は一矢で大猪すら絶命は免れない…。どうです、試してみますか?その体で…」
「む、むぐうゥゥ…」
悔しそうに歯噛みしてブド・ライアーは一歩後方へと後退った。どうやら踏み込んでくる勇気は無いらしい。
「なんだいなんだい、黙って聞いてりゃ!!アンタ、砂混じり塩売りじゃないのさ!よくもこの町に真っ白な塩を持って来てくれてる坊やちゃんに因縁つけてるんだい!」
声をした方に目を向ければそこには朝の買い出しか、自動販売機で塩を買ったと思われる猫獣人族のオタエさんの姿があった。その声を皮切りに周りの人々…塩を買おうとする人たちからも罵声が飛び始めた。
「そうだったな…、この塩を売ってたのもテメーだったな…」
ブド・ライアーの瞳にあった憎しみの色が一段と増した。
「チッ!クソがよ…。コイツのせいでウチの塩が…ん、待てよ…?」
舌打ちと共に何か呟いていたブド・ライアーだが不意に何か思いついたらしく憎しみのこもった表情から一転、ニタァ〜と笑みを浮かべた。
「そうだった、そうだった。テメーはよぉ、ウチにずいぶんと商売で損をさせてくれたよなあ?ずいぶんと町にも溶け込んだみてーだし…」
クックッと笑いながら嫌な目で僕を見てくる。
「何が言いたい?」
「なあに…簡単な事だ。テメーがそうやって大えツラしてると困る奴が出てくんじゃねえかあ?その大事な客どもとやらが何かと不便になるんじゃねえかってよォ…、他にも親しいヤツはいるんじゃねえか?こんだけ派手に商売してりゃ親しいヤツもいんだろーし…ソイツらが不幸になるかもなァ〜」
口元の嫌な笑み、どうやらブド・ライアーは直接僕をどうこうするのを諦めて搦手から攻めようというみたいだ。商業ギルドのサブマスターとしての地位を利用し他業種も含めて町での販売する物品に制限をかけたりして町衆を不便にしたり、あるいは僕と親しい人に何か危害でも加える気か…?
「まさか、荷止め(商品を故意に流通させないようにする事)を…他にも…」
「さあな…。まあ、テメーが商売しねーってんなら話は変わるんじゃねーの?」
薄ら笑いを浮かべながらすっとぼけるブド・ライアー、それを見て僕は色々考える。
商業をしない、つまりは販売活動をやめるなら何もしないとコイツは言っている…本当かどうかは分からないけど…。つまりこういう事だろう、腕力に訴えるとかしようとしたけど精霊たちやセフィラさんたちに阻まれて断念。オマケに自分の商業敵である事を再認識、真っ白な塩の存在は自分の塩では絶対に品質で敵わない事も…。だから商売をやめさせたい…、そして金が僕の懐に入れないようにしたいという事だろう。そうすればやがて護衛を雇う金も尽きると踏んだのだろう。
残念、僕の稼がせてもらったお金はハッキリ言ってそう簡単には尽きないよ。だけどここはあえてその発言に乗ってやる事にしよう、ちょっとやりたい事もあるし…。
「分かった、商売をやめる」
「ええッ!!な、何を言ってるんだいゲンタ!」
「そうだよう、お前さんが商売をやめたら塩も…それにウチの種族が愛してやまない魚も…」
マオンさんが、オタエさんが声を上げる。それだけじゃない、他の人々からも次々と戸惑いの声が上がる。
「ら、『らめぇぇ!?ん』はどうなるんだ?この強い酒も…」
「た、卵は…?」
「時々売りに出すあの丈夫な服は買えなくなるのか!?」
町の人々が口々に僕に詰め寄る。
「すいません、僕が取り扱っている物はそんなに幅広くはありませんし…。そのせいで…僕の手が回らない品物が買えなくなったりしたら困るのは町の皆さんです」
「そんな…」
「それに…僕はこうして守ってもらえてますが、そうじゃない人がもし嫌がらせでもされたら…それこそ取り返しがつきません」
「うう…」
僕の返答に町の皆さんが言葉を失う。
「誰もそんな事までは言ってねーぜ、なあ?」
目論見が上手くいったと感じたのかブド・ライアーはますます嫌な笑みを浮かべている。それに応じるように周りの手代たちも主人の声に応じている。
「だけどここに並んでいる人たちに罪はない。せめて今ここに並んでいる皆さんは塩を買って行っても良いだろう?」
そう言うとブド・ライアーはヘッと鼻を一つ鳴らした。
「まあ、いーだろうよ。それが最後の商売だしな。こっちも店の塩の値札を付け直さなきゃならねー。これでこの町で塩を買えるのはウチだけだ、もう遠慮はいらねー」
そう言うとブドライアーは派手な馬車へと戻っていく。息子の肥満児もこちらに舌を出してから父親の後に続く。そのブド・ライアーだが馬車に乗り込もうと床板に足をかけた時、こちらを振り向いて口を開いた。
「そうだ、テメーが立ち行かなくなったら酒だとか『かれー』だとかウチに持ってきな。俺が買い取ってやるぜ」
そう言い捨てて馬車を出させた。そして後には僕たちだけが残された。そこで僕はパンパンと手を叩き町の皆さんにできる限りの大きな声で呼びかけた。
「さあさあ皆様、ご覧の通りです。この場限りになりますが塩や酒の販売をいたします。これを逃すとブド・ライアー商会から睨まれなくなるまで買えませんからね」
すると町の皆さんがこぞって買い始めた。いわゆる買いだめである。
「あんなブド・ライアー商会の塩なんてこの白い塩と比べたら…。できるだけ買っていくよ!」
「まったく!あの商会、ロクな事をしねえ!」
人々は口々に不満の声を上げながら塩を買っていった。それは補充したばかりの在庫が完全に無くなるまでに続いたのだった。