第491話 子供たちと精霊
エングさんとラクスさんに結婚披露宴を『やらないか?』ともちかけたところ二人は喜んで応じてくれた。まあ、…もう少し丁寧には言ったけど。そんな訳であれから数日、急拵えの会場で披露宴を開いた。もっとも、急拵えとは言え製作に関わったのはガントンさんたちドワーフの職人だ。列席者が座る質素な横長の椅子でさえ目を引くものがある。さらには神殿や教会の構造を模した会場は厳かな雰囲気だ、大変な手間がかかったろうにと思ったがガントンさんたちに言わせれば楽な部類だったそうだ。
「今回建てたのは祭壇の周りだけじゃったからな。考えたもんじゃわい、屋外での婚姻の儀式…。これなら客が座る長椅子と祭壇、その周りで衝立代わりの壁と入り口…。ふふふ…、実際に宿屋が開かれる時には壁やら天井やらを付け足していけば良いじゃろうからな」
顎髭をさすりながらガントンさんが満足気に言ってたっけ…。
「それではお集まりの皆様、大きな拍手でお迎え下さい!本日、この時、将来を誓い合う若き二人の登場です!!」
僕が式の開始を告げる。今日の僕は司会役、それと同時に進行なども取り仕切る。そんな僕は日本から持ち込んでいるとある道具のスイッチを押した。
ぱぱぱぱーん♪ぱぱぱぱーん♪
日本の結婚式でもお馴染みのあの曲がかかり始める。音源はもちろんCDラジカセだ。古い物だが乾電池で動いてくれるのはとてもありがたい。そして曲は進み最初に盛り上がるところで次なる仕掛けが発動する。
プシューッ!!
司会役になった僕の声を合図に会場入り口、その左右から火と水の精霊ホムラとセラの力によって生み出された水蒸気が噴射される。一気に霧に満たされたように真っ白になる入り口付近。それがだんだんと晴れてくると代わりに現れたシルエットがふたつ…。
わあわあわあ、ぱちぱちぱちっ!!
歓声と拍手が徐々に姿が見えてきた主役の二人を包む。エングさんとラクスさん、日本の結婚式でよく見かけるような礼服で着飾っている。男性であるエングさんは日本の紳士服店で買った礼服である、さすがにタキシードはなかなか手に入らないのでこのような物となった。
一方でラクスさんはヒョイさんを通じてピースギーさんたちに仕立てをお願いした。愛する二人の新たな門出…、その為のドレスを作って欲しいと依頼したところ彼ら(彼女ら?)は二つ返事で承諾した。その時の様子が思い出される。
「そんな幸せいっぱいの場を飾るドレスなんて素敵じゃないねぇんっ!」
「ホント!!アタシ、頑張っちゃうから!!」
「あー、アタシも良いオトコ探そうかしらんっ!!」
ピースギーさんにミカワーケンさんとメラヨーシさんを加えた三人が腕まくりをして張り切っている。ちなみにその肌が露わになった腕は結構な逞しさだ。やはり職人というのは細かな技術も必要だが時に体力や筋力も必要になるのだろう。そんな三人にも列席してもらっている、実際に自分たちが作ったドレスがどのように見えるのかは見てみなきゃ分からない…言われてみればもっともだしそれがさらなる改良につながるかも知れない。
そんな事を思い出しているとホムラたちが生み出したスモークが完全に晴れた、このタイミングで僕は次の言葉を声に乗せていく。
「それぞれ別々の地に生まれ育った二人、その二人の歩んできた道が今日ここで交わりひとつになります」
「ううう…、私もぉ…、早く誰かと一緒の道ぃ〜…」
………。なんかよく知っている人の声が聞こえてきたような気がしたけぞ。だけど、今は仕事の真っ最中。とりあえず気がつかないフリをしとこう。
「そんな二人のこれから進む道が喜びに溢れたものとなりますよう、神よ御照覧を…。そしてその代理者たる無垢なる神の子たちに導かれその第一歩を踏み出して下さい。数多の精霊の祝福と共に…」
