第499話 蛇の道は恋!?
「それは道…」
意外な言葉が出てきた…、それが最初に聞いた時の嘘偽りのない印象だった。恋愛運とか金運に仕事運、そういうのがよく聞かれる占いの鉄板の内容だ。しかしヴァティさんの口から出た言葉はそのどれでもなかった。これはどういう意味なんだろう。
「道…ですか?」
「はい」
僕はここ異世界の道を頭に思い浮かべた。大小様々な道がある、そのどれもが土がむき出しのものだ。日本で例えるなら公園などの舗装されていない土の地面だろうか。だけど、それだって日本の公園の地面のようになめらかなものではない。でこぼこもあるし馬車がよく通る道ならば車輪の跡…いわゆる轍が深く刻まれている。何が言いたいのかと言うとアスファルトで舗装された道と比べると全然違うという事だ。特に雨とか降った後とかは…。
「我が神、ヴァシュヌのお告げによれば…」
僕が異世界と日本での道の差異について思いを馳せているとヴァティさんの説明が始まった。いかんいかん、今は話の最中だった。気を引き締める。ヴァティさんによるとヴァシュヌ神より『ふたつの道、新たにひとつに交わらんと欲す。その結末や吉か凶か、いかに?』との事だそうだ。
裏返しにしたカードをテーブルの上に広げた、それをヴァティさんに混ぜてもらう。占う事柄を念じながらカードの一枚一枚、その全てに一度は触れるようにとも伝えた。彼女は真剣な顔でカードを混ぜている、しばらく互いに無言でカードを混ぜる音だけがする静かな時が流れた。
「……………」
それにしても道か…、僕は神様からのお告げについて考えた。此処ミーンにはすでに街道が通っている、海のある南方より塩を運んでくるという交易路としての意味もある『塩の街道』を初めとしていくつかの道が…。その道はすでに交わっている訳だからヴァシュヌ神のお告げである『新たにひとつに交わらんと欲す』には該当たらないだろう。そうなると新たな道が敷設されるのだろうか?
ちらり…。
テーブルの上に視線をやればヴァシュヌさんが混ぜていたカードを集め始めていた、それを揃えてひとつの山にまとめていく。
新たに交わるふたつの道、もしかするとここミーンの町に新たな経済的発展でも起こって道を作る必要が生まれるのかな。そうなるとおそらくナタダ子爵家が主導する公共事業みたいな事でもあるのかも知れない。そういえばヴァシュヌ神は金運とか商売運を司るとか…、日本風に言えば商売繁盛に御利益があるみたいな感じだろう。もしかするとヴァシュヌ神はこの町の発展について占いをするようにとお告げを下したのかな…、そう考えると結構責任重大な気がする。この占いの結果によっては町の発展に水を差す事にならなければいいけど…、ああダメだダメだ!弱気になっちゃ!良い結果が出るように僕も気を強く持たないと…そう考えたところでヴァティさんのカードをまとめる手が止まった。準備OK、さあ始めますか。
……………。
………。
…。
「こちらにはすでに最良のきっかけはあったようですね、このカードは『運命の輪』。僕は駆け出しとはいえ商人なのでそれらしく言えば絶好の商機到来といったところでしょうか」
僕の話す占いの結果をヴァティさんは真剣な面持ちで聞いている、普段から真面目な方だが今日はさらにその真剣さが増している。やはり信仰する神様からの直接のお声がかりというのはそれだけ大切なものなのだろう。
「また、もうひとつの他者的な要素は…うーん今回の場合だと…向こう側?相手先?になるんですかね。そちらも良いですね。『皇帝」のカード、確固たる意思やリーダーシップを表すのですが今回の交わるふたつの道というテーマで考えるとまさにしっかりとしたものが築かれるでしょう。また、『皇帝』のカードには父親という意味も含んでいます。今回の場合だと男性でしょうか、もしかするとふたつの道を交わらせる決定をするとか…あるいは道が交わったその後が良いものになるか悪いものになるか…そのカギを握るのが誰かは分かりませんが男性なのかも知れません」
「男性…」
「はい、占いとしてはそのように出ていますね。そして最終的な…今の流れからくる結果についてですが…」
残る二枚のカード、僕はそれを示した。そこにあったのは逆位置の『吊るされた男』と正位置の『恋人』のカードだった。
