第496話 たわむれ奥方様
「ふむ…他領より当地を訪れる者たちが落としていく金…なるほどのう」
僕が日本で買ってきた白磁のティーカップ、それに角砂糖をひとつ…ブランデーを軽く染み込ませたものに火をつけた後に紅茶を注ぐ…そんな飲み方が今ではいたく気に入っているナタダ子爵婦人ラ・フォンティーヌ様が呟いた。奥方様によれば白磁の器が紅茶の色をよく映し、酒精こそ飛んでいるがブランデーの風味が色濃く残るのがたまらないのだという。
「はい、奥方様」
庭園のテラスに設けられたテーブルに同席し僕は返事をした。外での茶会、日本の茶道で言えば野点のお茶といったところだろうか。ちなみに僕やシルフィさん、さらに同席してくれているヒョイさんやゴクキョウさん…そしてモネ様はブランデーの入っていない普通の紅茶だ。
「今日のモネ様との講義でもお話させていただきましたが商売や生産はこの町だけで完結していては自ずと限りがございます。それゆえ領外より人を来させ金をこの領内に落とさせるのでございます」
「そちらのゴクキョウ氏が町に宿を建てる…それだけでも領内に利があろうがそれをさらに太くする方策か…。面白いのう、詳しく聞かせてたもれ」
「は…、では早速」
僕はここ数年、日本でもよく聞くようになった『訪日外国人客』についての説明を始めた。もちろんここは日本ではないし、やってくるのは同じ王国内にあるナタダ子爵領外の人だからそのへんはちょっと違う。日本で例えれば他の都道府県在住の客を招く感覚だろう。さしずめ此処ミーンの町で言えば訪領他領客といったところだろうか。
商売の基本は物を売る…いわゆる『モノ消費』だ。しかし、それはその物品の在庫の範疇内でしか商売の機会がない。例えばラーメンを作って売ったとする、お客さんがそれを食べてしまえば当然二回目の販売はない。そりゃそうだ、モノがなくなった(消費してしまった)のだから…。
だから僕は『コト』を消費する事を提案した。今回の結婚披露宴とかイベントなどを売るのだ。これなら繰り返し商売の機会が訪れる。
「ふふ…、妾も聞いておるぞ。婚姻の儀については侍女たちが噂話をしておったぞ。かつて聞いた事もないような婚姻の儀であったと…。さらには次に婚姻をするのは他ならぬゲンタ…其方であるとも…な。ここまで噂になるくらいじゃ、町中ではさぞ女子たちが五月蝿いのではないか?」
「いや…、はは…」
奥方様の言葉に僕は日本人お得意の曖昧な苦笑いをしつつ言葉を濁す。
「其方も年頃であろう。ふふ…、どうじゃ?妾など…」
「「ええっ!?」」
僕とシルフィさんが同時に声を上げた。
「いっ、いやいやいや、奥方様!奥方様は子爵様のご婦人にございます!さすがにその儀ばかりは…」
「ふっ、ふふふ…戯れじゃ。ゲンタよ、其方がそのように取り乱すなど…。さすがの其方も苦手なものがあると見える」
「た…戯れ…。は、はは…」
力無い笑いが僕の口から洩れた。
「さすがに妾はのう…。ではゲンタよ、モネはどうじゃ?」
「は?」
「え?」
僕とモネ様が同時に戸惑う、そんな様子を見てラ・フォンティーヌ様がからからと笑う。
「なあに、今すぐとは言わぬ。それに決まった話ではない。だが…一考くらいはしておいてたもれ。妾が悪いようにはせぬよ」
「は、はは…」
正面に座る黒髪の美女、ラ・フォンティーヌ様が微笑みを浮かべながら語る言葉に僕はすっかり翻弄されながら再びインバウンドについての話を続けるのだった。