第498話 お告げと占い
「…と、いった具合で奥方様の許可も無事にいただきまして…」
「さすがは現世神様…」
ここはミーンの町の中にある蛇の姿をした神様を祀るヴァシュヌ神殿、その中の一室で僕は巫女であるヴァティさんと話をしている。アルビノの彼女は生まれつき魔力とか霊感といったものが強く、時折神様からのお告げが聞こえる事があるという。その為、若いながらも神殿内でその立場は高いという。
蛇の姿の神様という事もありヴァシュヌ神を信仰するのは蛇獣人族の人々はほぼ全て、そして金運とか商売運なんかを司ると言われているので他の種族でも商売をやっている人の中には熱心な信者の方もいるそうだ。
「ワイはエルフやから共にあるのは精霊やけど神サンのご機嫌損ねたらアカンから心付けだけらしとるんやで!」
以前、ゴクキョウさんがそんな事を言っていたのを思い出す…。信仰はしないけど嫌いにはならないで欲しい…、信仰というのが神の存在を信じるという事ならゴクキョウさん…それって存在を信じて(信仰しちゃって)ますよと考えてしまうのは僕だけだろうか。
「つきましては当初にお話いたしましたように…」
「はい。此処ミーンにおける名所のひとつとしての役割…、しかと果たしましょう」
「ありがとうございます」
僕はヴァティさんに頭を下げた。良かった、実はここにも観光名所になってもらおうと考えていたから…。無事に伝えるべき事も伝えたという事でその後はヴァティさんとお茶を飲みながらしばし当たり障りのない世間話をした。手土産に持ってきたカステラも気に入ってもらえたようでシルフィさんと似て冷静沈着な彼女の頬がわずかに上気している。口調などからは分かりにくいがきっと上機嫌なのではないか…、僕はそんな風に感じていた。
「ときに…現世神様…」
話の切れ間にヴァティさんが切り出す。
「先日、占いを行ったとか…。なにやらカードのような物を用いて…」
あらら、タロット占いの話はこの神殿の中にまで伝わっていたか。町のクチコミというのもなかなかに広まるものなんだなあ?
「はい、ちょっとした事がきっかけで拙いものを披露しまして…。まさかこちらにまで伝わっていましたか、いやはや…お恥ずかしい」
「いえ…、実は噂を聞いて私も気になっていたのです」
「気になった?」
「ええ…。私も我が神ヴァシュヌよりお声が届く事がありますので…」
「お告げの事ですね」
僕の言葉にヴァティさんはコクリと頷いた。
「私の場合…時折神より直接お声がかかります。それは未来に起こる事を私たちに知らせるもの…。しかし、いつ下されるものかは分かりません」
たしか…ヴァティさんは以前にブラァタ…犬と同じくらいの大きさのゴキブリ状のモンスター、体中に病原体が巣食い近づくと致死率が100パーセントと言われる病にかかる。その大群がミーン目指して押し寄せてくる事を予言していたんじゃなかったっけ…。ブラァタが通った所は人も家畜も全て死に絶えるという、恐るべき殺人ウィルス…死の運び屋だ。
「ですが、現世神様はいつでも占う事ができます。私にいつでも神のお声を聞く力が無いだけかも知れませんが…。いずれにせよ私の及ぶところではございません」
「で、でも、僕の占いはあくまでこの流れでそのままいくとこうなりますよ…みたいなもので何か違った事をするといかようにも未来は変わってしまいます」
そうなのだ、僕がやっている占いはあくまで『◯◯をしなさい、そうすると□□になります』といったものだ。だからその◯◯というのをしなければ□□という結果は来ない。あるいは結果が悪い事柄を暗示するカードならば『◯◯しなさい、さもないと□□になりますよ』というものに変わる。
「ヴァティさんに下されるお告げは未来に必ず起こる事、僕みたいにいかようにもその先が変わるものではありません。だから本当は外れているのかも知れません。良い事が起きれば占いの通りにして良かった、悪い事が起きたら私の努力が足りなかった…そんなふうにどんな結果が出ても納得させてしまうような…」
占い師に都合の良いものなんですよ、そう言外に含ませつつ言葉を切った時だった。ヴァティさんが僕の目をまっすぐに見つめている。赤みを帯びた神秘的な瞳…、それが僕を射抜き思わず言葉を失った。
「では…現世神様、私の事を占ってはいただけないでしょうか?」
「え?それはどういう…」
「実は我が神ヴァシュヌよりお告げがありました、今朝の事です」
そう言うとヴァティさんは事のあらましを話し始めた。それによると今日僕が訪れる事は分かっていたという。そしてその時に占ってもらうようにとも…。
「占いに使うというカード…、今もお持ちですね」
「え、ええ…たしか持っていたと…」
僕がリュックの中を探るとハンカチを風呂敷のようにしてタロットを包んだ物があった。ここのところ占いを頼まれる事があったりしたから持っている事は多かったけど、うーん…お告げって凄いなあ。常に教えてくれる訳ではないし、その内容も選べないけど的中率は100パーセントだ。
「ところでヴァティさん、どんな事を占いますか?」
タロットを包んでいるハンカチを解いてテーブルの上に出しながら尋ねた。どんな事を占えば良いんだろう、そう考えるとその内容に興味が出てくる。
「何を占っていただくか…、その事についてもお告げがありました」
へえ…、でも考えてみればもっともだ。占いを求めるように…っていうお告げがあったんだから何を占うか…、その内容に言及があったというのも不思議ではない。僕がそんな風に思っているとヴァティさんが再び口を開いた。
「それは道…」