第503話 雄(オス)の子(2) 〜 クリン 〜
男の名前を『キリー』から『クリン』に変更いたしました。
「お、男の子…なの?」
僕はびっくりしてミアリスさんに尋ねた。クリンちゃん…いや、クリン君が男の子だなんて…。
「……………」
もう一度彼女を…、いや彼を見る。華奢な体、立ち居振る舞いもまるで女の子だ。一瞬、ミアリスさんにからかわれているのかとも思ったけど彼女はそんな事をするような人ではない。…と、するとやっぱり本当…なんだろう。
「砂狐獣人族の慣習なんだそうです。男の子は12歳になるまで女の子の格好をさせて育てるっていう…。なんでも砂狐獣人族は一般的な狐獣人族の人と比べて体格が一回り小さく病気に弱い。とりわけ小さい子は病気になると重篤な状態になりやすいそうで…。だけど小さい時に女の子のようにして育てた男の子は体が丈夫になり無事に成人を迎えられるんだそうです」
「は、はぁ…」
うーむ、小柄な体格と相まって女の子にしか見えないがそういう経緯があったのか…そう思った時だった。不意に視界が塞がれる。
「だーれだ?」
真っ暗になった世界、聞き覚えのある声。
「うわっ!ミ、ミミさん!?」
そう言うと視界が開けた、振り返るとミミさんがいた。しかし、その服装を見てひとつ疑問が浮かぶ。
「なんでその格好?」
「ゲンタ、こういう格好が好きな気がして…せぇらぁふく」
そこには紺色ベースのセーラー服を着たミミさんがいた。
「ステージ衣装の候補。ゲンタ、こういうの嫌いじゃないと思って…。これ、牝のカン」
「そこは女のカンと言って下さいよ…」
「ところで…この子は誰?ゲンタ、また女の知り合い増やした?私も負けてられない、グイグイ」
そんな風に言いながらミミさんは僕に自らの体をこすりつけるようにしながら迫ってくる。
「ちょっと…、ちょ…待ってよ。ミミさん、落ちついて!」
某イケメン俳優のようなセリフ回しで僕はミミさんを抑える。…が、ミミさんは止まらない。
「待たない、スリスリ」
「き、聞いて下さい!この子はクリン
君。男の子ですよ!」
「まさか、どう見ても…」
「本当なんです!実は今日初めて会うから挨拶に来てくれたんです。間違いなく、男の子!」
「本当に?」
怪訝な顔をしながらミミさんがクリン君に尋ねた。
「うん…ボクは男の子…いえっ、雄の子なの!」
「えっ?なぜに雄って言い直したの?」
僕がそう尋ねるとクリン君はちょっと後退るような仕草を見せたけどすぐにキリッと引き締まった表情になって返事をした。
「ボ、ボクは小さな頃から女の子みたいに育ってきたからよく仕草がナヨナヨしてる…みたいに言われの…。だけど、ボクだって男らしくなりたいの!ううん、ただの男じゃなくて…も、もっと男の魅力がいっぱいありそうなのは雄なの!だ、だからボクは男の子じゃなくて雄の子なの!」
クリン君の両手をギュッと握っての一大決心…なんだけれども容姿といい仕草といいまさに美少女のそれである。一部の人の心には刺さりまくる可憐なケモ耳ボクッ娘がそこにいた。
「むむう…この子、確かに…あるべき所にあるべきものがある気配はある。だがしかし…これほどまでにその気配を無くすこの資質…。それでいてあざとさを感じさせない可愛さ…。ゲンタ、この子をどうするつもり?」
「えっ?ど、どうするつもりって…。そ、そうですね、他の男の子たちと同じように土木作業をして働いてもらおうかな…と」
「ダメ、絶対」
「えっ?」
いつになく真面目な顔でミミさんは僕をまっすぐに見つめた。
「それは才能を地に埋めるようなもの。間違いない、この子は私たち兎獣人族に預ければものすごく魅力溢れる子になれる!」
「魅力溢れる子に?」
そ、それなら…、もしミミさんがクリン君の魅力を引き出してくれるのなら良い事なんじゃないのか?クリン君は男の…雄の魅力溢れる人になりたいんだから…僕がそう思っているとミミさんはさらに力強い言葉を続ける。
「うん。間違いない、その天賦の才能がある。だけど磨かなければそうはならない!いかなる宝石の原石も磨かなければそからに転がってる泥まみれの石と変わらない。いつまでも埋もれたまま…」
「埋もれたまま…。そ、そんな…」
「でも私ならならそれができる。兎獣人族はステージに立つ事が多い。だから自分の魅力を引き出す術に長けている。やってみせる、この子の魅力を引き出す事を…。男らしさは分からないけど」
魅力を引き出せる…か。ミミさんはダンサーとしてステージに立つ事が多い、つまり他人に自分をどう見られているかについてやはり詳しいのだろう。そう考えるとクリン君を魅力的にしてもらって、しかる後に男らしさを身につけていけば魅力溢れる男性になれるんじゃないだろうか。
「ボ、ボク、行きたいッ!!…なの。魅力的な雄の子になりたいなの!お姉さん、ボクを…ボクを連れてってなの!」
クリン君が決意に満ちた表情でミミさんに迫った、それをミミさんもまた引き締まった表情で相対する。
「あなたの覚悟、受け取った。ならば今からさっそく…。ゲンタ、この子を夕方まで社交場で預かる。任せて」
いつになく真面目なミミさんの表情に僕もミアリスせんも、そしてマオンさんも引き止める事なくクリンを預けた。どんな風にしてクリン君の魅力を引き出すのかは分からないけど彼女が出来ると言うからにはきっと自信や勝算があるのだろう。そんな訳で僕たちは社交場に向かうクリン君とミミさんを見送った。
そして夕方近くになった頃…。
「やあ」
ミミさんが…、そして他の兎獣人族の皆さんもやってきた。うーん、死語をふんだんに使って言うのならかわい子ちゃんがいっぱいというやつだろう。
「お帰りなさい、皆さんもお揃いで。それでクリン君は…?」
僕がそう尋ねるとミミさんたち兎獣人族の集団の中から一人の女の子が進み出た。それはとても可愛らしい女の子、まるでクラスの友達の誕生日のパーティに髪や服などをおしゃれをして出かけるような感じである。だけど、耳は兎獣人族のように縦に長いものでのはない。まるで猫とか犬、あるいは狐のような…ん?狐…まさか?それに髪の色は明るい黄緑色…。
「ミ、ミミさん…、まさかとは思うけど…この子は…クリン…君?」
僕がそう言うと進み出た子は少し恥ずかしそうにしながら頷き口を開いた。
「ボ、ボク…女の子になっちゃった…」