第501話 ウチにおいで
翌日…。
冒険者ギルドで朝食販売を終えた頃、丁度ミアリスさんがギルドに戻ってきた。今日も夜通し薬草を採取してきたようで麻袋をカウンターで買い取りの手続きをしている。そんな彼女に僕は声をかけた。しかし、なんと言って話を切り出したら良いか…そんな風に僕が戸惑っているとマオンさんが二言、三言の言葉を交わすと話を切り出した。
「何があったんだい、ミアリスの嬢ちゃん。何か悩んでいるのなら儂に話してごらんよ。力になれるかは分からないけど少しは気持ちが楽になるかも知れないよ」
さすがだなあと思う、僕にはこんな風に自然と会話に持ってはいけない。それをさらりとやってしまうんだから…、これが経験の差だろうか。
「はい…」
そう短く呟いてからポツリポツリとミアリスさんは話し始めた。それによると彼女はあと二ヶ月もすると十六歳になり晴れて成人となる。それを受けて現在の見習いから正式なシスターとして認められるという。その後については教会に住み続けるか、あるいは独立して暮らし始めるか…そのあたりは個人の裁量に任されるらしい。
「ふむ、それで嬢ちゃんは教会を出て日々の糧を冒険者の仕事で稼ぐ事にしたのかい。だけどさ…嬢ちゃんは怪我を治したりする事はできるけど腕力がある訳じゃない、荒事は苦手だろう?薬草だって季節によっちゃあ…それこそ真冬には採取れない訳だしさ…なにかと難しくはないかい?」
マオンさんの言う通りだった。ある程度、冒険者として稼ぐ為には武力が必要になってくる。獣を狩ったり、護衛をしたり…荒事になってしまっても不思議ではない。せめて教会に残り衣食住のうち食べる事と住む事が担保されていれば出費は抑えられるが教会を出てしまうと…。
「それにミアリスさん、その…教会を出るとなるとなにかとお金がかかってしまいますし…」
僕も心配になった事を伝えた。宿代や食費がかさんで生活を圧迫するのは火を見るよりも明らかだ。
「分かっては…います。でも…」
彼女の話によれば僕がこの町に来る少し前…。冬の寒さ厳しい頃にひどい風邪が流行ったそうだ。ひどい熱と咳に苦しみ少なくない数の人が亡くなったとの事、地球でいうところのインフルエンザのようなものだろうか。その流行病のせいで最近親を失って天涯孤独になってしまった子がいるらしい。
「教会では身寄りのない子の面倒を見ていますがその数にも限界があります。…ですので私が教会の外に出れば代わりに入れる子がいます。それに私はもうすぐ十六歳、教会を出て一人で暮らしていってもおかしくない年頃です。それがちょっと早まっただけ…」
「もしかして…嬢ちゃん。ここ数日、毎日のように夜通しの薬草採りに行っているのは…一人で暮らす為の準備を少しでもする為なんじゃないのかい?だから、悩んでいるだけじゃなくて体には疲れもたまっているんじゃ…」
あっ…、そういえばそうだ。ミアリスさんは夜通しの薬草採りに行く事があるが何日かに一回の割合じゃなかったっけ…、たしか一週間に一回くらいのペースで…。それを毎日…、教会での活動もあるだろうからロクに寝ていない…もしかすると休憩すらとってないのではなかろうか。真面目で優しい彼女の事だ、それこそ一日でも早く孤児院を兼ねている教会から出ようとしているんじゃないか…そんな考えが頭に浮かんでくる。
だけど僕に何が出来るというのか、地球で生まれ偶然でこの異世界に来ただけの僕に…。教会を出て決して楽ではない暮らしを始めようとする彼女に僕が無責任に何か物申して良いのか…。そう思った時だった。
「なら、ウチで暮らすと良いよ。ミアリスの嬢ちゃん」
声の主はマオンさん、驚いて僕は…そしてミアリスさんもハッと顔を上げた。
「嬢ちゃんの事は…、儂は少しは分かっているつもりだよ。初めて会った時からそこまで日が経っちゃいないけどね…優しい子だよ、お前さんは」
まるで可愛い孫娘を見るような顔でマオンさんは語りかける。
「で、でも…ミアは…。マオンさんと親戚とかって訳でもないひ…。しゅ、種族も違うし…力も強くないしお金もある訳じゃないし…」
「それがなんだって言うんだい!」
一転、マオンさんが少し大きめの声を出した。
「種族が違うってのなら儂はもうドワーフのガントンたちとも暮らしとるよ!力が強くないってのなら儂はもう五十をとっくに過ぎたヨボヨボの体だ。金だって元はと言えばパンを焼いて道端で売って日銭を稼ぐ辻売だ、雨の日が続けば売り上げが何日も上がらない貧乏婆さんさね」
「……………」
「よくお聞き。儂はパンを焼いて声を張り上げて売るくらいしか出来る事はない。でも、ミアリスの嬢ちゃんは身軽だし薬草の見分けが出来るじゃないか。怪我だって魔法で治せる」
「ま、魔法って言っても…。出来るのは軽い怪我を治すくらいで…」
「嬢ちゃんはまだシスターの見習いなんだよ、それで回復の魔法が出来るんだから大したモンだよ!世の中、魔法を使えない人がほとんどなんだからさ」
これはマオンさんの言う通りだ。なんでも魔法を使う素質があるのは五人に一人くらいなんだそうだ。しかもその魔法を使えるようになる…いわゆる魔術師と呼ばれる存在になるには学び修練する必要がある。それには若い頃から魔法を学ぶ為に学院や高名な魔導士の私塾に通うなりして魔術師になる修練を積む。そして新米魔術師としての一歩目を踏み出すのだ、だからいっぱしの魔術師と呼ばれる人が杖とローブのお爺さん…といった風貌になるのはそれだけ長い修練を要するという事だろう。
また、その五人に一人の割合と言われる魔法の才能だがいくら天性の素質があっても磨かなければ何にもならない。これは地球においてもそうだろう、言うなれば優れた運動能力と素質を秘めていても練習をしないでデスクワークをするようなものだ。メジャーリーグのスター選手になれる素養があってもそれをしなければなれる訳がない、名声や大金を得られたかも知れない才能…それが勝手に身に付かないのは地球も異世界も一緒なのだ。
魔術師の話をしたけど例外としてエルフの皆さんが得意とする精霊の力を借りる精霊魔法や司祭とか神官と呼ばれる人が得意とする回復系の魔法は神の力を借りてのもの…これらは修練の必要もあるけど他者からの力を借りて魔法を行使するものだ。だから、修練より精霊や神とのつながりを得られれば覚醒というかいきなりその魔法を行使する力を得たりするという。ミアリスさんが成人前にも関わらず回復の魔法が使えるのはそういう事だろう。
「儂はね、ミアリス…お前さんの優しい所が大好きなんだよ。通りで怪我していた儂とゲンタを…見ず知らずなのに助けてくれたじゃないのさ。だから今度は儂が手を差し出す番さ。遠慮せずに来ておくれ。そうすれば気になっているという子供たちを教会に住まわせてやれるだろうよ」
優しい笑顔を浮かべマオンさんはミアリスさんに呼びかけた。