「まず、この男性が描かれたカード…これはハングド・マンと言います。足首を縄で縛られて逆さ吊りにされています。これは長い忍耐や試練の果てに成果が出る事を暗示するカードです。しかし、今回は逆さまの向きですので意味は変わり苦労はすれども成果が出ない…そんな意味になります」
「そんな…」
ヴァティさんが思わず…といった感じで席から腰を浮かす、しかし僕はそれを止めた。
「お待ち下さい、このカードは一枚だけでは意味を成しません。もう一枚の…他の六枚のカードを頂点としたものの真ん中にある残る一枚のカードに付随する意味を持ちます」
そう言って僕は最後まで残っていた『恋人』のカードを示す。
「この男女が描かれたカード、これは『恋人』と言います。文字通り恋人…交際を始めていく二人を示すものです」
「恋…人…」
「はい。誰か気になる人がいて、その人との恋愛を願う…そんな占いをしたものであらば最も良いカードとも言えるでしょう」
「……………」
「このカードが示すのはこれから先の期待感や楽しみが始まるといったもの…、まさに恋を始める人にはうってつけのカードですね。でも、まあ今回のふたつの道が新たに交わる…という事であれば色々と期待が持てる、楽しみがいっぱい…有意義なものになるでしょうといったどころでしょうか」
「それではっ!」
「お待ちを…」
ヴァティさんが何かを聞こうとしたが僕は再び彼女を止めた。
「ここで先程の『吊るされた男』のカードがモノを言ってきます。あのカードはこの『恋人』のカードの結果に行き着く為の方策を示しています。何々(なになに)をしなさい、あるいは何々をしてはならないといったような意味になります」
「そ、そうなるとこのカードの意味は…」
「苦難や試練に耐えて打ち克ちなさいという事だと考えます。さもないと…」
僕は『恋人』のカードに手を伸ばし裏返しにした。
「この結果に行き着く事はありません…と占いは言っています」
「苦難や試練に耐えれば…。現世神様、分かりました。私は必ずやり遂げてます!ですから、現世神様…どうか見守っていて下さいませ!」
決意に満ちた顔でヴァティさんが言った。
「はい、ヴァティさん。あなたが願う結果にたどり着く事を僕は楽しみにしていますよ」
新たな道を敷設るのにどういう苦労があるのか、あるいはそれにヴァティさんがどう関わるのかは僕にはよく分からない。だけど彼女が願うならそうなって欲しいと思う。決意を新たにといった雰囲気の彼女をそんな風に見ていると突然部屋のドアがバーンと音を立て勢いよく開いた。そしてそのまま見慣れた顔が一斉に入ってくる。冒険者ギルドでも顔馴染み、ソリィさんたち蛇獣人族の面々だ。その彼らがヴァティさんの周りでやんややんやの大喝采だ。
「いやー、良かったですなあ!巫女様!」
「俺っちは途中で雲行きが怪しくなった時はどうしようかと思いましたぜ!」
「あとは巫女様の恋路が上手く行くのを願ってるぜ!」
「え?恋路?どういう事?道って人が通る道じゃないの?」
周りの雰囲気に取り残され訳が分からない僕が彼らを見回しながら尋ねた。
「わはは、坊や!そりゃあ確かに道だ、間違いねえ!人が歩いたり物を運ぶアレだ!」
「で、でしょう?それがなんで恋路に…」
「我らが神ヴァシュヌのお言葉によりゃあ俺っちたちの生涯もまた道なんだとよ。遠い遠〜い旅をする道だ。だけどよ、その長え旅だってずっと一人じゃないだろう?仲間と一緒だったりとか…」
「え、ええ…。旅は道連れなんて言葉もあるし…」
「そうだろ、そうだろ!その中には嫁さんもらって一緒に暮らすってのもあるじゃないか。特にヴァシュヌ様の教義によりゃあ交わる道ってのは伴侶なんだってさ。つまりはそこに至る道、恋路って訳さ!」
「な、なんですと!」
驚く僕にヴァティさんが口を開いた。
「現世神様、落ち着いて下さいませ。この道というのが人や物を行き交せる道となるのか、共に生きる道となるのか、…あるいはその両方かそれは私には分かりません」
さ、三通りしか種類がなくてそのうち二つが恋路じゃないですか!かなりの高確率ですよ!日本には蛇の道は蛇という言葉があるけど…蛇神様の道は恋…という事か…。なんだろう、最近の僕の周りは妙に騒がしい気がするよ…。