僕がそう言うとマオンさん宅で縫い物や土木作業の下働きに来てくれている教会で暮らす子供たちが二人を先導する為に現れる。ある子はエングさんの…、また別の子はラクスさんの手を引いて…、そしてその二人を導く子供たちの先頭を行くのは最年少の獣人の少女のポンハムである。その彼女は小さな銀色のトレイに乗った果物を持ち祭壇に向かう。
ポンハムを列の先頭にした理由…、それはこのバージンロードを導き進むにあたり最も無垢なる人は誰かと考えた事がきっかけだった。
人は誰でも多かれ少なかれ罪を犯すもの…、それなら生まれたばかりの赤ん坊という事になるがさすがにそれは無理だ。それなら最年少の…まだまだ舌っ足らずの小さな彼女こそが先頭を行くのが良いのではないか…そんな周りの意見もあっての大抜擢である。
そのポンハムの後ろをさらに数人の子供たちが同じようにトレイを持って祭壇へと続く、とある子がトレイに乗せているのは真っ白なお皿に盛られたジャムだ。また、別の子のトレイの上にはクッキーなどが並ぶ。なぜこのような物を用意したのかと言うと…、うん…出て来てくれた。子供たちと一緒に働いてくれる子たちが…。
「せ、精霊だ…精霊がいる!」
「二人の周りを踊るように…」
「何人もいるぞ!精霊もまたこの婚姻を祝福しているのか!?」
「すごい、すごい!!」
拍手と共に周りから声が上がる。
ふわりふわりと色とりどりの精霊たちが祭壇に向かう一行の周りを行き交っている。それはまさに幻想的な光景だった。
「ふふ…、そりゃあ『精霊の祝福と共に…』って言いましたからね。サクヤたちにお願いして働いてくれるお友達を誘ってもらって…ね」
ちなみにポンハムたちが運ぶ果物などはこの式が終わった後に彼女たちや精霊たちに振る舞われる予定だ。いわば働いてくれた事に対する現物支給の報酬だ。ちなみに祭壇の左右には子供たちの保護者でもあるシスターさんとその見習いであるミアリスさんが見守っている。
その報酬になる予定の果物やお菓子をポンハムたちが祭壇に捧げるようにして置くと彼女達は素早くその左右に動いてスペースを空ける。そこに来るべき主役の二人を導く為に、そしてその二人の婚姻を神のしもべとして立ち合い祝福するシスターさんとそれを手助けするミアリスさんの為に…。
「…病める時も、富める時も貧しき時も…汝エングは夫として…」
日本でよく聞く結婚式で神父さんが結婚する二人に尋ねる言葉…、異世界では少々順番や単語が違うものもあったが大筋ではだいたい同じであった。また、指輪をつける事は無く代わりにシスターさんから手渡された互いの頭に木製の冠を着けたりと僕のイメージとは少々異なっていた。最後に誓いのキスをするのは一緒だったけど。
「今、ここに!!一組の新たな夫婦が誕生しました!エングさん、ラクスさん、お二人のこれからの幸せを願って…皆様ッ、盛大な拍手で祝福をお願いします!!」
わあわあわあ!!ぱちぱちぱちぱちっ!!
「おめでとうー!!」
「幸せになれよー!」
「嫁さんを幸せにするんだぞ!」
「うう、私も早く行きたいー!!」
様々な祝福の声と一部違う何かが聞こえてくる。…が、とりあえず気にしない事にして…。
「さて、皆様!婚姻の儀はこれにて終了です。続いてはあちらで宴の用意をしております、場を移してお楽しみ下さい。それではエングさん、ラクスさんが一足先にあちらに向かいます。どうか皆様今一度、お二人に拍手をお願いします!」
そう言って僕は再びCDを再生させるのだった。
次回、二つ名持ちの凄腕冒険者二人が激突!?
第492話『魔法姫VS光速』
お楽しみに。