第50話 その美少女は…サクヤのともだち?
昨日、マオンさんの家の井戸端にコンクリートを敷いた。天候の事を失念していたが、西の空を見たマオンさんによれば少なくとも明日の午前中から遅ければ昼過ぎくらいまで雨はないだろうとの事だった。
作業後にマオンさんが沸かしてくれたお湯で緑茶を淹れて、夕食のパンを食べる。さすがに外で食べるにはまだ人通りがあるこの時間では目立ってしまう。そこで僕たちは納屋に入り、サクヤにも出て来てもらい食事を摂った。
「じゃあ、あのペタペタやってたのが明日には石になっちまうと言うのかい?」
驚いた表情でマオンさんが声を上げる。
「うーん、明日というのは言い過ぎたかも知れませんね。速乾性と言っても明後日か三日後か…、暖かくなるか寒くなるかでもその時間は変わってきます」
「しかし、乾いたら石になるなんてねえ…」
マオンさんは信じられないといった様子だ。
「いや、別にゲンタを疑う訳じゃないんだよ。だけど、そんな…、ねえ。石になっちまうなんてさ、まるで御伽話の人を石に変えちまう魔物みたいな事さね。それがこんな町中で起こるなんてさあ…」
「いや、まあ…上手くいかないかも知れませんし。上手くいったら儲けものくらいでいてくださいね」
僕は果物や甘い物が好きらしいサクヤにジャムパンをちぎって与えながらマオンさんに返答する。
「ああ、分かったよ。それと乾ききるまではその石になるところを触ったら駄目なんだね?乗ったり踏んだりとか…」
「はい。そうするとそこがへこんでしまいますので」
「だってさ、サクヤ。いたずらしたら駄目だよ」
小さな子に言い聞かせるようにマオンさんがサクヤに話しかけていた。
□
翌朝…。
僕の異世界生活四日目、いつものように半額値引きされたところで買ったパンを売る。
仮に値引き前のパンを売ったとしても十分に利益は出るのだが、そこはやはり儲けは多い方が良い。買いに行く時間が遅いものになるが、それでも半額というのはやはりありがたい。ちょっと時間をずらすだけで安くなるのだから。
今日の販売個数は百五十個ほど。だんだんと購入希望者が増えてくる。僕とマオンさんが必死になって客をさばく。サクヤは球体になって照明の役割を果たしてくれた。
ギルドも明かり取り用の窓があるが、さすがに夜明け直後ではまだまだ薄暗い。何らかの食用ではない油を…、いや脂だろうか、藁を編んで紐状にしたものに染み込ませて灯りとしている。
照明としては不十分な明るさのそれだが、決してそう安い物でもないらしい。日の出と共に働き出し、日の暮れと共に寝むという異世界の暮らしぶりはいかに夜起きてるだけで金が溶けていくのかが分かるというものだ。
余談だが、秀吉亡きあとの大坂城に家康が家臣たちと入城した時に人の背丈よりも大きな行燈があったという。いわゆる大阪城の大行燈。
それを見た彼らは『こんな物を毎晩照明に使っていたら、その油代だけで年間数万石が消し飛んでしまう』と言って笑ったとも呆れたともいうがさもありなん。元来、エネルギーという物は高価のだ。しかも、一回使えば無くなってしまう。
しかし、そういう意味ではサクヤの存在は有り難い。なにしろ精神力で…、魔法を使えない僕は彼女に何か甘い物をあげる事でその力を行使してくれる。それも毎日。
彼女がいつまで一緒にいてくれるかは分からないけど、その力に感謝を忘れないようにしていこう。
□
今日も無事にパンが完売し、日本円にして七万五千円の売り上げを得た。仕入れに費用が発生しているから単純に全てが利益ではないが、夜勤シフトとかが有った時の一ヶ月分のバイト代ぐらいになる。
そんな大儲けをさせてもらってるのに、いくらサクヤが気に入ってくれてるとはいえ、いつも同じジャムパンでは申し訳なく思い今朝はぶとうの果肉入りのフルーツゼリーを用意しておいた。
「サクヤ、期待して良いよ。今日の朝食は、多分サクヤがまだ見た事のない水果の食べ方だよ」
それを聞いた人型状態のサクヤは、僕とマオンさん、あとは精霊を可視る事が出来る一部の人にしか見えないだろうけれど、嬉しそうな表情を浮かべ僕の周りをぐるぐると飛び回る。
「ははは。余程嬉しいんだねぇ、サクヤは。急いで片付けるから、良い子でお待ちよ」
販売スペースの片付けとお金の集計をしたら朝食にするからとサクヤには僕とマオンさんが後片付けをする少しの間、自由時間にして呼ぶまで遊びに行っていて良いよと伝えたら彼女は一瞬何か考えるような仕草をしてその姿を消した。きっと自由時間に何をするか思案していたのだろう。
ギルドの一角を借りた今日の朝食は僕とマオンさん、サクヤの三人ですることになった。というのも普段なら9時か10時くらい…僕らが朝食を食べ終わってしばらくしたくらいに依頼をする人がちらほら現れるのが冒険者ギルドにおけるいつもの流れだそうだが、今日に限って早い時間から来ているらしい。それも複数の依頼者たちだ。
そんな訳で受付嬢の三人はもう少し後の時間に…、依頼者たちの対応を終えてから朝食を摂るようだ。そんな訳で今日の朝食はいつもより少人数だ。
僕たちは目立たぬように冒険者ギルドの端っこの方に行き、テーブルを準備する。僕たちが食べるパンを広げ、いつもの先割れスプーンを用意しぶどうの果肉入りゼリーを皿に広げる。
「サクヤ、御飯だよ。食べよう」
…しーん。
いつもなら側にいたり、いなくてもすぐに『ポンッ』と現れる筈のサクヤが現れない。どうしたんだろう。
「あの子、ちょっと遠くまで遊びに行ったのかも知れないね」
マオンさんが言う。姿を消す時に何か考えていたみたいだからしたい事があったのかもねとも続けた。じゃあ、それを終えたら来るのかも知れない。とりあえず紙コップに緑茶を注いで僕たち二人の朝食を始めた。
しばらくしてサクヤが戻ってきた。一応、ジャムパンも用意していたが彼女は皿の上のフルーツゼリーにその視線を釘付けにしている。まだ実際に食べた訳ではないが、どうやら気に入ったらしい。
食べるのかなと思ってスプーンでゼリーを掬おうとした所でサクヤは何かに気付いたかのように周囲をキョロキョロすると、一瞬姿を消してまた再び現れた。
だが、一つだけ前と違う点がある。サクヤは手をつないでいて…。そこにはもう一人、サクヤと同じ小さな小さな女の子がいた。少しサクヤの後ろに位置するような感じで…。なんだろう…小中学生で例えれば積極的な女の子と、その後ろをついていく引っ込み思案なクラスメイトのコンビみたいな感じだろうか…。
よく見てみれば、肌は真っ白だけどその髪は長い黒髪。着ている服はサクヤと同じデザインだがこれまた黒い。サクヤと同じぐらいの身長だし…、この子もまた精霊なのだろうか…。
「えっと…、その子は…サクヤのお友達?」




