第486話 フィロスさんの『世界』(中)
人生最大のピンチ…。まさに今、僕はそんな状況に追い込まれていた。本日のメインイベントとも言えるようなフィロスさんの恋占い、テーブルの上にある7枚のカード…、六芒星の頂点にそれぞれ一枚ずつのカード、そして中央にも一枚…これがフィロスさんの恋愛運を示してくれる。だけど…、それら全ての絵柄が揃いも揃って悪いッ…悪すぎる。
裏返ったカードを一枚ずつ表にしていく度に指先の震えは増し、背中を冷たい物が流れる。そんなフィロスさんの占う内容は当然恋愛についてだ。最初にめくった一枚目…、これまでの恋愛…つまり過去の流れについてを表すカード…そこには雷に打たれ崩れゆく塔の絵が描かれている。これは正位置の『塔』、崩壊とか壊滅的みたいな意味。なんだろう、これまでのフィロスさんの317年間の恋愛運が見えるような気がしてくる。…ま、まあ、良いや、一番悪いカードだし…あとは良くなるだけだろう…。そう思っていたんだけれど…。
僕がなかば自分で自分を励ましつつ気を取り直してめくったみたタロットの二枚目は…正位置の『死神』だった。
「……………」
死神…これが意味するのは文字通り死だ。だが、単純に生命活動的な意味もあるが占う内容によっては生き物以外の状況もある。その場合は事態の中止とかを意味する…。一言で言えば『終わった…』であろうか…。…だ、駄目だ、駄目だ!僕が弱気になっちゃ!ここは友人の…フルコンタクト系の空手サークルに入っている友達の口癖を真似して気合いを入れよう!諦めたらそこで試合終了…、だから僕は諦めないッ!
「…フンッ!よし、来い、おりゃあ!!」
くるりとひっくり返した三枚目のカード、これは近い未来の状況を示す。現れたのは逆位置の『力』、水辺で女性がライオンのような猛獣の頭を手で押さえつけている絵が描かれている。『力』の名がある事から腕力で困難や障害をねじ伏せると思われがちだけどこの『力』というのは内面の…意志の力の強さを示す。どんな困難や障害にもめげずに跳ね除けるような心の強さだ。だけど、これは逆位置なので意味は逆とか違うものになったりする。『力』の逆位置はまず考えられるのはその困難や障害に対して弱気になってしまっている可能性が…あれ?
「恋…、来いッ!恋愛…結婚ゥゥ〜…したいィ…」
フィロスさんの目は諦めている感じではない、まるで博打の真っ最中のような血走ったような目をしている。
フィロスさん…弱気じゃ…ない…?って事は…マ、マズいよ…。それだと『気持ちが萎えているから困難に打ち勝てない』ではなく『意志のではどうにもならないような困難や障害』って事?ど、どうしよう。…も、もしかしてフィロスさんって…これまでも…そしてこれからも恋愛に縁が無いのだろうか…。
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おかしいなあ…、良い流れだったのに…。そんな風に僕はついさっきまでの…今回の占いを始めた時の事を思い出していた。
さっそくフィロスさんを占おうとしたところ、彼女はちょっと不安な様子を見せた。そこで誰か別な人に試してもらおうとしたのだが意外な事にやりたいと言う声が多かった。やっぱり女性は恋愛とか占いが好きだねえ、それでやってみると…。
「ふむ…私は積極的に行くのが良いと…。すると上手くいく…グイグイ」
「ミ、ミミさん、そんなに体を押し付けないで下さい」
「むふふ…『悪魔』のカードが示すカギは誘惑…。だから私は小悪魔的に誘惑…。ゲンタ、体は正直…」
いつもより積極的にミミさんがその体を密着させてくる。
「私はあの銀色に輝く『戦車』…でしたわね。あれがカギになるのは侵掠する炎のような情熱…情熱…だんな様…私…このまま腕を組んだまま歌っても良いですか?今…今だけはだんな様ひとりだけの歌姫になりたいんですの…」
ミミさんとは反対側から僕に迫るのは歌姫、人魚族のメルジーナさん。こちらもこちらで僕にしなだれかかり熱っぽい声で囁いてくる。助けを求めようと視線をあたりに彷徨わせるとシルフィさんの姿が映る。思わず助けを求める視線を送ったのだが…。
「あっ…。いけない、…すーっ、はぁーっ。すぅーっ、はぁーっ…。冷静に…冷静に…。私はエルフ族、私はエルフ族…。あの森のように緑の法衣を着た『法王』が意味するのは冷静で理性的な事を…。そうすれば誰も触れない『世界』がやってくる…、私とゲンタさん二人だけで完成された世界が……」
なんだかよく分からないけど普段なら『なんて冷静で的確な判断力なんだ』と思わせてくれるシルフィさんまでもがなにやらおかしい。
「ほっほっほっ。恋はなんとも…人を盲目にするものですなあ。あの聡明なシルフィ嬢までもが…」
「いやー、ホンマ、ホンマ!せやけどこの占い…、こりゃあ流行りまっせ!ワイのカンがそう言っとる。だいたい、貴族の御令嬢や大店の嬢ちゃんなんてのは甘いモンと色恋沙汰が飯より好きな人種やさかい。きっと名物になりまっせ!」
ヒョイさんとゴクキョウさんはそれぞれこの状況を楽しんでいる、なんならゴクキョウさんはこれからの皮算用までしている感じだ。そしてまだまだ困った事に他の兎獣人の子たちまでが『次はアタシ!』とか『ダメ〜、アタシ!』とか先を争って占われようとしている。なんなら普段はあまり面倒な事をしたがらない日本産『働いたら負けだと思ってる』Tシャツを着たルロさんまでもが占い順番争奪戦に参加していた。あの働かない事にかけての情熱以外は無気力なルロさんにまで影響を与えるとは…。タロットカード…、恐ろしい子…。
ただ、一つ言えるのはここまでの恋愛占いはなんだかんだ言いながら結構良い結果が続いているという事…。イケる…、今ならこの流れに乗って…成せるよミーンの平和ッ!!これでフィロスさんの気持ちを盛り上げて…そうなると思ってたのになぁ…。
□
「よ…四枚目…。逆位置の『太陽』…」
四枚目が意味するのは占われている人自身が置かれている状況。しかし…逆位置の『太陽』か…。これは文字通り太陽が沈んでしまって真っ暗な…希望が見出せないような状況…。
「五枚目…くっ…」
四枚目とは反対に五枚目の位置にくるカードが示すのは本人以外の周りの状況だ。今までのカードの引きが悪くても周りの状況が良ければいわば他力本願みたいな感じでイケるかと思ったんだけど…。
「リ…逆位置の『運命の輪(ホイール オブ フォーチュン)』…」
『運命の輪』はチャンスとか出会いとかきっかけとか…そういう意味がある。だけど逆なんだから…チャンスなし出会いなしみたいな意味がある。どうしよう、誰かが仕込んだとしか思えないような組み合わせだ。そうなると…この占いの結末はどうなる…?そ、そうだ、いきから今までがひどくたって結末が良ければ…!終わり良ければ全て良し、そう言って乗り切ろう!逆に言えばここまで悪いカードの組み合わせしか出てこなかったんだ!あとは良いものしかないはず…。僕が弱気になってどうする!フィロスさんになんとか希望ある未来を示すんだ!そう考えた僕は意を決しカードをめくる、こういうのは勢い…気合いで乗り切るしかない!
「6枚目、7枚目ッ!裏側表示紙札ッ、一気にオープンッ!!」
「に、二枚同時にッ!?」
ばばっ!
僕は一気に二枚のカードをめくりにいった!7枚目の六芒星中央に位置するカードは今回の占い、フィロスさんの恋愛運の結果を示してくれる。六枚目はそれに到達する為のカギになる事…仮に7枚目が良い結果ならそうなるように心掛ける事、逆に悪い結果ならばそれをしないようにする事という意味になる。
そんな内容の6枚目、そこには…。
「6枚目は正位置の『審判』ッ!!そして肝心の7枚目はッ!!!!」
悪くないぞ、そんな風に思う。『審判』は再生とか復活とかリスタートみたいは意味、残るはあと一枚だけ…手にかけた中央にある一枚のカード、これに全てがかかってる!!表にしてみると…。
「7枚目ッ、リ、逆位置の『世界』…」
まずい…。『世界』は完成とか完全、達成とかの意味だ。それが逆なんだから未達成とか不完全とかの意味だ。ど、どうしよう…、フィロスさんは恋を求めている。しかし、現状でそれを望んだとしてタロットは達成できないと告げている。しかも、7枚のカードの流れも悪いものばかり…。ど、どうしよう…。